上 下
38 / 56

38、

しおりを挟む
「こんなものでよければ……でも、父さんの方が美味しく作れると思いますよ」

「私はリーチェさんに習いたいんです。お願いします、先生!」

 リーチェさんはひとしきり悩んだ後、頬を染めて言った。

「……えっと、リーチェでいいからね? あの、よく見てて。……サリア」

 照れくさそうに材料を用意するリーチェとは料理を通じて仲を深めることが出来た。パンケーキの作り方だけではなく、リーチェさんは友達との過ごし方も教えてくれた気がする。
 作ったパンケーキを食べながら、私は苦手としていた世間話をすることになった。

「でも、不思議ね。こんなに近くに住んでいたのに、サリアのことは初めて見た気がするわ。ご近所なら顔を合わせていても可笑しくないんだけど」

「それは……恥ずかしながら不健康な生活を送っていたの。近所付き合いも、下手だったかな。でもこれからは生活を改めようと思って」

「それで料理道具を揃えたり?」

「私ね、訳あって転職をしたの。前の仕事では料理をする必要がなかったけど、これからは料理を覚えないとって、必要性をせまられているところよ」

「大変なんですね」

「そうなの! だからお願い! これからも私に料理を教えてくれない? 料理って難しくて、一人だと何を作ればいいのかさえわからない!」

 料理長の手際を再現するだけなら私の技術をもってすれば可能だと思う。けれどいつ、何を作ればいいのかがわからない。

「食べたいものを作ればいいんじゃない?」

「食べたいもの……」

「えっと、何かない? 肉とか、野菜とか、これが食べたいなーって」

 リーチェからの問いかけに、私は真剣に考え続けていた。

「そういうものを一つ決めて、そこからメニューを考えていくの。寒い日だったら温かいものとか、そんな感じね。あとは……そうだ! もう一度出掛けることになるけど、買い物に行かない? 一緒にご飯を作るりましょうよ」

 ぜひにと頷いた私が案内されたのは野菜を扱う店だ。何か作りたいものがないかと聞かれた私は、とっさに野菜で身体が温まるものと、主様の好みを伝えていた。
 そんな私の願いから、夕食には野菜たっぷりのスープが並んだ。

「サリアの作ったスープ、美味しかったよ」

 リーチェの笑顔を見ていると、私の胸はあたたかな心地になる。ほかほかと、身体の内側から沸き上がる感情はりリーチェが教えてくれた。

「誰かに美味しいと言ってもらえるのは、とても素敵なんですね。ありがとうリーチェ。リーチェのおかげで知ることが出来た」

 仕事を認められるのはもちろん嬉しいけれど、厨房で誰かに褒められるのとはまるで違った。

 夜も更け、料理長が帰宅すると、当然ながら盛大に驚かれる。
 家族の団らんを邪魔してはいけないので早々に立ち去ろうとすれば、料理長がわざわざ扉の前まで見送りにやってくる。厨房では大声で指示を飛ばす人なのに……?

「リーチェに聞いた」

 料理長は何をとは言わない。それは私の家族のことか。あるいは料理のことか。それとも両方か。いずれにしろ、料理長は私に何か言いたいことがあるらしい。

「その、なんだ。いつでも来い。お前、家近いんだろ?」

 照れ臭そうにそっぽを向きながら告げる。

「そうなの! サリアね、お向さんなのよ」

 割り込むリーチェに「本当に近いな!?」と料理長は驚きの声を上げていた。
 リーチェという頼もしい先生が誕生したことによって、私は王城のレシピだけでなく一般家庭の味も習得を進めることになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

処理中です...