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「そろそろ会いに来てくれなかった理由を聞かせてくれないか?」

「それは……」

 なるほど、これは尋問のための包囲らしかった。

「サリア?」

 主様が返答を望んでいらっしゃる。であれば迅速な報告は密偵の義務だ。

「私には資格がありません」

 私が主様にお会いするためには主従という関係が必要だった。けれどその絆はなくなってしまった。

「私はもう主様の密偵ではありません。ですから私には……なにもないんです。そんな私がどうして王子殿下に会えるというのですか!?」

「そんな風に考えていたの?」

 辛うじて頷く。
 これが最後だから、主様はこのようなことを訊くのだろう。ならば自分も、いっそ気になっていたことを聞いてしまおうか。

「私も一つだけ、お訊きしてもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

「主様はお優しい方です、とても。だからこそ考えずにはいられませんでした」

 勢い勇んでおきながら、表情を窺うのが怖くて俯いてしまう。

「あの時、幼い頃に出会ったあの日。あの場にいた人間が私ではなくても主様は助けていましたか?」

 あの時、もしも攫われていた子どもが私でなくても助けましたか?
 もしもお仕えしたいと申し出たのが私でなくても、そばに置いたのでしょうか?
 私は特別な人間ではないから、どうしたって考えてしまう。

「そうだね。助けたと思うよ」

 それでこそ私の主様です。
 満足のいく答えであるはずなのに、胸が軋むのはだおうしてだろう。望んでいた答えであることが嬉しいはずなのに、勝手に傷ついているなんておかしい。
 主様のそばにいられたせいで、自分が特別な人間だと錯覚していたのだろう。おそばから離れて、自分はどこまでも平凡な人間だと思い知らされるばかりだ。

「その人のことも、そばに置きましたか?」

「俺の密偵になりたいなんて言い出す子は、サリアくらいだと思うけど」

「そんなことは……」

「あるよ。仮にいたとしても、これだけは断言出来る。密偵として誰より俺の役に立ってくれるのはサリアだけだ」

「主様……」

 その言葉にどれほど救われただろう。溢れそうな涙を見られないように視線を逸らしたまま告げる。

「ありがとうございます! 嬉しいです、とても……そのお言葉だけで私は、この先どんな困難も乗り越えられます!」

「大袈裟だな、サリアは」

 すぐ傍で笑い合える。この距離が愛おしい。たとえこの想いが報われないとしても、何か一つだけでも主様の一番になれたのだから。この幸福を胸にあれば、私はどんな困難にだって立ち向かえる。

「ああ、それともう一つ。あまり兄上を責めないでやってくれないか。あの人もあの人なりに大変なんだよ」

 主様には申し訳ないけれど、前言撤回させていただこう。それは難しいと。

「それは……そうかもしれませんが……」

 食事の席でも主様は気にしていない様子に思えた。だとしても本当に悔しくはないのですか?
 私はこんなにもセオドア殿下が憎いのです。少し思い出しただけでも激しい憎しみがこみ上げるほどに。
 それなのに主様は責めずに、許せと言うのですか? 
 もちろん理解はしています。第一王子としての重責がどれほどのものであり、あの人はその期待に見事応えて見せたのだと。その姿を不本意ながらも密偵である私は目にしてきました。
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