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「言ったろ、形から入る主義でな。婚約には必要だろ? 魔法で出すなんて味気ないし、形はどうあれお前と選べてよかったよ」

 そうやって嬉しそうに笑うからつられてしまう。

「……馬鹿な人」

「そう言うな」

 見上げたままの位置でオルフェは乞う。

「メレディアナ・エイメ・ローゼンティーネ・マリーシェ・エンテイラ・シャノア・エデリス・ル・ブランを愛している。俺と結婚してほしい」

「憶えて、くれたの?」

 またしても驚かされた。あの長い名前を怖ろしいほど流暢に述べてみせたのだ。

「妻になる相手の名だ。当然だろう」

 大切なもののように紡ぐ唇が愛おしく思えるなんて末期だろうかとメレは額に手を当てるが熱はない。

「二つ、メレと呼んでちょうだい。……オルフェ」

 自分ばかりが動揺させられているなんて癪だ。せめてもの反撃にと告げた言葉はそれなりに効果を発揮したのだろう。オルフェにしては珍しく少しの間が空く。

「メレ、愛してるぜ!」

 今度のものは長く永遠を誓うようなキス。だが手放しに夢中になれるほど浸っていられない。ラーシェルはそっと目を逸らしているが、見ないふりをしているだけでちゃんと見ているし。

「僕、皆に知らせないと! メレ様、カガミさん借りますね」

 ノネットもいるわけで……。

「待ちなさいノネット! 知らせるって誰に――何を!?」

「もちろんメレ様の婚約をです! エリーも喜ぶだろうなー。やったー、今夜は祝杯だ!」

「エリーも共犯!」

 驚いている間にノネットは歓喜しながら去って行く。
 それを見送ったオルフェはまたしても手を差し伸べてきた。

「さあ、俺たちも行こう」

「行く? 行くってどこへ……」

「婚約発表だ」

「仕事が早い!」

 その迅速な対応、ぜひ商会に引き抜きたいものだ。
 誰のなんて聞くだけ野暮か。もはやどうにでもなれと投げやりな思考が湧きかけていたメレの目を覚まさせるには効果絶大だった。

「重大発表があると時間を設けておいた。結婚発表でも構わないが、お前の意思を尊重しよう。呆けている暇はないぜ、お前も主役だ。母と妹も喜ぶことだろう」

「用意周到というか、自信過剰なことね。まだ条件があるの、忘れていない? そもそも断られる可能性は想像していないのかしら」

「お前は見る目がない奴じゃないだろ」

 また、自信たっぷりに告げられる。
 からかうつもりが逆にからかわれて終わってしまった。

「はっ、恥ずかしい人! わたくし、ここで逃げることもできるのよ」

「鳥籠に閉じ込めてでも連れて行くことになるが、そうならずに済んで良かった」

「鳥籠なんて簡単に破壊出来るわ」

「だろうな」

 物騒な発言に物騒な回答をして同時に笑う。

「最後の一つだけれど! ……わたくしを虜にさせてごらんなさい。貴方なしでは生きていけないほど深く、永久に、……愛させて」

「へえ」

 一世一代の決意で告げたというのにオルフェの反応はそっけなく、提案しておきながら恥ずかしくなった。こんなことを口にしたのは生まれて初めてなのだ。

「ま、まあ、それが叶ったら……結婚してあげてもいいわ。勝つ自信、あるかしら?」

(本当にどうしてこうなったのかしら……)

 魔法のランプを作った結果、婚約が決まった。

 真相はノネットの口から聞かされたとはいえ、世話になった人たちに何と説明すれば――いや、既にノネット経由で認知されている可能性もある。
 こんなことのためにランプを作ったわけではなく、製作者として項垂れてしまうのも仕方がないこと。結末に胆しているわけではないが、最後まで一人踊らされるのは癪だった。だからせめてこれくらいはと、小さな意趣返し。

 さあ、オルフェはどう出る?

「一つ訂正しておこう」

 あれだけ自信過剰に挑みながら、さっそく誓いを放棄するつもりかとメレは眉を潜めた。

「ランプ争奪戦は俺が勝者のようだ。最後に全ての白薔薇を手に入れるのは、この俺だろ!」

 違った。さらなる自信過剰発言だった。見せつけるようにメレの髪を掬い口付ける。それは雪のように、あるいは白薔薇のように美しい。

 エイベラが婚約発表に沸くまであと少しだ。


 いずれ執り行われるイヴァン家の結婚式は招待客もさることながら、演出に至るまでそれは盛大なものになるだろう。なにせ魔女とランプの精が揃っているのだから。

 神に永遠の愛を誓う必要はない。もっと万能な人物が傍で見守っている。
 ならば彼に誓おうというのは自然な流れだった。そもそも自称キューピッドである。

 ランプに誓って――

 そんな不思議な文句が二人の結婚式を境に夫婦円満の秘訣として流行ることになる。それは遠くない未来の話だ。

 その時は改めて訂正しよう。魔法のランプを作った結果、結婚が決まったと。
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