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三、昔助けた人間が現れた!
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「姫様を放せ人間! やはり裏切るのか!?」
「姫!? 姫様ご無事ですか!」
無事だけれど心は大ダメージよ! 人間の、それも異性、男性に抱きしめられるなんて初めてなんだから!
仲間たちは今にも襲い掛かる寸前の形相をしている。それでも直接の危害を加えられたわけではないからか、律儀に私の言いつけを守ろうとしてくれた。
私の一世一代の悲鳴には、おそらくその場にいた全員が驚いたことでしょう。さすがに耳元で叫べば彼にも様子がおかしいことが伝わったようで、顔を上げてくれて何よりだ。やり場のなさにあたふたと彷徨う私の二本の腕。どこから出たのかと自分の声量に驚かされるほどのあられもない悲鳴。どう見積もっても混乱しているだろう。
「なっ、なっ! なななっ、何っ!?」
何してくれるのよ、この人はっ!! ああもうこの格好、絶対首まで真っ赤になっているのが丸見えじゃない!
胸しか隠れていないこの人魚スタイル、特に不便は感じていなかったけれど初めて仇になった。
そうして私が激しく狼狽えていると、ようやく彼が離れていく。しかし解放のためではなく、今度は私の肩を掴んで真正面から見つめ始めてきた。
ちょっとー!?
「やっと会えた」
「は!?」
「俺だ、俺だよ!」
「詐欺なの!?」
俺俺と名のってくる人は詐欺だと前世で注意喚起されていた。条件反射でツッコミたくなるのも仕方がないことだ。
「なあ俺だ、ラージェスだ!」
ああそう、ラージェス様……だから誰!? 私、この世界に人間の友達なんていないわよ!?
「あの日、嵐の海で、俺のことを助けてくれただろ! ずっと感謝していた」
それはまるで大切な思い出のように語られていく。私は薄く笑みを浮かべることで彼の視線に応え、そしてしばらくの間をいただいた。
「………………」
だらだらと汗が伝っていく。
どうしましょう。もの凄く感激してくれているみたいだし、感極まっているし、たぶん感動的な再会の場面なのでしょうけれど……まったく心当たりがないわっ!
正確には心当たりはある。それもたくさん。この場合、たくさんありすぎることが問題だ。
「俺が幼い頃、酷い嵐が船を襲った」
私が記憶をひっくり返しているうちに回想が始まった模様。正直、詳細を説明してくれるのは有り難いので大人しく聴き入ることにした。
「船は強い風に煽られ、波に翻弄され転覆する寸前だった。幼い俺には大した力もなく、あっけなく船から投げ出されてしまった。そこで溺れる俺を助け、岸まで運んでくれたのがお前だ。あの時から俺は――」
「そ、そう……そうだったのね。その後、お元気そうで何よりですわ」
仮にも交渉相手。これは相手に恩を売るチャンス。いい感じに話を合わせるべきなのでしょうけれど、ここまで純粋に感謝を示されると覚えていないことを申し訳なく感じるレベルよ。
その躊躇いが私の頬を引きつらせ、瞳に困惑を浮かべてしまった。
「わからない……いや……覚えていない?」
私の戸惑いを探り当てた彼は目に見えて落ち込んでいる。それだけなら可愛気もあるけれど、私の顔を覗きこもうとするのは止めなさい?
「俺のこと、覚えてないのか……?」
自信たっぷりに話ていた口調から一転、不安そうに訊ねられる。その悲しげな眼差しは確実に私の良心を抉っていった。
「正直に言いますわ。私が過去に助けた人間は貴方だけではないのです」
「なんだと!?」
彼が狼狽えると同時に私の背後ではうんうんと仲間たちが頷いている。
「姫様の人間救助率はトップクラスですものね」
「嵐になると自主的に見回りされていますものね」
その通り。海で助けを求める人間がいるのなら、私は迷わず救いの手を差し伸べる。
「嘘だろ……俺の他に何人も男がいるってのかよ!?」
言い方!!
「人助けだって言ってるでしょう! 誤解を招く発言は止してほしいわ! そちらこそ本当に私だと言えて? 人、人魚違いということはないのかしら」
青い鱗を持つ者は少ないとはいえ、まったく存在しないわけじゃあないもの。
「誰が間違えたりするかよ。俺を助けてくれたのはお前だ。間違いない」
私の発言は彼の中の何かを焚きつけたらしい。
そう自信満々に言われてもねえ……
私が視線で訴えていることに気付いたのか、いいかよく聞けと念を押された。
「青い人魚だった。曇り空の下でも輝きを失わない金色の髪の持ち主だ」
確認するように髪が耳に掛けられる。
「嵐すらも恐れない、強い意思を感じさせる瞳は青だ」
執拗に私の表情を覗きこんでいたのは瞳を確かめるためだったのかと理解する。
「声は優しいのの、歌声は力強いものだった」
わ、私ってば、この人に歌も披露したの!?
「何よりこの温かな手!」
「ひっ!?」
さりげなく掌を持ち上げられ、流れる様な動作で握られる。
「俺の手を握り必死に励ましてくれた。恥ずかしい話だが、心細いという俺のために歌を聴かせてくれた。ずっと、忘れることが出来なかったんだ。それと……」
彼はすっかり濡れてしまった服の懐を探った。
「これを返したかった」
懐から取り出されたのは真珠で作られた耳飾りだ。とても見覚えのあるそれは、片方を失っても諦められないほどのお気に入りで、対となるものは今も私の片耳で揺れている。
「これは私の! 昔、嵐の日に失くしてしまったのに……」
「倒れていた俺のそばに落ちていた。これを持っていればいつかまた会える気がしてさ。本当に叶った!」
彼は心底嬉しそうに語った。
「やっと言える。あの日助けてくれたこと、本当に感謝してるんだ。ありがとう」
私にとって人間を助けることは自己満足。感謝されたくてやっていることではなく、目の前で助けを求める人がいれば助けるという感覚であり、これほどまでに熱烈に感謝を告げられたことはない。そうなれば自然と湧きあがるのは羞恥だった。
「わ、私は別に、特別なことをしたつもりはないわ。目の前で困っている人がいれば助けるのは当然ですもの」
「やっぱり、優しいんだな」
彼が歯を見せて笑うと眩しいほどで。それはそれは美しく、あるいは格好良く……
「ちょ、ちょっと!」
ここへやってきた使命も忘れて見惚れてしまった自分が恥ずかしい。というか、普通に恥ずかしい状況であることを思い出した。慌てて距離を取るべく後ろへ下がるのだが、何故か彼も水音を立てながら追ってくる。人魚ではないため水の抵抗を受け、動き辛そうだ。
「ひいっ! ま、待ちなさい! こっちに来ないで――って、なんで来るのよ!?」
「待ってくれ! 頼むから、逃げないでくれ!」
「待っても頼むも私の台詞よ!? 追いかけてこないで! 待って待って、待て! それともステイ!?」
そういえば子どものころ犬を飼っていたなと、唐突に思い出した。もちろん前世での話だけれど。
岩陰に隠れ、手をかざして叫べば彼も動きを止めてくれた。というより私が動きを止めたから、でしょうね。
その隙に素早く岩陰に回り込み、岩を盾に身を守る。犬じゃあるまいし、これはなかったと後で反省もしたけれど、それくらい動揺していたのよ。そしてそうさせたのは貴方の責任です!
なんなのこの人は! 初対面の女性にいきなり抱きつくなんて! 犯罪……よね? この世界の法律は詳しく知らないけれど、そんなこと関係ないわ! いくら格好良くったって許されないんですからね!
嵐に翻弄され無人島に漂着した人間を前に、有利な交渉を持ちかけたはずだった。それなのに……突然の抱擁に、早くも取り引き相手を間違えたかもしれないと頭を悩ませる私がいた。
「姫!? 姫様ご無事ですか!」
無事だけれど心は大ダメージよ! 人間の、それも異性、男性に抱きしめられるなんて初めてなんだから!
仲間たちは今にも襲い掛かる寸前の形相をしている。それでも直接の危害を加えられたわけではないからか、律儀に私の言いつけを守ろうとしてくれた。
私の一世一代の悲鳴には、おそらくその場にいた全員が驚いたことでしょう。さすがに耳元で叫べば彼にも様子がおかしいことが伝わったようで、顔を上げてくれて何よりだ。やり場のなさにあたふたと彷徨う私の二本の腕。どこから出たのかと自分の声量に驚かされるほどのあられもない悲鳴。どう見積もっても混乱しているだろう。
「なっ、なっ! なななっ、何っ!?」
何してくれるのよ、この人はっ!! ああもうこの格好、絶対首まで真っ赤になっているのが丸見えじゃない!
胸しか隠れていないこの人魚スタイル、特に不便は感じていなかったけれど初めて仇になった。
そうして私が激しく狼狽えていると、ようやく彼が離れていく。しかし解放のためではなく、今度は私の肩を掴んで真正面から見つめ始めてきた。
ちょっとー!?
「やっと会えた」
「は!?」
「俺だ、俺だよ!」
「詐欺なの!?」
俺俺と名のってくる人は詐欺だと前世で注意喚起されていた。条件反射でツッコミたくなるのも仕方がないことだ。
「なあ俺だ、ラージェスだ!」
ああそう、ラージェス様……だから誰!? 私、この世界に人間の友達なんていないわよ!?
「あの日、嵐の海で、俺のことを助けてくれただろ! ずっと感謝していた」
それはまるで大切な思い出のように語られていく。私は薄く笑みを浮かべることで彼の視線に応え、そしてしばらくの間をいただいた。
「………………」
だらだらと汗が伝っていく。
どうしましょう。もの凄く感激してくれているみたいだし、感極まっているし、たぶん感動的な再会の場面なのでしょうけれど……まったく心当たりがないわっ!
正確には心当たりはある。それもたくさん。この場合、たくさんありすぎることが問題だ。
「俺が幼い頃、酷い嵐が船を襲った」
私が記憶をひっくり返しているうちに回想が始まった模様。正直、詳細を説明してくれるのは有り難いので大人しく聴き入ることにした。
「船は強い風に煽られ、波に翻弄され転覆する寸前だった。幼い俺には大した力もなく、あっけなく船から投げ出されてしまった。そこで溺れる俺を助け、岸まで運んでくれたのがお前だ。あの時から俺は――」
「そ、そう……そうだったのね。その後、お元気そうで何よりですわ」
仮にも交渉相手。これは相手に恩を売るチャンス。いい感じに話を合わせるべきなのでしょうけれど、ここまで純粋に感謝を示されると覚えていないことを申し訳なく感じるレベルよ。
その躊躇いが私の頬を引きつらせ、瞳に困惑を浮かべてしまった。
「わからない……いや……覚えていない?」
私の戸惑いを探り当てた彼は目に見えて落ち込んでいる。それだけなら可愛気もあるけれど、私の顔を覗きこもうとするのは止めなさい?
「俺のこと、覚えてないのか……?」
自信たっぷりに話ていた口調から一転、不安そうに訊ねられる。その悲しげな眼差しは確実に私の良心を抉っていった。
「正直に言いますわ。私が過去に助けた人間は貴方だけではないのです」
「なんだと!?」
彼が狼狽えると同時に私の背後ではうんうんと仲間たちが頷いている。
「姫様の人間救助率はトップクラスですものね」
「嵐になると自主的に見回りされていますものね」
その通り。海で助けを求める人間がいるのなら、私は迷わず救いの手を差し伸べる。
「嘘だろ……俺の他に何人も男がいるってのかよ!?」
言い方!!
「人助けだって言ってるでしょう! 誤解を招く発言は止してほしいわ! そちらこそ本当に私だと言えて? 人、人魚違いということはないのかしら」
青い鱗を持つ者は少ないとはいえ、まったく存在しないわけじゃあないもの。
「誰が間違えたりするかよ。俺を助けてくれたのはお前だ。間違いない」
私の発言は彼の中の何かを焚きつけたらしい。
そう自信満々に言われてもねえ……
私が視線で訴えていることに気付いたのか、いいかよく聞けと念を押された。
「青い人魚だった。曇り空の下でも輝きを失わない金色の髪の持ち主だ」
確認するように髪が耳に掛けられる。
「嵐すらも恐れない、強い意思を感じさせる瞳は青だ」
執拗に私の表情を覗きこんでいたのは瞳を確かめるためだったのかと理解する。
「声は優しいのの、歌声は力強いものだった」
わ、私ってば、この人に歌も披露したの!?
「何よりこの温かな手!」
「ひっ!?」
さりげなく掌を持ち上げられ、流れる様な動作で握られる。
「俺の手を握り必死に励ましてくれた。恥ずかしい話だが、心細いという俺のために歌を聴かせてくれた。ずっと、忘れることが出来なかったんだ。それと……」
彼はすっかり濡れてしまった服の懐を探った。
「これを返したかった」
懐から取り出されたのは真珠で作られた耳飾りだ。とても見覚えのあるそれは、片方を失っても諦められないほどのお気に入りで、対となるものは今も私の片耳で揺れている。
「これは私の! 昔、嵐の日に失くしてしまったのに……」
「倒れていた俺のそばに落ちていた。これを持っていればいつかまた会える気がしてさ。本当に叶った!」
彼は心底嬉しそうに語った。
「やっと言える。あの日助けてくれたこと、本当に感謝してるんだ。ありがとう」
私にとって人間を助けることは自己満足。感謝されたくてやっていることではなく、目の前で助けを求める人がいれば助けるという感覚であり、これほどまでに熱烈に感謝を告げられたことはない。そうなれば自然と湧きあがるのは羞恥だった。
「わ、私は別に、特別なことをしたつもりはないわ。目の前で困っている人がいれば助けるのは当然ですもの」
「やっぱり、優しいんだな」
彼が歯を見せて笑うと眩しいほどで。それはそれは美しく、あるいは格好良く……
「ちょ、ちょっと!」
ここへやってきた使命も忘れて見惚れてしまった自分が恥ずかしい。というか、普通に恥ずかしい状況であることを思い出した。慌てて距離を取るべく後ろへ下がるのだが、何故か彼も水音を立てながら追ってくる。人魚ではないため水の抵抗を受け、動き辛そうだ。
「ひいっ! ま、待ちなさい! こっちに来ないで――って、なんで来るのよ!?」
「待ってくれ! 頼むから、逃げないでくれ!」
「待っても頼むも私の台詞よ!? 追いかけてこないで! 待って待って、待て! それともステイ!?」
そういえば子どものころ犬を飼っていたなと、唐突に思い出した。もちろん前世での話だけれど。
岩陰に隠れ、手をかざして叫べば彼も動きを止めてくれた。というより私が動きを止めたから、でしょうね。
その隙に素早く岩陰に回り込み、岩を盾に身を守る。犬じゃあるまいし、これはなかったと後で反省もしたけれど、それくらい動揺していたのよ。そしてそうさせたのは貴方の責任です!
なんなのこの人は! 初対面の女性にいきなり抱きつくなんて! 犯罪……よね? この世界の法律は詳しく知らないけれど、そんなこと関係ないわ! いくら格好良くったって許されないんですからね!
嵐に翻弄され無人島に漂着した人間を前に、有利な交渉を持ちかけたはずだった。それなのに……突然の抱擁に、早くも取り引き相手を間違えたかもしれないと頭を悩ませる私がいた。
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