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36、料理の先生

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 主様は今頃どのあたりだろう。
 モモはちゃんと見守ってくれたかな。

 不安は尽きないけれど、気持ちを切り替えて私は仕事に励んでいる。そうすることでセオドア殿下と出会ったことも忘れ去りたかった。

 朝が来れば私の出勤時間は他の誰より早い。新人だからという理由もあるけれど、もっと打算的なものだ。
 何事も真面目な印象を植え付けておいて損はない。誰もいない厨房を隅から隅まで観察するのも大切な私の日課だ。
 出勤すると、まずは厨房の掃除から。ここでの私は一番の下っ端、厨房の掃除も仕事の一つとなっている。
 加えて料理長のユーグは綺麗好き。副料理長のマリスは同じ物が同じ場所にないだけで気になる性格だ。
 それなのにカトラ先輩の片づけは大雑把で詰め込むだけ……。となれば朝からいい加減な仕事は許されない。
 掃除を終えると在庫の確認をする。備品の不足や、足りなくなった調味料を補充するのも私たちの仕事だ。
 とはいえ一日で底を尽きるようなものはないけれど、私は毎日入念に残量を調べている。
 毎日確認していれば何がどれだけ料理に使われているか、割り出すことは容易い。

 しばらくしてまずは先輩が。そして副料理長と、料理長が出勤してくる頃には厨房も賑やかになっている。
 この厨房で作られる料理には二種類あって、セオドア殿下たちが口にするような格式高い料理と、私たち城で働く人間が食べる、とにかく量を優先したまかないの二種類だ。
 さっそく料理長は調理に取りかかるので、今日も私は彼の動きを入念に観察していく。

 皮むき業務を終えると、早めの休憩に入った私はいつもの指定席に向かおうとした。休憩室で休むことも出来るけど、世間話というものにはまだ慣れていない。
 それにに、何気なく歩いているようみ見えるかもしれないけれど、城に異変がないか観察もしている。私が居ながら何かあっては主様に合わせる顔がありませんからね。
 そして見回りの成果か、見事に怪しそうな人物を見つけてしまった。

「あの子……」

 怪しい。
 年のころは私と同じか、少し下にも見える。けど、いくら年齢が若く見えても油断は出来ない。私だって立派に密偵を務めていたわ。
 目の前で戸惑う少女も誰かの手先かもしれない。迷ったふりをして内情を探るのは私もよく使う手だ。どこかの密偵なら阻止しておかなければ。

「どうかしましたか?」

 声をかければ少女が振り返る。

「あ、助かりました! 私、父にお弁当を届けに来て、迷ってしまって……」

「お父様?」

「はい。料理長の、ユーグです」

「ああ、料理長の」

 愛妻家で家族を大事にしていると個人情報にあったことを思い出す。
 確か娘の名は――

「はい! 娘のリーチェです」

 私が父親を知っていたことで安心したらしい。不安げだった表情がぱっと明るくなった。

「時間があるのなら案内しましょうか? 私が手渡すより娘さんから受け取った方が嬉しいでしょうから」

「ありがとうございます!」

 これだけ元気にお礼が言えるのなら密偵ではないだろう。疑ってしまったことを申し訳なく思うが、これも職業病なので許してほしい。
 厨房に案内すると料理長は初めて見せるような笑顔で娘を迎えた。でれでれというやつだ。
 確かに自分と違って愛嬌のある、見るからに可愛いらしい娘さんだ。これだけ可愛ければ大切にもするだろう。
 届け物を受け取った料理長は迷いやすいというリーチェを城門まで送って行く。リーチェは律儀にも私にまでしっかりと挨拶をしてから厨房を後にした。
 そんな二人の背中を見ていると、何故かジオンのことを思い出す。
 私とジオンは親子ではないし、ましてや血の繋がりもない。それなのにどうしてあのお節介な人の顔が浮かぶの……?
 まるで料理の習得を急かされているようで、じっとしていられなくなる。
 明日は休日。となれば私のやることは一つ。自分を信じて待っていてくれる人たちのためにも料理修行を決行することにした。
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