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第二話 カッパ的喫茶店
しおりを挟む遠い轟音で目が覚めた。
またどこかのビルが倒壊したのだろう。
コンクリートは塩分に弱い。
あと五年もすれば、銀座の街も完全に海に沈むのだろう。
外は青く明るくなっていた。
窓際に干した鰺を一枚取って囓った。
良く晴れていた。
読みかけのスペースオペラを手に取って、また読み出す。
そう言えば今日は満月で、頭の悪い人魚どもの大会がある日だな、と、思いだした。
めんどくせえと思った。
獰猛な人魚どもと近所づきあいしても何の得も無いなと思い、鰺を囓りながら宇宙戦争の話に没頭した。
良い感じの所で続きになり、次の巻を手に取る。
……。
あれ。
一巻抜けてるな。
八巻を読み終わって九巻のはずが、十巻からしかない。
くそ、持ってくるとき間違えたか。
とりあえず立ち上がって、本屋ビルの五階に上がり新書SFのコーナーを探したが、九巻は無かった。
なんてことだ!
くそうっ! 要塞衛星がどう陥落するのか気になって気になってしかたがない。
神田の本屋街に探しに行くか。
俺は本を入れるための防水リュックを背負い、窓から海に向かって飛び込んだ。
冷たい感触が体を包み、えらから入った海水が体内を通って脇に抜けていく。
銀座から神田までは泳いで二時間というところか。
俺は国道に沿って泳ぐ。
水没した街に貝や海藻がびっしり付いて人工物の感じをぼやかしている。
鰺が群をなし、鯖が泳ぎ、黒鯛が身を隠す。
魚たちの上を飛行する感じで俺は泳いでいく。
高速道路の合間から光がカーテンのように差し込んで、青くて静かな水の中に俺一人だった。
なんで本好きなのに神田の本屋街に住まないかというと、秋葉原が人魚の群生地だからだ。
肉食で獰猛な奴らの隣りに住みたいとは思わない。
人魚どもは電気製品とかをサルベージして、なかなか文化的な生活を送ってるようだが、俺には関係ない。
神田に泳ぎ着いて、書泉の建物に入った。
前に来たときよりもずっと本が傷んでいる。海からの湿気と潮風は本に良くないのだが、どうすることもできない。
探していたスペースオペラの九巻目は平台に逆さになって置いてあった。
災害の後、誰かが手にとって読んだのかな?
とりあえず続きを最後までリュックに入れて書泉を後にした。
行きつけの喫茶店で続きを読むことにする。
ビルを三つほど離れた所にある喫茶店は神田に来たときの俺の拠点だ。
正確には元喫茶店だが。
窓から入り込み、体を振って水を落とす。
リュックをテーブルに置いて、キッチンに入った。
この前持ち込んだ携帯ガスコンロでお湯を沸かした。水はミネラルウオーターという贅沢さだ。
前は豆を探して本格的なコーヒーを入れていたのだが、水密の関係で今はインスタントコーヒーだ。
お茶の支度をしていると、ドアがカラコロなって、どすどすと足音がした。
店の中を見ると、トド夫が椅子にどっぷりと座り込んでいた。
「マスター、ホット」
「いらっしゃいませ」
笑いながらなんとなくのってしまった。
河童の喫茶店にはトド男のお客さんが来る。
出来上がったコーヒーを持って、トド夫のテーブルに置く。
「ありがとう、良い香りだねえ」
トド夫はカップを持ってうっとりと匂いを嗅いだ。
「災害前物のネスカフェゴールドブレンドだよ」
「なんとも懐かしい味だね」
トド夫は嬉しそうにコーヒーを啜った。
俺は自分のコーヒーをテーブルに置いて、ソファーにひっくり返ってスペースオペラを読み始めた。
「誰かが使ってる場所だとは思っていたのだけどね、河童君だったか」
「神田は良く来るからね。トド夫も本の調達かい?」
「僕は水道橋の楽器屋を覗こうかなと思ってね」
「なんか演奏するのかい?」
「トド男になる前はギターを弾いていたのだよ。一本持ってたのだけど、うっかり海に落として壊しちゃってね」
「そうか、良いのが残ってるといいね」
トド夫はトドの半獣人だ。
狼男とかの仲間らしい。
アラスカに外人のトド女の嫁さんが居て、時々あっちに行ってる。
何ヶ月もかけて往復するなら、アラスカに住めばいいのにと言ったら、寒いのが駄目なんだと笑った。
「人魚さんの建国大会には出るのかね」
「めんどくさくてね」
「ごちそうが出るらしいよ。あと河童君がこないと結ちゃんがさびしそうだ」
「結はおやつが来なくて口寂しいだけだよ」
「混血ができればいいのにねえ」
「喰われるのはヤダ」
ごちそうさまと言って、トド夫はのすのすと店を出て行った。
俺は本の中の要塞衛星戦に没頭した。
(つづく)
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