36 / 56
36、料理の先生
しおりを挟む
主様は今頃どのあたりだろう。
モモはちゃんと見守ってくれたかな。
不安は尽きないけれど、気持ちを切り替えて私は仕事に励んでいる。そうすることでセオドア殿下と出会ったことも忘れ去りたかった。
朝が来れば私の出勤時間は他の誰より早い。新人だからという理由もあるけれど、もっと打算的なものだ。
何事も真面目な印象を植え付けておいて損はない。誰もいない厨房を隅から隅まで観察するのも大切な私の日課だ。
出勤すると、まずは厨房の掃除から。ここでの私は一番の下っ端、厨房の掃除も仕事の一つとなっている。
加えて料理長のユーグは綺麗好き。副料理長のマリスは同じ物が同じ場所にないだけで気になる性格だ。
それなのにカトラ先輩の片づけは大雑把で詰め込むだけ……。となれば朝からいい加減な仕事は許されない。
掃除を終えると在庫の確認をする。備品の不足や、足りなくなった調味料を補充するのも私たちの仕事だ。
とはいえ一日で底を尽きるようなものはないけれど、私は毎日入念に残量を調べている。
毎日確認していれば何がどれだけ料理に使われているか、割り出すことは容易い。
しばらくしてまずは先輩が。そして副料理長と、料理長が出勤してくる頃には厨房も賑やかになっている。
この厨房で作られる料理には二種類あって、セオドア殿下たちが口にするような格式高い料理と、私たち城で働く人間が食べる、とにかく量を優先したまかないの二種類だ。
さっそく料理長は調理に取りかかるので、今日も私は彼の動きを入念に観察していく。
皮むき業務を終えると、早めの休憩に入った私はいつもの指定席に向かおうとした。休憩室で休むことも出来るけど、世間話というものにはまだ慣れていない。
それにに、何気なく歩いているようみ見えるかもしれないけれど、城に異変がないか観察もしている。私が居ながら何かあっては主様に合わせる顔がありませんからね。
そして見回りの成果か、見事に怪しそうな人物を見つけてしまった。
「あの子……」
怪しい。
年のころは私と同じか、少し下にも見える。けど、いくら年齢が若く見えても油断は出来ない。私だって立派に密偵を務めていたわ。
目の前で戸惑う少女も誰かの手先かもしれない。迷ったふりをして内情を探るのは私もよく使う手だ。どこかの密偵なら阻止しておかなければ。
「どうかしましたか?」
声をかければ少女が振り返る。
「あ、助かりました! 私、父にお弁当を届けに来て、迷ってしまって……」
「お父様?」
「はい。料理長の、ユーグです」
「ああ、料理長の」
愛妻家で家族を大事にしていると個人情報にあったことを思い出す。
確か娘の名は――
「はい! 娘のリーチェです」
私が父親を知っていたことで安心したらしい。不安げだった表情がぱっと明るくなった。
「時間があるのなら案内しましょうか? 私が手渡すより娘さんから受け取った方が嬉しいでしょうから」
「ありがとうございます!」
これだけ元気にお礼が言えるのなら密偵ではないだろう。疑ってしまったことを申し訳なく思うが、これも職業病なので許してほしい。
厨房に案内すると料理長は初めて見せるような笑顔で娘を迎えた。でれでれというやつだ。
確かに自分と違って愛嬌のある、見るからに可愛いらしい娘さんだ。これだけ可愛ければ大切にもするだろう。
届け物を受け取った料理長は迷いやすいというリーチェを城門まで送って行く。リーチェは律儀にも私にまでしっかりと挨拶をしてから厨房を後にした。
そんな二人の背中を見ていると、何故かジオンのことを思い出す。
私とジオンは親子ではないし、ましてや血の繋がりもない。それなのにどうしてあのお節介な人の顔が浮かぶの……?
まるで料理の習得を急かされているようで、じっとしていられなくなる。
明日は休日。となれば私のやることは一つ。自分を信じて待っていてくれる人たちのためにも料理修行を決行することにした。
モモはちゃんと見守ってくれたかな。
不安は尽きないけれど、気持ちを切り替えて私は仕事に励んでいる。そうすることでセオドア殿下と出会ったことも忘れ去りたかった。
朝が来れば私の出勤時間は他の誰より早い。新人だからという理由もあるけれど、もっと打算的なものだ。
何事も真面目な印象を植え付けておいて損はない。誰もいない厨房を隅から隅まで観察するのも大切な私の日課だ。
出勤すると、まずは厨房の掃除から。ここでの私は一番の下っ端、厨房の掃除も仕事の一つとなっている。
加えて料理長のユーグは綺麗好き。副料理長のマリスは同じ物が同じ場所にないだけで気になる性格だ。
それなのにカトラ先輩の片づけは大雑把で詰め込むだけ……。となれば朝からいい加減な仕事は許されない。
掃除を終えると在庫の確認をする。備品の不足や、足りなくなった調味料を補充するのも私たちの仕事だ。
とはいえ一日で底を尽きるようなものはないけれど、私は毎日入念に残量を調べている。
毎日確認していれば何がどれだけ料理に使われているか、割り出すことは容易い。
しばらくしてまずは先輩が。そして副料理長と、料理長が出勤してくる頃には厨房も賑やかになっている。
この厨房で作られる料理には二種類あって、セオドア殿下たちが口にするような格式高い料理と、私たち城で働く人間が食べる、とにかく量を優先したまかないの二種類だ。
さっそく料理長は調理に取りかかるので、今日も私は彼の動きを入念に観察していく。
皮むき業務を終えると、早めの休憩に入った私はいつもの指定席に向かおうとした。休憩室で休むことも出来るけど、世間話というものにはまだ慣れていない。
それにに、何気なく歩いているようみ見えるかもしれないけれど、城に異変がないか観察もしている。私が居ながら何かあっては主様に合わせる顔がありませんからね。
そして見回りの成果か、見事に怪しそうな人物を見つけてしまった。
「あの子……」
怪しい。
年のころは私と同じか、少し下にも見える。けど、いくら年齢が若く見えても油断は出来ない。私だって立派に密偵を務めていたわ。
目の前で戸惑う少女も誰かの手先かもしれない。迷ったふりをして内情を探るのは私もよく使う手だ。どこかの密偵なら阻止しておかなければ。
「どうかしましたか?」
声をかければ少女が振り返る。
「あ、助かりました! 私、父にお弁当を届けに来て、迷ってしまって……」
「お父様?」
「はい。料理長の、ユーグです」
「ああ、料理長の」
愛妻家で家族を大事にしていると個人情報にあったことを思い出す。
確か娘の名は――
「はい! 娘のリーチェです」
私が父親を知っていたことで安心したらしい。不安げだった表情がぱっと明るくなった。
「時間があるのなら案内しましょうか? 私が手渡すより娘さんから受け取った方が嬉しいでしょうから」
「ありがとうございます!」
これだけ元気にお礼が言えるのなら密偵ではないだろう。疑ってしまったことを申し訳なく思うが、これも職業病なので許してほしい。
厨房に案内すると料理長は初めて見せるような笑顔で娘を迎えた。でれでれというやつだ。
確かに自分と違って愛嬌のある、見るからに可愛いらしい娘さんだ。これだけ可愛ければ大切にもするだろう。
届け物を受け取った料理長は迷いやすいというリーチェを城門まで送って行く。リーチェは律儀にも私にまでしっかりと挨拶をしてから厨房を後にした。
そんな二人の背中を見ていると、何故かジオンのことを思い出す。
私とジオンは親子ではないし、ましてや血の繋がりもない。それなのにどうしてあのお節介な人の顔が浮かぶの……?
まるで料理の習得を急かされているようで、じっとしていられなくなる。
明日は休日。となれば私のやることは一つ。自分を信じて待っていてくれる人たちのためにも料理修行を決行することにした。
0
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。
その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。
そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。
なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。
私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。
しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。
それなのに、私の扱いだけはまったく違う。
どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。
当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる