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「それと勝負の結果だが、二勝一敗でお前の勝ちが決まったぜ」

「わたくしが、勝った?」

 一戦目はオルフェが、二戦目はメレが勝利した。だとしたら残る一戦でメレが勝利したということになる。

「たくさんもらっただろ? ラーシェルに数えさせたが、水面に浮かぶ花も合わせて俺に勝利してみせた。完敗だ」

 これは夢? それとも嘘? あれほど固執していた勝負のはずが、喜ぶ暇もないなんて!

「なあ、俺たちが組めば無敵じゃないか? この先俺一人でできないことも、お前一人でできないこともあるだろう。だが二人なら乗り越えられると確信した。だから俺と生きてくれないか」

「わたくし……」

「お前の大切なものも俺が守る。お前が必要なんだ」

(嬉しくない、わけがない)

 それはメレにとって幾千の愛の言葉より重い。
 どう答えればいい? どうすれば見合う言葉を返せる?

 悩むメレを救ったのは控えめな主張である。

「あの……僕、いるんだけど、これ、どうしたら?」

 ドアの隙間からキースが顔を覗かせていた。

「え、どうしてキースが、――ってあのキースが外出しているですって!?」

 メレが激しく動揺すればノネットが申し訳なさそうに告げた。

「それはその、キース様も一応メレ様を幸せにし隊のメンバーですから」

「え?」

 条件反射のように鋭い視線を向ける。もはや誰が敵かわからない。

「ち、違うよ、メレディアナ! 俺、計画なんて知らない! ここへ来れば、幸せになるメレディアナが見られるって……だから来た」

「メレ様、本当なんです! キース様はメンバーですが何も知りません。この方に罪はないんです! 事前に計画を洩らせば情報漏えいが危惧されたので、最後まで黙っていた僕の責任なんです」

 確かにキースは嘘や隠し事は苦手だ。賢明な判断と褒められなくもない。自分が当事者でなければの話ではあるが。

 メレは急いでキースに駆け寄った。

「キース、その……。わたくし何を言えば……、たくさん振りまわしてごめんなさい。まさかこんなことになっていたなんて!」

「いいよ。君も振りまわされたんだろ? 貴重なメレディアナ、見れた。君の役に立てたなら、俺は嬉しい」

 キースにしては珍しく前向きな発言である。多分明日は雨だ。祭りが晴れのうちに終えて良かった。いざとなれば天気など魔法でどうとでもなるけれど。

「伯爵、ちょっと……顔貸して」

 キースはゆるく手招きする。珍しく自発的な行動だとメレはまたも驚かされた。何が変わったのだろうと考えて、真っ先に彼が手招きしている存在が思い浮かんだ。

「どうした?」

「伯爵。メレディアナ、好き?」

 まるでいつかの問いと逆だ。オルフェもいつかと同じように迷いなく答えた。

「愛してるぜ」

 恥ずかしいことを平然と言わないでほしい。だが反論できる雰囲気ではなかった。それだけキースの瞳は真剣さを帯びている。

「そう……。よかった、安心。でも、友達不幸にしたら許さないから。呪いの儀式、得意だよ」

 不健康そうな赤い瞳が妖しく光り、紛れもない魔の気配を帯びている。にっと弧を描いた唇から覗く鋭い牙は、彼が吸血鬼であることを実感させた。

「肝に銘じるよ」

 それを聞いたキースは良かったと力が抜けたようにもたれかかる。

「メレディアナ、良かったね」

 既に本人の了承を無視した結婚前提の発言であった。

「……キース。わたくし言いたいことがあり過ぎて、なにを言えばいいのか、今とても混乱しているの。でも、そうね……ここは、『ありがとう』というべき場面なのよね。きっと」

 嬉しそうにキースは頷いた。

「ありがとう。わたくし友人に恵まれたのね。……あなたは健康にね」

 キースは無言だった。そこは返事をしてほしい。

「幸せにね。俺の、初めての……友達」

 感動的な発言もまずは返事をしてからにしてほしい。生き倒れず自宅まで帰れるだろうか。後で確認しておこう。

「キース様、ご立派でした!」

 涙ぐむノネット。

「これにてめでたしハッピーエンド、でしょうか? 何よりです」

 エセルを役人に引き渡し終え、入れ替わりのように帰って来たばかりのラーシェルが祝福を告げる。

「ラーシェルにも苦労をかけたな。感謝する」

「勿体ないお言葉です。私は無事、お二人の仲を取り持てたのですね。ということは……。ある時はランプの精、ある時はイヴァン家当主の秘書にして給仕、またある時は恋のキューピッド。作られて日が浅いというのに忙しいものです」

 もういっそ職人にでもなればいいとメレは投げやりだった。
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