血だるま教室

川獺右端

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第6話 くじ引き

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 荒々しくドアが開く音がして、私はびっくりして飛び起きた。
 時計を見た。夜光塗料が十時半の位置にあった。
 入ってきた人影は三つ。高田君たちかな?

 カチッと音がして、丸い光が教壇に立つ高田君を浮かび上がらせた。吉村君がライトで高田君を照らしている。いきなりあかりが付いたのでちょっとまぶしくて、私は目を細めてしまった。
 吉村君が持つマグライトのあかりはふるふると小刻みに揺れていた。斜め下からの光線で浮かび上がる高田君は妙に無表情だった。

「くじ引きで決めようぜ、三人」

 高田君はそう言った。

「当たった三人は今すぐこんな所から出て行いけるんだ」

 それって、それって、当たった三人以外はどうなるの?

「外れた奴は覚悟してもらうことでよお」
「ふざけんじゃねえぞっ! 高田ーっ!」

 洋平君が怒鳴った。うわ、怖いよ怖いよ。

「俺のかあちゃんよ、心臓病なんだよ、こんな所で俺が死んだって知ったらかあちゃんも死んじまうんだよっ!!」
「何がかあちゃんだっ! 屑野郎っ! 俺たちに親が居ないとでもいうのかよっ!」
「だろお、だからさ、公平にくじ引きしてよお。外れた奴は死んで貰うのでどうかってんだよっ!! この中には女も居るし、運動が苦手な奴もいるだろっ! ジョンソンと闘って三人生き残る中に、月寄とか三橋とかが残れるって言うのかよっ!!」

 わ、私!? 私はし、死にそうだけど、確かに。

「頭おかしいんじゃない? 高田。三人残ったらジョンソンが外に出してくれる保証なんかないんだよ」

 なるみちゃんが席に座ったまま、吐き捨てるように言った。

「ジョンソンが動いたら全員で掛かればいい、この人数なら絶対勝てる」

 洋平君が言い切った。そ、それも怖いなあ。
 高田君が斧を教卓に撃ち込んだ。ドカンという大きな音でみんな黙り込んだ。

「なんでジョンソンが俺たちに刃物を渡してるか解るか、洋平。そのエロボケした頭で考えてみろっ! 奴は機関銃かショットガンを持ってんだよっ! だから平気で刃物を持たしてるんじゃないかっ! 地雷も、毒ガスも、青酸カリも持ち込んだんだぜっ! ここで何時間も俺たちを放っておいてるのが証拠じゃねーかっ! 俺たちで三人選べって言ってるんだよ!!」
「ショットガン持ってても、一人か二人じゃないかっ! いいか、明日の朝まで我慢すればきっと助けが来るっ! 馬鹿な事言うなよ高田っ!」
「早番の先生は七時には来るわ。それまで防御し続ければこっちの勝ちなのよ」
「もう、うるせえよ。多数決で決めようぜ。俺の意見に賛成の奴は前に来い。洋平の意見に賛成の奴は後ろに行け」
「高田っ! 勝手な事言うなっ!!」

 がたんと志村さんが席を立って前に行った。志村さんは不良の女子生徒だ。
 ガタンガタンと席を立ち、前に行く生徒が増えた。あれ、三橋君も前に行った。
 真ん中に三人の生徒が座っていた。

「本多、お前はどうするんだよっ」
「あ、あの、き、決められないです。き、棄権で」
「棄権はゆるさねえ、とっとと決めろっ!!」

 本多君はひいと言って、後ろに逃げてきた。他の二人も後ろに来た。
 クラスの意見が決まった。洋平君の意見に賛成の人の方が若干多いようだ。

「高田、残念だったな、こっちの方がどう見ても多いぞ」

 洋平君が言った。
 高田君はなんだかニヤニヤと笑っていた。

「そうだなあ、洋平。お前なら絶対反対すると思ってたよ。お前は爽やかちゃんだもんなあ」
「何言ってるんだ?」
「おい、みんな、こいつらはみんなクジを棄権してくれるんだってよ。当選の確率が上がったぜ」
「なんだと?」
「後ろにいる奴らはチャンスに掛ける事もできない負け犬だ。こんなやつら殺しちゃってもかまわねえよな」

 前に行った人が信じられないという表情で高田君の顔を見た。

「お前、最初からっ!」
「後ろに居るので危険なのは洋平となるみだけだ。あとはすぐ殺せるよ」

 高田君はきゅうっと笑った。
 並河ちゃんが悲鳴を上げて泣き出した。

「ちょ、ちょっとまってくれにー、反対派を殺しちゃうなんて横暴だにょ、僕はそんなつもりで前に来た訳じゃないにー」

 三橋君がわたわたと高田君の前に出てそう言った。

「死ね」

 高田君が斧を大きく振り上げて、三橋君の脳天に撃ち込んだ。
 三橋君は汚い悲鳴を上げた。

「死ね」

 三橋君の血がザッと音を立てて前に集まった生徒に掛かった。

「俺に逆らう奴は死ね」

 高田君は優しい声でそう言いながら三橋君に何回も何回も斧を打ち下ろした。。
 三橋君の首が床に落ちて血の道を造りながら転がった。
 私は棒立ちになって悲鳴を上げた。
 高田君が目をギラギラさせながらこちらを鬼のような顔で見ていた。

「殺せーーっ! 洋平達を殺せーっ! クジの当選確率を上げるんだっ! いけえええっ!」

 頭の天辺から出るような恐ろしい金切り声で高田君は号令を掛けた。
 前に出ていたクジ派の生徒達が悪魔みたいな叫び声を上げて反対派の生徒に襲いかかってきた。
 悲鳴、怒声、金切り声。あちこちでナイフが閃く。机が倒れる。椅子を振り回す。

「殺せーっ!! 人生は弱肉強食だっ!! 弱い奴が悪いんだっ!! 殺せ殺せ殺せっ!!」
「逃げろっ!! 教室の外に出るんだっ!」

 私の目の前に坂田君が飛び出してきた。彼は怪鳥のような悲鳴を上げて鎌を振り上げた。
 切られる! そう思って避けようとしたけど、足がすくんで動けなかった。

「鏡子っ!」

 なるみちゃんが飛び込んできてマグライトで坂田君の頭を殴った。坂田君は後ろに吹っ飛んで倒れた。

「殺せーっ! 反対派を殺せーっ! ジョンソンさまの生け贄にするんだーっ!!」

 誰かが吉村君めがけてナイフを投げた。ナイフは吉村君のライトを持った右手に当たった。ぎゃっと叫んで吉村君はライトを取り落とした。ゴロゴロと光の帯を広げながらライトは転がった。
 誰かが私の手を握って強く引いた。教室の後ろ扉の方へぐいぐい引っぱられて行った。私は教室を出た。吉村君の落としたライトの光の元で生徒が何人も倒れているのが見えた。
 廊下の突き当たりまで私の手を引く人は走った。

「これもってて」

 手を引いてくれた人はやっぱりなるみちゃんだった。なるみちゃんはマグライトを私に渡すとトイレ前の掃除用具入れからモップを取り出して頭の方を踏み折った。
「ら、ライト付けて良い?」
「駄目っ! 的になるよ。私が良いと言ったら教室の方に向けて点灯して」

 なるみちゃんはそう言うとモップの柄を構えてビュンと振った。
 反対派の人はバラバラに逃げたらしくて、ここにはなるみちゃんと洋平君と私と本多君と長谷川さんだけだった。時折教室の方から絶叫が聞こえてくる。

「やつら狂ってる」
「ちがうわ、狂ってない。高田は元々ああなのよ」
「クジ派でやっかいなのは?」
「橋本君が向こうにいるよ」
「空手の橋本か」
「俺をよんだかい?」

 カツーンカツーンと教室から生徒が一人出てきた。
 その後ろに五六人のクジ派の生徒が続く。

「橋本君、やる気なの?」

 なるみちゃんがモップの柄を構えた。

「……。クジでいいじゃんかよ。なるみさん」

 暗闇の中で橋本君が構えを取った気がする。
 両派は闇の中で対峙した。

「あいつらクジやる気なんかないわよ、こうやってクラスの人間を減らして、高田と子分二人で、ジョンソンに取りいって生き残るつもりだわ」
「……。まさか」
「ねえ、橋本君。橋本君は弱い人を踏みつけにするために武道を学んだの?」
「ちがうっ! それはちがうよ、なるみさん」
「橋本、今からでも遅くない、仲間に入れ、俺とお前となるみが居れば、クジ派を押さえる事ができる、橋本っ!」

 闇の中でも橋本君が動揺しているのが解った。
 教室の方から悲鳴が聞こえて……。笑い声もした。人殺しして笑ってるの?

「ちっ、やっぱりなるみさんの方が信頼できそうだな」

 橋本君がそう言うと、後ろからクジ派の誰かが橋本君に体当たりをした。

「鏡子点灯っ!!」

 私は慌ててマグライトを点灯した。
 丸い光の中で志村さんが橋本君の脇腹にナイフを突き入れて居るのが見えた。

「お前みたいな強い奴があっちいくと怖いんでねえ」

 志村さんはざらついた声でそう言った。
 橋本君が野獣のような咆哮を上げて志村さんの顔面に裏拳を撃ち込んだ。げふっと橋本君は血を吐き出す。

「橋本が裏切ったぞおお、殺せえええっ!」

 志村さんの絶叫で教室から何人も生徒が現れた。
 なるみちゃんがモップの柄で志村さんを叩きのめした。橋本君は血を流しながら手足を振り回し闘っていた。洋平君もナイフで斬り合いをしている。本多君が殴られている。長谷川さんはどこかへ逃げてしまった。私はぶるぶると震えながらマグライトで光を惨劇の現場に当て続けた。
 教室から人が出てきて、敵がどんどん増えてきた。

「くそ、逃げるぞ、鏡子、ライトを消せ」

 洋平君がそう言った。私は慌ててライトを切り、階段の方へ洋平君に手を引かれていった。なるみちゃんが橋本君に肩を貸して走っていた。

「逃がすなーっ!」

 志村さんの絶叫で生徒が追ってきた。
 私たちは階段を上った。

「なるみちゃんはやくはやく」

 なるみちゃんは階段の一番下に橋本君を下ろすと、モップの柄を構えた。

「橋本君、まだ戦える?」
「まかせてくれよ、なるみさん」

 ゼイゼイ言いながら橋本君は笑った。

「洋平、鏡子を連れて逃げて、私と橋本君で時間を稼ぐから」
「なるみちゃんっ!!」
「ここは地の利が良いわっ! 高圧電流があるからねっ!!」

 なるみちゃんはそう言いながら、追ってきた新道君の脇腹に一撃をくわえて高圧線の方へ倒した。新道君は絶叫しながら鉄条網の中に落ちていった。

「洋介、鏡子を守って、あんたが死んでも鏡子だけは守るのよっ!」

 なるみちゃんは追っ手を叩きながらそう言った。

「わ、解った、なるみ、こんどマックでなんかおごるよ」
「ビックマック三個ねっ!!」
「そんなに喰うのかい、なるみさん」

 橋本君が笑った。
 洋平君が私の手を引っぱった。

「い、いやだよ、なるみちゃんを置いてなんか行けないよっ!」
「鏡子っ!」
「いやだよいやだよ」

 わたしは小さい女の子のように泣きじゃくった。なるみちゃんと別れたく無かった。
 下の方では怒号が飛び交い、電線がジジジと音をたて、刃物がぶつかる音、殴り合う音、悲鳴が沸き立っていた。

「なるみの気持ちも汲んでやれ、な」

 洋平君がやさしく私の頭に手を置いてそう言った。
 私は泣きながら洋平君に手を引かれて四階に上がった。
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