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52、事件の終わりに
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「カルミアさん、どうか彼女を責めないでやって下さい」
「リシャールさんはそれでいいんですか?」
「今回のことが公になれば彼女は処罰を免れません。私の弱さが招いたことで優秀な生徒を失っては国の損失。彼女にはこれからも学園で学び、ロクサーヌの未来を担っていただきたいのです」
確かに魔法学園の校長も認める才能だ。研き続ければ将来は素晴らしい魔女になるだろう。
それがリシャールの決断ならばとカルミアは頷いた。しかしリシャールはカルミアに向けて申し訳なさそうに告げる。
「ですが、学園を預かる身としては不甲斐ないばかりですね。カルミアさんが止めて下さらなければどうなっていたことか。我が学園を救って下さいましたこと、心よりお礼申し上げます」
「そんな、私は!」
「あら、リシャールにしては殊勝な心掛けね」
のんきな口調で語るのはドローナだ。驚きに背後を振り返ると、やはり彼女の姿がそこにある。ドローナは手を振りながらカルミアの元へと走り寄った。
「さすがね。カルミアならやってくれると思ったわ」
「学食は、みんなはどうなったの!?」
「少なくとも私とベルネは無事よ。扉が閉じる気配がしたから、あとはベルネに任せて来ちゃった」
「来ちゃったって……」
「細かなことは気にしない! 私は私の役割を確認したくてね。それと、会いに来たの」
ドローナが見つめる扉の前には見知らぬ女性が立っていた。
美しい女性だ。彫刻や絵姿でしか知らないはずが、不思議と彼女こそがアレクシーネであると感じている。
「また会えて嬉しいわ。アレクシーネ」
「久しぶりね。ドローナ」
二人は親しい友のように語り合う。それは心に働きかけるものではなく、対等に話す相手として存在していた。
「ドローナ、カルミアたちのこと、お願いね」
「でもアレクシーネ!」
駆け寄ろうとしたドローナは途中で躊躇いを見せる。ドローナにはもうわかっているのだ。どんなにそばへ行こうと、同じ未来には生きられないことを。
「そうよ、私は過去にしか生きられない。ここから出ることさえ叶わないの。もう貴女と同じ時間は生きられない。けれど貴女には外の世界がある。ねえ、外の世界は楽しい?」
「私……」
「これでいいのよ。大丈夫、貴女は間違えなかった。私はここから貴女たちを見守っている」
アレクシーネはドローナが何を企んでいたのか、知っているような口ぶりだ。けれどドローナはカルミアと出会い、料理を知った。その結果、自分に執着しなくなったドローナを正しいと言う。
しかしドローナにとっては彼女を忘れ、見捨てたことと同じだ。
躊躇いを見せるドローナにアレクシーネは微笑み続けている。
「……あのね。外の世界には、私の知らないものがたくさんあるって、カルミアが教えてくれたの。退屈する暇、ないみたい。貴女がいない世界でも、不思議ね。私、笑っていたわ」
言葉にするとドローナの頬に涙が伝う。涙に濡れた微笑みは胸を締め付けられるようで、とても美しいものだった。
「ありがとう、カルミア。貴女のおかげで未来が変わった。貴女の未来も、この学園の未来も、きっと待ち受けるものは別の形」
「別の形……ってゲームの!? 没落は、ラクレット家も、学園は救われたんですか!?」
アレクシーネにはどこまで見えているのだろう。心当たりがありすぎるカルミアは夢中で問い質していた。
「私にはね、これまである未来が見えていた。そこに現れる貴女はとても横暴で、ある少女をよくいじめていたけれど、あれはゲームというの? そして彼――」
アレクシーネはリシャールを見つめる。
「貴方は学園を手中に収め、目的の為に手段を択ばず、人々を危険にさらそうとしていた」
カルミアは唇を噛む。知らずリシャールを守るように構えていた。
「そう怖い顔をしないで。もうその未来は見えないもの。今の私に見えるものは何もない。きっとあの未来は変わったことで消えてしまった。だから未来は誰にも分からないのよ」
力の強い魔女には未来を見通す力が宿るという。ゲームのアレクシーネにも未来が見えていたのだろう。だからこそドローナを止めてほしいと叫んでいたのだ。
油断は出来ないが、カルミアを待ち受ける未来はひとまず明るいらしい。
「カルミア、本当にありがとう。どうか健やかに。貴女にしか作れない未来を紡いでほしいわ。私はここから見ているから」
アレクシーネの微笑みが遠ざかり、身体は透けていく。
ドローナに未練はないのか、穏やかな表情で最後まで彼女の姿を目に焼き付けていた。
地上に戻るとリシャールは糸が切れたように倒れこむ。カルミアはとっさに抱きとめるが、意識を失ったままだ。
「リシャールさん!?」
「そんなに焦らなくても安静にしておけばそのうち目が覚めるんじゃない?」
のんきに言われても安心出来るはずがない。適切な処置に戸惑っていると、ちょうどレインが礼拝堂へと駆け込んできた。ゲームの知識があれば彼女にもこの場所がわかるはずだ。
「カルミア!」
走り寄ったレインはカルミアの前で膝をつく。彼女がここにいるということは、外の騒動は落ち着いたのだろうか。
そしてカルミアの腕に抱き留められたリシャールを目にするなりたちまち悲鳴を上げそうになった。
「っ、校長先生!? 私、すみませんでした!」
意識のないリシャールに向けて必死に頭を下げている。
「謝って済むことじゃありません。私、どんな罰でも受けます。こんなことをしたんです。もう学園にいる資格だってありません!」
ここで意識のないリシャールに変わって彼の意志を伝えるのはカルミアの役目だ。カルミアは優しく彼女の名を呼ぶ。
「レインさん。裁かれたいところ悪いんだけど、校長先生は貴女を許したいそうよ」
「何を言ってるの……だって、私、取り返しがつかないことをした!」
「レイン・ルティアさん」
「え?」
「リシャールさんは貴女の名前、ちゃんと知っていましたよ。優秀な魔女にはこれからも自分の生徒として学園で学んでほしいんですって。今回のことは自分の弱さだと言ったわ」
じわじわとレインの瞳に涙がたまる。
「私っ、なんてことを……」
「リシャールさんね、自分の意志でレインさんの魔法を打ち破ったんですよ」
カルミアの言葉を耳にしたレインは信じられないと眠るリシャールの見つめた。
「確かに私の薬は未熟で、効果は長持ちしないけど、それでも一週間は持つはずなのに……無理やり破るなんて、それほどの強い想いが……?」
本来ならば起り得ないことだと製作者自らが語る。けれどそれはカルミアの目の前で実際に起きたことだ。リシャールには早く目覚めてほしいほしいと願うばかりだった。
そんなカルミアの期待を裏切るようにレインは小声で呟いた。
「でもこれ、多分しばらく寝込むと思います……」
「それ大丈夫なの!?」
「だ、大丈夫、大丈夫です! 本当に、寝込むだけなんです。材料には食用の安全なものしか使っていませんから、本当です誓って! だから効果も一週間しか持たないんです!」
レインはカルミアの怒りを買うまいと必死に弁解する。
「なら、安静にしておけばいいのね?」
音が鳴るほど激しく首を振って答えていた。
「ところで学園の方はどうなったんですか? レインさんがここにいるってことは、みんなも無事?」
「カルミアが率先して動いてくれたから混乱は少なかったって、オランヌ先生とオズが話していました。怪我人も出ていないし、校舎にも大きな被害はないです。学園は臨時休校で、先生たちは事態の収束に追われていますけど……」
「そう、みんな無事で良かった」
無事で済まなかったのは現在カルミアの腕の中にいる人だろう。
カルミアの視線に気付いたレインは慌てて立ち上がる。
「私、人を呼んできます!」
「助かります」
ここにいる人物たちで運ぶのは難しい。レインの言う通り安静に寝かせるためにも人の手が必要だ。
二人きりになったところでドローナがある提案をした。
「カルミア。あとのことは私に任せなさい」
「あとのこと?」
どういう意味かと頼もしい表情を浮かべるドローナに説明を求める。
しかし数秒もしないうちにオランヌを連れたレインが戻ってきたことで訊きそびれしまった。よほど急いでくれたのだろう。二人とも息をきらしていた。
「リシャールが倒れてるって聞いたけど、どうしたの!?」
どこまで話せばいいのか、カルミアは瞬時に物語のシナリオを要求される。ところがこれにはドローナが口をはさんだ。
「リシャールさんはそれでいいんですか?」
「今回のことが公になれば彼女は処罰を免れません。私の弱さが招いたことで優秀な生徒を失っては国の損失。彼女にはこれからも学園で学び、ロクサーヌの未来を担っていただきたいのです」
確かに魔法学園の校長も認める才能だ。研き続ければ将来は素晴らしい魔女になるだろう。
それがリシャールの決断ならばとカルミアは頷いた。しかしリシャールはカルミアに向けて申し訳なさそうに告げる。
「ですが、学園を預かる身としては不甲斐ないばかりですね。カルミアさんが止めて下さらなければどうなっていたことか。我が学園を救って下さいましたこと、心よりお礼申し上げます」
「そんな、私は!」
「あら、リシャールにしては殊勝な心掛けね」
のんきな口調で語るのはドローナだ。驚きに背後を振り返ると、やはり彼女の姿がそこにある。ドローナは手を振りながらカルミアの元へと走り寄った。
「さすがね。カルミアならやってくれると思ったわ」
「学食は、みんなはどうなったの!?」
「少なくとも私とベルネは無事よ。扉が閉じる気配がしたから、あとはベルネに任せて来ちゃった」
「来ちゃったって……」
「細かなことは気にしない! 私は私の役割を確認したくてね。それと、会いに来たの」
ドローナが見つめる扉の前には見知らぬ女性が立っていた。
美しい女性だ。彫刻や絵姿でしか知らないはずが、不思議と彼女こそがアレクシーネであると感じている。
「また会えて嬉しいわ。アレクシーネ」
「久しぶりね。ドローナ」
二人は親しい友のように語り合う。それは心に働きかけるものではなく、対等に話す相手として存在していた。
「ドローナ、カルミアたちのこと、お願いね」
「でもアレクシーネ!」
駆け寄ろうとしたドローナは途中で躊躇いを見せる。ドローナにはもうわかっているのだ。どんなにそばへ行こうと、同じ未来には生きられないことを。
「そうよ、私は過去にしか生きられない。ここから出ることさえ叶わないの。もう貴女と同じ時間は生きられない。けれど貴女には外の世界がある。ねえ、外の世界は楽しい?」
「私……」
「これでいいのよ。大丈夫、貴女は間違えなかった。私はここから貴女たちを見守っている」
アレクシーネはドローナが何を企んでいたのか、知っているような口ぶりだ。けれどドローナはカルミアと出会い、料理を知った。その結果、自分に執着しなくなったドローナを正しいと言う。
しかしドローナにとっては彼女を忘れ、見捨てたことと同じだ。
躊躇いを見せるドローナにアレクシーネは微笑み続けている。
「……あのね。外の世界には、私の知らないものがたくさんあるって、カルミアが教えてくれたの。退屈する暇、ないみたい。貴女がいない世界でも、不思議ね。私、笑っていたわ」
言葉にするとドローナの頬に涙が伝う。涙に濡れた微笑みは胸を締め付けられるようで、とても美しいものだった。
「ありがとう、カルミア。貴女のおかげで未来が変わった。貴女の未来も、この学園の未来も、きっと待ち受けるものは別の形」
「別の形……ってゲームの!? 没落は、ラクレット家も、学園は救われたんですか!?」
アレクシーネにはどこまで見えているのだろう。心当たりがありすぎるカルミアは夢中で問い質していた。
「私にはね、これまである未来が見えていた。そこに現れる貴女はとても横暴で、ある少女をよくいじめていたけれど、あれはゲームというの? そして彼――」
アレクシーネはリシャールを見つめる。
「貴方は学園を手中に収め、目的の為に手段を択ばず、人々を危険にさらそうとしていた」
カルミアは唇を噛む。知らずリシャールを守るように構えていた。
「そう怖い顔をしないで。もうその未来は見えないもの。今の私に見えるものは何もない。きっとあの未来は変わったことで消えてしまった。だから未来は誰にも分からないのよ」
力の強い魔女には未来を見通す力が宿るという。ゲームのアレクシーネにも未来が見えていたのだろう。だからこそドローナを止めてほしいと叫んでいたのだ。
油断は出来ないが、カルミアを待ち受ける未来はひとまず明るいらしい。
「カルミア、本当にありがとう。どうか健やかに。貴女にしか作れない未来を紡いでほしいわ。私はここから見ているから」
アレクシーネの微笑みが遠ざかり、身体は透けていく。
ドローナに未練はないのか、穏やかな表情で最後まで彼女の姿を目に焼き付けていた。
地上に戻るとリシャールは糸が切れたように倒れこむ。カルミアはとっさに抱きとめるが、意識を失ったままだ。
「リシャールさん!?」
「そんなに焦らなくても安静にしておけばそのうち目が覚めるんじゃない?」
のんきに言われても安心出来るはずがない。適切な処置に戸惑っていると、ちょうどレインが礼拝堂へと駆け込んできた。ゲームの知識があれば彼女にもこの場所がわかるはずだ。
「カルミア!」
走り寄ったレインはカルミアの前で膝をつく。彼女がここにいるということは、外の騒動は落ち着いたのだろうか。
そしてカルミアの腕に抱き留められたリシャールを目にするなりたちまち悲鳴を上げそうになった。
「っ、校長先生!? 私、すみませんでした!」
意識のないリシャールに向けて必死に頭を下げている。
「謝って済むことじゃありません。私、どんな罰でも受けます。こんなことをしたんです。もう学園にいる資格だってありません!」
ここで意識のないリシャールに変わって彼の意志を伝えるのはカルミアの役目だ。カルミアは優しく彼女の名を呼ぶ。
「レインさん。裁かれたいところ悪いんだけど、校長先生は貴女を許したいそうよ」
「何を言ってるの……だって、私、取り返しがつかないことをした!」
「レイン・ルティアさん」
「え?」
「リシャールさんは貴女の名前、ちゃんと知っていましたよ。優秀な魔女にはこれからも自分の生徒として学園で学んでほしいんですって。今回のことは自分の弱さだと言ったわ」
じわじわとレインの瞳に涙がたまる。
「私っ、なんてことを……」
「リシャールさんね、自分の意志でレインさんの魔法を打ち破ったんですよ」
カルミアの言葉を耳にしたレインは信じられないと眠るリシャールの見つめた。
「確かに私の薬は未熟で、効果は長持ちしないけど、それでも一週間は持つはずなのに……無理やり破るなんて、それほどの強い想いが……?」
本来ならば起り得ないことだと製作者自らが語る。けれどそれはカルミアの目の前で実際に起きたことだ。リシャールには早く目覚めてほしいほしいと願うばかりだった。
そんなカルミアの期待を裏切るようにレインは小声で呟いた。
「でもこれ、多分しばらく寝込むと思います……」
「それ大丈夫なの!?」
「だ、大丈夫、大丈夫です! 本当に、寝込むだけなんです。材料には食用の安全なものしか使っていませんから、本当です誓って! だから効果も一週間しか持たないんです!」
レインはカルミアの怒りを買うまいと必死に弁解する。
「なら、安静にしておけばいいのね?」
音が鳴るほど激しく首を振って答えていた。
「ところで学園の方はどうなったんですか? レインさんがここにいるってことは、みんなも無事?」
「カルミアが率先して動いてくれたから混乱は少なかったって、オランヌ先生とオズが話していました。怪我人も出ていないし、校舎にも大きな被害はないです。学園は臨時休校で、先生たちは事態の収束に追われていますけど……」
「そう、みんな無事で良かった」
無事で済まなかったのは現在カルミアの腕の中にいる人だろう。
カルミアの視線に気付いたレインは慌てて立ち上がる。
「私、人を呼んできます!」
「助かります」
ここにいる人物たちで運ぶのは難しい。レインの言う通り安静に寝かせるためにも人の手が必要だ。
二人きりになったところでドローナがある提案をした。
「カルミア。あとのことは私に任せなさい」
「あとのこと?」
どういう意味かと頼もしい表情を浮かべるドローナに説明を求める。
しかし数秒もしないうちにオランヌを連れたレインが戻ってきたことで訊きそびれしまった。よほど急いでくれたのだろう。二人とも息をきらしていた。
「リシャールが倒れてるって聞いたけど、どうしたの!?」
どこまで話せばいいのか、カルミアは瞬時に物語のシナリオを要求される。ところがこれにはドローナが口をはさんだ。
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