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第一章

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 「九番テーブル様より、シャンパン頂きましたーっ!」
 「「ありがとうございあーすっ!!」」

 一人の派手な男がマイクを持ち、シャンパンの注文が入った事を、店内全体を煽るように声を響かせると、それに続くように派手な男達は一斉にお決まりの台詞を口にし、九番テーブルへと集まる。

 “Club TOP SECRET”

 そう、ここはホストクラブ。
 店内は薄暗く、流行りのお洒落な音楽とブラックライトで演出された空間には、きらびやかな若い女の子や真面目そうなOL、育児に疲れた主婦に年配の女性、やり手のキャリアウーマンなど様々な層のお客様が愉しまれている。

 TOP SECRETは、いつも忙しいが今日は一段と賑わっていた。

 店内のBGMがTOP SECRETでは定番のハイテンションな音楽に変わると、九番テーブルのお客は期待と優越感で胸を踊らせる。


 「「なんとこんなっ(ハイ)素敵な(ハイ)姫から(ハイ)シャンパン(シャンパン)
今夜は(ハイ)素敵な(ハイ)姫に(ハイ)シャンパンコール(シャンパンコール)
オレ達と姫とのSECRETなシャンパンコール
愛を込めて贈るぜっ いーくーぞーっ!(ハイ)」」

    シャンパンコールはホストクラブにとって一番の見せ所。
シャンパンコールをリードしていくマイクパフォーマーがマイクを持ち、マイクパフォーマーに合いの手を入れるのは他のホスト達。
    全ホストに囲まれて派手なマイクパフォーマンスに酒と一緒に溺れていくのだ。

 そして、シャンパンをグラスに少量ずつ入れた物はホスト達が、グラスに適量入れられた物はお客が、残ったシャンパンはボトルごと指名されているホストが各々持ちイッキコールの中みんな一斉に飲み干す。

 ボトルを持っているホストがシャンパンを飲み干すと、マイクパフォーマーがマイクを握り締めた。

 「それではっ!素敵な姫より一言頂きたいと思いまーす!今の(ハイ)気持ちを(ハイ)聞かせてくれよっ!」

 音楽が一時停止された中、マイクを向けられたお客は楽しそうに叫ぶ。

 「迅鵺としやサイコーッ!!二十歳の誕生日おめでとーっ!!」

 お客が言い終えると音楽は再開して、次は迅鵺へとマイクが向けられる。

 「愛花あいかアリガトーッ!お前はサイコーにイイ女だぜ!」

 迅鵺の“サイコーにイイ女”というセリフをマイクパフォーマーに拾われて、サイコーにイイ女コールが始まる。

 そうして優越感に酔いしれたお客は、続けてシャンパンを入れた。


 今夜は、TOP SECRET NO.1のバースデーイベント。

 席は満席で、まだかまだかと自分のテーブルに迅鵺が来てくれるのを待っているお客で溢れ返っている。
 その中でも、一際目立つのがシャンパンタワーの存在。
 これは今夜の目玉だ。
シャンパンタワーを用意したお客は、迅鵺のお客の中でも一番の太客。

 二度目のシャンパンコールを終えた迅鵺は数分その席に留まった後、今夜の一番の見せ場、シャンパンタワーのお客の席へと移動し、お客の隣にピッタリと密着するように座って、お客の耳に手を添えると吐息混じりに囁いた。

 「恭子さん、今日の口紅の色すっげぇ似合ってます。思わずキスしたくなるな・・」

 恭子と呼ばれたお客は、迅鵺の甘い言葉に胸をときめかせ、頬を赤らめる。

 「あ、ありがとう・・嬉しいわ。」

 四十過ぎの独身のおばさんだろうが、どんなお客でも迅鵺は完璧に女性として扱った。

 鳳条 迅鵺ほうじょう としやは本日、八月二十七日で二十歳となった。

 身長175㎝体重62㎏、細身に程好く付いた筋肉、セットされた肩に付かないくらいの金髪の髪の毛。
女顔負けな程の色白で綺麗な肌に長い睫毛の二重な目。
鼻筋はスーっと綺麗に通っていて少し厚めのぷるんとした唇。
完璧なルックスと完璧なリップサービス。
女性としての悦びと快楽に溺れさせるのも迅鵺にとっては当たり前のことだった。


 積み上げられたシャンパングラスに、頂上から一本十万円以上のシャンパンが次々と注がれていく。
積み上げられたシャンパングラスの数は、三百個を超えていて、その全てにシャンパンが行き渡るのにボトル六十本以上。

 一般的には考えられないような高額な金額はたった一夜で振る舞われる。
 迅鵺の世界ではこれが日常的なことで、この日、断トツで一番の売上を誇った。
この後、シャンパンタワーのお客とアフターへ行く約束だ。
 ※アフター=営業終了後に客と出掛けること

 いつもの倍以上お酒を飲んで酔っ払っているが、そんな事は関係ない。
 迅鵺なりの“ケア”が、こうしてアフターでホテルへ行き、甘い言葉と甘い快楽をお客へ与える事なのだから。

 高額な金を支払うお客に下心が何もない訳ではない。
それなりのモノを、お客も迅鵺に求めているのだ。

 きらびやかな世界で大金を動かす歌舞伎町の男。
容姿もホストとしての素質も男としてのステータスも、この世界では誰もが憧れる程の実力の持ち主だった。

 そんな迅鵺の身に少しずつ不可解な出来事が起こり始める。

 この時の迅鵺には、それを回避出来る訳もなく、魔の手が近付いている事にも気付けずに迅鵺のバースデーイベントは幕を閉じた。


*****


 「響弥きょうやさん、一年間世話になりました。」

 迅鵺は、TOPSECRETの主任である響弥に頭を下げると部屋の鍵を渡す。

 「ああ、素人だったお前がたった一年でここまで上り詰めるなんてな。まあ素質があった事は分かってたが、一年でマンション買える程稼ぐホストなんて一握りだぞ。」

 そう言って、バシッと迅鵺のケツを叩いて煙草に火を点ける響弥に、迅鵺は大して痛くもないが“痛いじゃないっすか”なんて言って、端から見ればホスト同士じゃれあってるようにしか見えない。

 二人は良く気が合って兄弟のように仲が良い。
迅鵺は一年前、新宿で買い物をしている所を響弥にスカウトされて、この世界に飛び込んで来た素人だった。

 当時、ただのアルバイトで生活していた迅鵺は金もないし歌舞伎町に通うには場所も遠かったので、店で用意されてる寮のマンションで暮らしていたが誕生日を機に、ついにマンションを購入した。

 響弥と別れマンションまで来て、新宿の三十階建てマンションを見上げている迅鵺は、とても誇らしげでその表情は期待に満ちている。
足取りは軽くエントランスに入っていく迅鵺。
最上階はもう売れてしまっていていたが二十九階の端の部屋を気に入って選んだ。
玄関の鍵をカードで開けた迅鵺は、1LDKの広々とした明るく綺麗な部屋に足を踏み入れる。

 「今日から俺の部屋だっ!」

 ついテンションが上がってしまう迅鵺。
リビングにあるバルコニーの大きな窓を開けると、バルコニーで煙草を吸いながら景色を楽しんだ。



 ────新しいマンションでの生活を始めて、たったの数日。
迅鵺の身の回りで異変が起こり始めた。

 ポストには、迅鵺を隠し撮りした写真が一枚と一言書かれたメッセージカードが入った封筒が毎日入っていて、その枚数も七枚目となった今日は、ブルガリの香水が入った小包まで添えられている。

 気味は悪いが、どうせ客のストーカーで何かあっても力強くでどうにかなるだろうと、誰にも相談しなかったし深刻には悩まなかった。

 けれど、気付くといつも何処からか視線を感じて、それは自室に居ても感じられた。
 ついに、一ヶ月経っても収まることはなく、段々とその内容はエスカレートしている。

 最初は、店から出てくる所だったり何処かで買い物してる所やマンションのエントランスに入って行く所くらいだった写真が、自室で寛いでる所や着替えている所と、室内での迅鵺を盗撮したモノへと変化していた。

 毎日、全身を舐め回されるような感覚にも似た視線に迅鵺は悩まされて、なかなかその犯人も分からず少しの手掛かりも掴めないでいた迅鵺は、流石に響弥に相談しようかと思い始めていた。


 翌日、仕事終わりに相談しようと思っていたのだが、響弥はアフターで捕まらず自分の部屋だというのに少しも気持ちが休まらない日々を過ごしてきた迅鵺は心身共に疲れていた。

 帰りたくない・・けど、疲れているから眠りたい。

 そんな気持ちのやり取りを心の中で繰り返しながら帰宅する。
 すぐにシャワーを浴びて、今までならバスタオルで拭きながら部屋を彷徨いたが、脱衣場でしっかりと拭いてからスウェットのズボンにTシャツと着替えも済ます。

 部屋の中で写真を撮られるとしたら、いつもリビングの中だが、寝室へ行く為にはリビングを通らなければならない。

 そのリビングで、風呂上がりのボクサーパンツ一枚姿で髪の毛を拭いている姿を撮られたと知った時から、脱衣場で着替えるようにしていた。

 迅鵺はリビングに入るとキッチンへ向かい、冷蔵庫に入っているミネラルウォーターを口元へ持っていくと喉を鳴らしながら一気に流し込む。

 ふと視線を感じてバルコニーに目をやるけれど、ここはマンションの二十九階。
それに、室内での写真が同封されるようになってから迅鵺はカーテンを購入していて、カーテンが取り付けられた窓からは、その正体が分かる筈もない。
カーテンをしていても、なんとなく感じる視線に、部屋の中でもリビングは特に居心地の悪い場所になった。

 「────はあっ、せっかくの高層マンションなのに・・」

 迅鵺は、バルコニーと窓が一番広い角部屋のその解放感と景色が気に入って決めた部屋だったので、景色を楽しむ為に最初はリビングの窓にはカーテンを付けていなかったのだ。

 風呂上がりの火照った溜め息を吐いて寝室へと入っていった。


*****


 「──────うぅん・・」

 なんだよ、くすぐったいだろ?疲れてるんだ、寝かせろって・・

 連日眠れなかった体はついに限界を迎えたようで、深い眠りに入っていたというのに・・

 迅鵺は短い呻き声を上げて、気怠げな腕をベッドの横へと放り投げる。

 「─────んっ・・ふっ・・」

 なんだ?なんかすっげぇ気持ちいい・・

 夢見心地な感覚に深く包まれていると、確かな快感が下半身から熱が広がるように身体を侵食していく。

 「────あっ・・はぁ・・」

 なんだ?

 体の異変に、眠っていた脳は無理やり起こされて重い瞼を持ち上げた迅鵺は、信じられない光景に心臓が凍りそうな程に驚いて体を強張らせた。

 「あっ───・・ああ"っ・・」

 恐怖で口が上手く動かない・・声に出そうとするけれど、それは喉を詰まらせるだけで息苦しさまで感じるくらいだ。


 ──────お前は、誰だ?


 完全に目が覚めた迅鵺の目に映るのは、迅鵺の開かれた太腿の間で顔を埋める大柄な男だった。
 いつの間にか、スウェットのズボンとTシャツは脱がされている。

 その男は、しっかりと左右の太腿を手で押さえていて、迅鵺のボクサーパンツから剥き出しにされた肉棒を舌で愛撫していた。
 ピチャピチャと鳴らす水音を、暗く静かな寝室の中で小さく響かせて。

 「なっ──・・何してっ・・」

 迅鵺が目を覚ましたことに気付いた男は、迅鵺の肉棒を下からゆっくりねっとりと、舌を全面にべったりくっ付けて舐め上げる。

 迅鵺の恐怖の色を滲ませた瞳を、瞬きひとつせず見詰めながら。

 「ふぁ、あっ・・」

 嘘だろ?

 誰も居ない筈の寝室に知らない男が居て恐怖している筈なのに、疼くような快感を抑えることが出来ず、情けない声が漏れる。

 い、嫌だ───なんで男が男に、そんな事ができるんだ!?

 “コイツはイカれてる”

 迅鵺は、自分のモノをしゃぶる男に厭悪の気持ちを露骨に表情へ顕した。

 それに、迅鵺を恐怖させる理由はもうひとつあった。

 それは、透き通った体からして、少なくとも生きているモノではないからだ。

 迅鵺は上手く喋れないどころか体を動かす事さえ出来ずにいる。
これが世に言う、金縛りというものなのだろう。

 すると、その男はニヤリと不敵な笑みを顔に貼り付けて、ゆらりと体を起こすと迅鵺に覆い被さるように迅鵺の顔の正面へ、その顔を持ってくる。
ゆっくりとした動作で男の顔が近付いてきて、迅鵺の耳元で擽るように何かを呟いた。

 「ずっと、君に触れたかったんだ。」

 男の言葉に、ここ一ヶ月間のストーカー行為が脳裏を過る。

 そんな、まさか───・・

 あの写真とメッセージが入った封筒や贈り物の数々はどう説明するんだ?
幽霊にそんな事が出来るとは思えない。

 けれど迅鵺は、この男が醸し出す雰囲気や迅鵺を見詰めるゾクリとするような、全身舐め回されてるような感覚の視線には覚えがあった。

 意思とは裏腹に、身体は動かないが頭の中はパニックに陥ってしまう。
 それなのに、この男に与えられる快楽に徐々に身体が応えていく──・・

 「────ふっ、うっ・・」

 耳元で呟いた唇を、そのまま耳に押し付けて息を吹き掛けると、耳の輪郭に沿って舌先が這う。

 知らない男なんかに、こんな事をされて気持ち悪い筈なのに、耳から脳へ、首筋を通り下腹部へと体内を流れるような熱いうねりが込み上げてくる感覚に、耐えきれず喘ぎ声とも言える吐息が溢れた。

 そんな迅鵺の様子を見て、うっとりと嬉しそうに笑顔になると、迅鵺の唇を啄むようにキスをした。

 ─────ふざけるなっ!

 次の瞬間、迅鵺は男の唇に噛み付いた。

 けれど、男は痛みを感じてるのか感じてないのか分からないくらいの無表情で、ポタポタと自分の唇から滴り落ちる血を手の甲で拭うと、その手を迅鵺の首へと押し当てた。

 「あ“────く、くるっし──・・」

 男は冷たい表情で迅鵺を見下し、少しずつ首を締め付ける力を強めながら言葉を落とした。

 「駄目じゃないか、こんなに君を愛してるというのに噛み付くなんて・・お仕置きしなきゃね・・」


 「─────ひっ!」

 男は首から手を離すと咳き込む迅鵺に容赦なく、左右の膝裏を両手で持ち、そのまま押し上げる。

 迅鵺は、尻半分まで脱がされてるボクサーパンツから丸見えになった霰もないその格好に羞恥を隠せない。
みるみる顔に熱を集めて、赤みを増してく様子を愉しむかのように、男は迅鵺を見詰めながら舌先で触れるか触れないか──・・
露になったピンク色の小さなソレに微かに触れさせ弄ぶ舌先を、わざと見せ付けるように動かす。

 「はぁっ・・あっ、ふぅっ・・」

 そんな所を他人に見られた事もなければ、触れられた事なんてない迅鵺にとって、未知の快楽だった。
しっかりと触れない舌先が擽ったくて、それも徐々に気持ち良くなっていく。

 迅鵺は、無意識に腰を揺らし始めた。確かな快楽を身体が求めているのだ。

 「ふふっ・・気持ちいいんだね?もっと欲しくなったんだろう?」

 男がクスクスと笑い混じりに言った事で、自分の状況を冷静に理解した迅鵺は、少しでも気持ち良いと思ってしまった自分を恥じ、否定して抗って見せる。

 「はっ!──そんな訳・・ねぇだろっ・・」

 まともに動けもしない癖に、挑発するような事を言って退ける。

 そんな迅鵺を目を細めて見詰める男は、酷く興奮したようだった。
自分の下唇をなぞるように舐めて、頬に流れ落ちてきた汗はそのままに、熱の隠った吐息を吐き出す。

 「いいよ・・凄くいい・・見てて?今に自分からおねだりさせてあげるから。」

 今度は貪るように迅鵺のピンク色の小さなソレに唇や舌を使って激しく、でも丁寧に舐めて、捏ねて、吸い付いた。

 「─────あぁっ!ふっ・・んんっんっ・・」

 男の急な激しい愛撫に身体は驚いて跳び跳ねる。 
必死に漏れだしそうな声を固く口を結んで堪える迅鵺。

 だけど、そんな事は細やかな抵抗でしかない。
男は唇を離すと、自分の右手中指全体を舌で舐めて、濡れて艶めくピンク色の入り口にその中指を押し当てた。

 「────っ!?や、やめろっ!」

 これからされる事を理解した迅鵺は、血の気が引く思いで言ったけれど、男は押し当てた中指をゆっくりと迅鵺の中を堪能するように、スッポリと指の付け根まで挿入した。

 「迅鵺くん──・・ほら、見て?中指全部入っちゃったよ?」

 ──────っ!?コイツ・・なんで俺の名前を?

 だけど、今の迅鵺にはそんな事を考える余裕なんてない。

 「───てめぇ・・ぜってぇブチ殺してやるっ!!」

 迅鵺は怒りと悔しさを鋭い目付きで現して、感情を剥き出しに怒鳴り散らした。

 「何を言ってるの?まだ指一本しか入れてないじゃないか・・まさか、男同士の交わりがこれだけだとは思ってないよね?」

 男は挿入させた中指をゆっくりと上下に動かす。

 な、なんだこれっ?俺の中を這うような異物感・・気持ちわりぃ・・

 自分の中を蠢く男の指に不快感を覚える迅鵺だが、それは最初だけ。
今まで感じた事もないような、強い快感が迅鵺を襲う。

 「ああっ──・・はぁっ、あぁっ・・」

 ついに抑えきれなくなった自分の声に、驚きと羞恥の色を濃く見せる迅鵺。
 けれど、男の指が迅鵺の中のある場所を刺激すると、自分ではどうしようもない程の快感が込み上げてくる。

 「あっ・・やっ、そこっやめっ・・はあっ」

 気付くと、迅鵺の両胸にある形の整ったピンク色の綺麗な突起は、触ってもいないのに硬く立たせていて、肉棒はねっとりとした透明な汁が震える先っぽから垂れ流している。

 迅鵺は恍惚とした表情で、汗ばんだ肌に頬は赤く高揚していて、唇は薄く開かれ、そこから漏れるのは熱い吐息と甘い声。

 迅鵺の瞳は、今まで感じた事もない強い快楽で涙を含ませ蕩けそうになっていた。

 「あぁ・・迅鵺くん、すごく可愛いよ・・」

 男は迅鵺の気持ち良さそうな姿に、ほぅ・・っと溜め息を溢し、指を二本に増やし三本に増やした頃には、迅鵺の身体は男が与える快楽にすっかり溺れてしまっていた。

 くそっ──・・ちくしょおっ・・

 迅鵺は、脳と身体が別の感情を持ったように矛盾した気持ちで、脳まで快楽に溺れそうになりながらも必死に理性だけは保とうと抗っていた。

 「その顔、凄くそそるよ・・今にも快楽でどうにかなってしまいそうなのに、それを必死にプライドが塞き止めてる。」

 男は熱っぽい吐息混じりに喋りながら指を引き抜いた。

 「んああっ──・・はあっはあっ・・」

 快楽の余韻は残ってはいるものの、やっと指が出ていった事にホッとして乱れてしまった荒い息を整えようと呼吸を繰り返す。

 そんな余裕のない迅鵺に向かって、追い討ちをかけるように男はクスッと不敵に笑った。

 「迅鵺くん、本番はこれからだよ?指だけでそんなにヨガってしまって・・もしかしたら、君を壊してしまうかもしれない。」

 その言葉に、ついに迅鵺は怒りを爆発させた。

 「てめえっ!何が目的でこんな事をするんだ!?許さねえ・・てめぇだけは絶対許さねえっ!!」

 そう言って、精一杯の気力を振り絞って男に飛び掛かろうとする。

 けれど、体に力が入らない上に迅鵺よりも背も体格も大きい男に敵う訳もなく、いとも簡単に押さえ付けられてしまった。

 迅鵺は、その美貌と甘いトークセンスで数えきれない程の女を抱いてきて、満足させられなかった事なんてないくらい女を抱くテクニックを持っている。

 男なんて抱いた事もなければ、性的に触れた事すらない。

 それが当たり前だ。その筈だ。

 それなのに、今にもはち切れそうなまでにそり勃つ自分の肉棒を、迅鵺の濡れて緩んだ入り口に押し入ろうとするこの男は何を考えてる?

 生身の人間ですらなく透けてる姿で当たり前のように迅鵺に触れてくるこの男はなんだ?

 迅鵺は、無理やり押さえ付けられながらボクサーパンツを剥ぎ取られると、ついに男の熱く滾った肉棒の侵入を防ぐ事が出来なかった。

 「うあ"っ──・・くる、しっ・・抜けっ!抜けよっ!」

 迅鵺の必死の訴えも虚しく、迅鵺の耳元へ唇を寄せると男は熱い吐息を溢しながら囁いた。

 「駄目だよ・・お仕置きだって言っただろう?気持ち良過ぎて、忘れちゃった?」

 次の瞬間、男は迅鵺の首元にかぶり付いた。

 「いってえぇっ!!おいっ!やめっ──・・んああっ!」

 あまりの痛さについ声を荒げたのも束の間、男は腰を思いっきり突き上げたのだ。

 「ああっ!ちょ──・・まっ・・てっ、んあっ」

 男のモノにまだ馴染んでいない迅鵺の中を容赦なく攻め立てる。
   噛み付いていた口を離すと迅鵺自身の汁でドロドロにしてしまっている肉棒を握って上下に擦り始めた。

 「んああっ・・やめっ、さわっなっ・・はあっ」

 後ろは男の肉棒で突き上げられながら前も弄られて、同時に二種類の快楽が迅鵺を追い詰めていく。

 「ハアッハアッ──・・いいよっ!迅鵺っ、すっごくいいっ!君は最高だよ。こんなにだらしなく、グショグショにして・・今にもイッてしまうんじゃないのか!?」

 興奮し過ぎてしまったのか、いつの間にか迅鵺を呼び捨てにする男の言う通り、迅鵺は今にもイッてしまいそうになっていて、もう抗う言葉を口にする余裕はない。
 快楽の限界が訪れようとした時、男はこれ以上ないくらい硬く勃たせた迅鵺の肉棒の根元を思いっきりギュッと固く握り締めた。

 「はあっ!あっ・・なんっ、で・・」

 “もう少しでイケそうだったのに──・・”

 迅鵺の身体は、男に翻弄され快楽に支配されてしまったという事だろう。

 「ふっ──・・イキたい?でも、まだイカせてあげないよ。」

 男はそう言うと、また迅鵺の首へ手を伸ばした。
しっかりと両手で、少しずつ締め付ける力を加えていくと同時に、迅鵺の中も肉棒で突き上げてグリグリとかき混ぜる──・・

 今度は、苦しさと快楽が迅鵺を追い詰めていった。

 こうして、迅鵺の運命の歯車がこの男によって狂わせられようとしている。
 いや、もう狂わせられているのかもしれない。

 ここが、この物語の冒頭だったのだから──・・



 「はっ──・・ふっ、うぅっ・・」

 首にあるゴツゴツとした男の手は、俺の反応を弄ぶかのように徐々に力が込められていく。

 首の圧迫感で、上手く呼吸が出来ずに醜く開かれた口からは涎が垂れていて、首から上が沸騰したかのように熱くて、必死に解ほどこうと自分の手を首にある手に伸ばすけれど、思うようにいかない。

 「くぅっ・・ふっ、くはぁっ・・」

 苦しい──・・死にそうだ。

 そう思った時、首にある手は知ってか知らずか、ギリギリのタイミングで少しの迷いもなく一気に手離した。

 その瞬間、俺の喉からはヒュッと空を切ったような、心許ない音が漏れる。

 「かはっ・・はぁ、あっ、んはぁっ」

 酸素を求めて慌てて空気を吸うと、咽び泣くように遠慮のない咳が出ている所を、更に遠慮のない手が再び俺の首を締め付けた。

 もう嫌だ───っ!止めてくれっ、やめてっ・・

 俺は、食い縛った歯の隙間から涎を飛び散らせ、汗と鼻水で顔を汚し、柄にもなくひっきりなしに涙を流した。
 なんで、こんなことになったんだっ───!?

 朦朧とする意識の中、痛みと苦しさの中には、確かに快楽もあった───・・


   全身が、どうしようもない程に甘く震えて、痺れるような快楽が。

 こうして、満足そうに見下す男の深く濃い瞳を最後に迅鵺の意識は遠のいていった。














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