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一、夢への一歩

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 私は教師になりたかった。
 かつての人生で私が救われたように。誰かの背中を押してあげられるような、そんな教師に憧れた。

 教員試験に合格して、不況と嘆かれた時代ではあったけれど、大学卒業と同時に赴任先が決まった私は運が良い。あのまま人生が続いていたのなら、念願の教師になれていた。

 ……そう、お察しの通り。

 採用通知を手にした瞬間、かつての人生は終わりを迎えた。自分でもあっけない幕引きだったと思う。

 その後どういうわけか生まれ変わりを体験し、エリナ・フェブラリー侯爵令嬢として異世界で新たな人生を送ることになった。
 前世を思い出させたのは母からの「エリナは将来は何になりたいの?」という他愛のない質問がきっかけだったと思う。
 よほど教師になれなかったことが未練だったのか、強い後悔は魂に刻まれていたようだ。

 こうして私は生まれ変わった先でも教師を目指すことにした。そうでなければ人生に悔いなしとは言えない。きっとこの転生は、今度こそ夢を叶えろという神様の計らいに違いない。そう前向きにとらえることにした。
 しかし女性の、それも侯爵令嬢でもある私が教師を志すことはこの世界では珍しい。家族からはあらゆる心配をされてしまったが、いつか私が教師として大成することで恩を返せればという話に落ち着いた。
 だって、それでも私は夢を諦められないから。

 たとえこの世界が魔法学園を舞台にした乙女ゲームの世界でも。

 たとえ自分が悪役令嬢と呼ばれるゲームの登場人物だとしても。

 悪役令嬢だって教師になってもいいよね?
 私は主人公のことをいじめたりしない。張り合ったりしない。目の敵にしない。攻略対象との恋を邪魔したりしない。だからどうか、私のことは放っておいてください!

 そう願うばかりだった。

 時が訪れると私はシナリオ通りに魔法学園へ入学する。
 シナリオに逆らうことも考えたが、私はこの学園の教師になりたい。だとしたら実際に通うことが採用への近道だ。
 何故ならこの世界に教員免許というものは存在せず、校長の一存で採用は認められる。

 入学すれば私はシナリオには目もくれず、勉強に没頭した。どうすれば教師として採用されるか、明確な基準が定められていないのだ。とにかく勉強に励むしかないだろう。
 もちろん予定通り学園に入学しているのだから、あちこちに見知った顔はあった。

 忙しなく校舎を駆け回る姿が愛らしい少女。

 明るく、クラスの中心にいる華やかな顔立ちの青年。

 王子である事を隠さず、共に学ぼうとする青年。

 馴れ馴れしく距離を詰めてくる教師。

 ゲームではそんな彼ら活躍ばかりに注目が集まっていたが、どうやら私の実力も悪い方ではないらしい。学べば学ぶほど、私は魔法の世界にのめり込み、成績に反映されていった。
 ひたむきな努力が認められたのか、卒業が決まった頃、ついに私は学園教師の採用試験を受けられるようになった。
 実技と筆記試験を難なくクリアした私が挑むのは、最後の校長面接だ。

 あと一歩で夢が叶う!

 試験管である校長は、歴史上初めての女性の校長だ。ゲームにも登場するその姿は、私の記憶にあるものと一致している。
 年を刻んだ顔立ちは厳しそうに見えるが、優しい人である事を知っていた。すっと伸び上がる背筋にメガネは相対するとゲーム以上に緊張感漂うものだ。

「エリナ・フェブラリーさん。貴女の試験結果はどれも素晴らしいものだわ。校長として、貴女のような教師を迎えられたのなら誇らしいことでしょう」

 良い評価を得られたことを嬉しく思う。

「けどねぇ……」

 舞い上がりかけた意識が引き戻される。あまり良い雰囲気の発言ではないことは確かだ。

「わたしも貴女の実力は認めているのよ。けど、貴女には苦情が寄せられているの。それも、何件もね」

 変な声を出さなかったことも、立ち上がって椅子を倒さなかった自分も褒めてあげたい。

「私に、ですか?」

 顔色を変えずに、採用担当者との距離感を崩さずに問いかける。
 まるで心当たりがないことだ。何かの間違いに決まっている。

「貴女、今度卒業する予定のアレンと親しかったわね」

「はい」

 攻略対象の一人アレンとは、メインヒーローと悪役令嬢という間柄でありながら、良好な友人関係を築けたと思っている。
 それというのも私が真面目な学生に徹していたからだろう。優しいアレンはゲームでの私に良い顔をしていなかった。けどここでの私は主人公をいじめたりはしていない。

「アレンのお父様は王宮に仕える魔法使いなのよ。自身もこの学園の卒業生であり、わたしの教え子だったこともあったわ。彼の話では、いずれアレンに自分の後継者となってほしかったそうなの」

 ゲームでもアレンは父の後を継ぎ王宮に仕えることになる。

「アレン自身もお父様に憧れ、同じ道を進むことに異論はなかったそうよ。お父様みたいになるのだと、子どもの頃から口癖のように話していたらしいわ」

 微笑ましい親子関係だ。
 それと私の苦情となんの関係が?

「それが卒業を控えたとたん、彼は教師になりたいと口にするようになった。なんでも貴女が教師を目指す姿勢に感銘を受けたそうよ。実際アレンはわたしのところへ面接にやって来たわ。アレンとお父様は現在、大喧嘩をしている最中らしいの」

 アレン何考えてるのー!?
 でもそれ私のせいですか?

 とても反論したいのに、最終面接という緊張感のある空気が私を押し留めていた。準備不足を指摘されるかもしれないが、このような質疑応答の対策は練っていない。
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