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「メレディアナ様って……潔癖でいらっしゃる? 見かけのわりに純粋なのですね。結婚に愛は不要でしょう。地位と身分があればそれでいい。愛はわたくしを着飾ってはくれませんもの」

「でも彼は!」

(貴女を愛そうとしていた!)

 伝えてもいいのだろうか。はたして伝わるのだろうか。

「わたくし贅沢していたいの。綺麗な宝石も、ドレスも、美しい物に囲まれていたい。彼と結婚したら侯爵夫人になれるのよ。ああ、なんて素敵な肩書かしら!」

「そんな……」

 夢を見るように語るレーラ。けれど彼女が語るのは身分との結婚だ。こんな人がオルフェの婚約者だった。その事実が――悔しい。

「貴女も貴族の出身ですし同じかと思ったけれど、違うみたいね。残念だわ。庶民に混じって祭りを楽しむなんて、オルフェと同じ」

 まるで違う存在だとレーラが吐き捨てる。

(それの何がいけないというの?)

 立場が違う者が同じ目線で楽しめる。たとえそこにいるのが魔女だろうと、噴水に落ちるような失態を犯そうと笑って受け入れてくれるのだ。

(それがいけないこと?)

 つくづくレーラとは話が合わないと思わされた。そんな声も次第に遠ざかっていく。



 酷い味だ。
 それに見合った酷い人。
 いっそ口に出して言ってやれば良かった。

 オルフェの良いところを知りもしないで切り捨てるなんて、自分だったらそんなことはしないのに。彼の良いところならもう、たくさん知っている――

 でも、そんな考えは無意味だ。
 今日が終われば二度と顔を合わせることのない関係へと戻る。

 でも、今日って――

 今日?

 今日はいつ終わったの? 

 どうして、暗い……


「あら、もうお目覚めなの?」

 甲高い声に思い当たるのは一人だけ。この声で目が覚めるとは夢見の悪さも重なって気分が悪くなる。ソファーに倒れていたせいで体も凝り固まっていた。

「たくさん入れたのにおかしいわね。不良品なのかしら、効きが甘すぎるわ」

 そう思っていればいい。メレは薬には強い体質だ。そもそも分量というか……酷い味だった。あれはお前が入れたのかと非難めいた視線を送る。社交辞令で飲み干すのにどれだけ苦労したことか。こんなことなら正直に言ってやればよかった。

「薬まで使って何が目的?」

「貴女が姿を消したらオルフェが困るだろうって。上手くいったらエセルが宝石を買ってくれるの! だからわたくし頑張ったのよ」

 人に薬を盛っておきながらレーラは無邪気な子供のようだ。楽しみだと、しきりに手を合わせてはしゃぐ姿に共感するのは難しかった。

「真っ赤なルビーの首飾りも、空のように蒼いサファイアのイヤリングも、夜空を閉じ込めたようなパールのブローチも全部! そうよね、エセル?」

 背後の扉を開けたのはエセルだった。

「エセル、もういいわ。個人的にお話してみたかったけど、この方つまらないわよ。貴方、こんなのが欲しいの?」

「そう言ってやるなよ。彼女が可哀想だろう? 彼女は最高さ」

 不満げな顔をしたレーラのためにエセルは「もちろん君の次にね」とつけ足している。

「もう、しかたのない人ね。でも正妻はわたくしの約束よ?」

「もちろんだよ」

 勝ち誇ったように高笑いするレーラに何がおかしいのか問い正したくなる。彼女も利用されているだけではないのか。

「随分とわたくしを追いまわしてくれたようね。ご用件があるのなら手短にお願いしたいわ」

 メレは毅然とエセルの前に立ってみせた。

「随分と嫌われてしまったようですね」

「わたくし忙しいのよ」

「どうせオルフェの差し金だろ。なら単刀直入に言わせてもらうが、僕の妻になるといい」

 実に明快な要求だ。口調には丁寧さがなくなりこれが彼の本質だと感じさせる。

「隣にいる方、貴方の婚約者ではなくて?」

 耳を疑う発言に視線を移すがレーラは動揺もしていない。

「確かに正妻は彼女の約束だが、別に一人でなくとも構わない」

「わたくしに妾になれと言うのかしら」

 侮辱もいいところだ。

「言葉が気に入らなければ契約と呼んでもいい」

「契約?」

「侯爵家との繋がりは君にとっても有り難い話だろ? それに君は美しい。伯爵家の出身で大商会のオーナー、僕にとっても利益がある。完璧だ!」

 まるで物のように扱ってくれる。

「オルフェは君を気に入っているようだが、あいつには勿体ないよ。イヴァン家はじきに没落する。その時君が巻き込まれては可哀想だと思ってね」

「何をするつもりかしら?」
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