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 慌ただしい一日を終えた翌日、いつものように出勤すると、厨房には珍しく先客がいた。
 副料理長が腕を組み、険しい顔で待ち構えている。そして珍しいことに、彼の方から挨拶をしてきた。

「おはよう」

「おはようございます」

 率先して挨拶をしたということは、私に用があるはずだ。それも他の人に聞かれたくない類いの話だと思う。

「昨日は大活躍だったらしいね」

「活躍?」

「とぼけなくていい。君の料理の腕前はカトラから聞いた。君は現状に満足しているか?」

「どういう意味でしょう」

「君にはそれなりの実力があるようだ。それをこのままの地位で終えるつもりかと聞いている。たとえば、そうだな。副料理長の座に興味は?」

「副料理長?」

 ああ、そういうこと……。
 野心家の副料理長は当然このまま終えるつもりはないだろう。自分が料理長になった暁には副料理長にしてやろうという話だ。あるいは自分の派閥に入れたいのか、私に出世の手助けを望んでいるのかもしれない。

「私にはもったいないお話です」

 いずれにしろ、私にとって厨房での身分など関係ないことです。迷いなく言い切れば副料理長は不満そうにしていた。

「君が料理長に並々ならぬ眼差しを向けていたものだから地位を狙っているのかと思えば、僕の誤解だったか。いや、失礼。この話は忘れてくれて構わない」

 その並々ならぬ眼差しは技術を盗みたいからであって、決して料理長の座を狙っていたわけではありません。

「君に野心はないのか。がっかりだ」

 副料理長の顔にはわかりやすくがっかりしたと書いてある。
 そうだ、この人なら私の疑問の答えを知っているかもしれない!

「副料理長、一ついいですか?」

「なんだ」

「副料理長の考える一流の料理人とはどのようなものでしょう」

 私も私なりに考えてはみたんです。前世では有名レストランで働くことや、大きな大会で優勝。あるいは歴史ある賞を与えられたりすることがそれにあたると考えましたが、この世界にそんなものはありません。ならば一流の料理人とは?

「なんだ、やはり興味があるのか? だが次期料理長の座はくれてやらないぞ」

「料理長になることが一流の料理人ということですか?」

 だとしたら私たちは敵になる。それが一流の料理人だというのなら、私は副料理長を倒してでもなってみせましょう。
 しかし副料理長は違うと言った。

「国王陛下に認められてこそ、一流の料理人と言えるだろうな」

 ……今、なんて?
 あの人に、あの宿敵に認められろと!?
 確かにこの国において国王陛下は最高権力者。その人に認められるということは、こんな私でも社会的地位を認められたも同然。だからといってあの冷徹王子殿下に認められる?
 そうなった自分の姿があまりにも想像出来ず、今朝は業務に集中することも一苦労だった。

 セオドア殿下に認められる……

 それからというもの、あの憎い相手の顔がちらついてばかりいる。
 もちろん否応なしにあの人のことを思い出さされるのは、それだけが理由ではありません。
 仕事に没頭するあまり、あの日が来るのは早いものでした。セオドア殿下が王として即位する日です。

 私にとっては憎い相手でも、国民にとっては国の将来を担う期待の新王陛下。即位に向けてからというもの、国を上げてのお祭りムードとなっていた。
 とはいえ私たち城で働く人間はお祝いに駆けつけることは難しい。むしろこの日は勤務を始めてから一番の激務と言える。私が期待の新人として大切に育てられていたのはこの日のためでしょう。
 まず仕事量が段違いだ。いくら私が優れた皮剥き職人だとしても、しばらくは野菜を見たくないと思うほどの量だった。さすがの私も腕がつりそうです。
 うっ……しばらくイモは見たくない……!
 夢に出そうと恐怖したところで、明日も大量の皮と格闘しなければならない宿命だ。
 即位式ともなれば各国から招かれた要人が一同に介す。当然必要とされる食事の量は通常の何倍もに及び、いくら料理人がいても足りない。私が仕事から解放されたのはいつもの終業時刻よりも何時間も後のことだった。

 要人たちはみなこの城に泊まるため、明日の仕事も多忙ではあるけれど、今日というピークを乗り越えればなんとかなるだろう。料理担当にも回っていた私もようやく帰宅を許されたところだ。
 この期間だけは私たち実家組も城に泊まらせてもらっている。通勤時間があるのなら一分一秒でも寝ていたと、この世界でも思う日が来るとは思わなかった。
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