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ノネットがいるということは、ここにもう一人いるはずだ。
あろうことかどこかで見たようなシルエットは、カップ片手にティータイム中だった。
「余裕じゃないの……」
あまりの寛ぎぶりに恐れ入る。ざっとオルフェの姿を確認したところ、胸ポケットに三本、腰にコサージュのようにして五本ほど束ねていのが見られた。
(意外と少ない? ――て、何よあれ!)
背後の籠にたんまりと薔薇が詰まっていることに気付く。時間にして昼を過ぎたところなのに、どうしたら花山が形成されるのか。
「オルフェ坊ちゃんたら、今年もしっかり満喫されているのね」
「本当、あの楽しそうな顔ったら。貴族様なのに気取ったところがなくて、親しみやすいなんて珍しい方だよねえ」
「そうそう! あたしの店、花探しのイベントをやっていたんだけど、あっという間に攻略されてしまったわ」
「見てた! 年々スピードが上がって上達されていない? 先々代や、先代もだけれど、イヴァン家の方々ってお祭り好きよね。寄付までしてくれるし嬉しいことだわ」
「あれ何本あるんだ? 今年も優勝は決まりかね。連覇を止めろーなんて街の連中も気合い入れてたけど難しいか。阻止出来たら、よほどの大物だわ」
雑踏の中にいるはずが周囲から音が消えていた。
時間は昼を回ったところ、太陽ならまだ空で輝いている。周囲はオルフェに夢中で気付いていないだけだ。メレの籠にも多くの薔薇が収まっており、彼を止められる唯一の可能性がここにいることを。だから諦めてはいけない。
オルフェは不意に薔薇を手に取った。それを顔の前で見せつけるように掲げると視線は遠くへ投げかける。その仕草に女性陣からは黄色い悲鳴が上がった。「オルフェ様の視線は私に向けられたものよ!」なんて争いが起こるほど色香があるのに視線を受け取った張本人は至極不機嫌である。
「よくも、よくもまあ!」
挑発に違いない。メレは踵を返し次のイベントを目指した。
勝てるものなら勝ってみろ? 越えられるものなら越えてみろ?
「良い度胸ねえ」
細められた蒼い瞳に向けて、今に見ていろとメレは対抗心を燃やす。
場所を移せば噴水のある広場ではフィリアから聞いたダンスが催されていた。
それはワルツのように格式あるものではない。演奏にしたってオーケストラとは程遠く、弦の少ない無名の楽器に横笛や打楽器、アコーディオンなど編成はめちゃくちゃだ。時折ベルを鳴らす人間もいる。
明確な楽譜は存在しないのだろう。好き勝手自由に奏でているように見えた。
唯一統一感があるとすれば音楽隊が頭に乗せている帽子に飾った白薔薇くらいかもしれない。耳の肥えた貴族にとっては聞き苦しい物となるだろう。
けれどメレはこの陽気さが気に入っていた。一見するとめちゃくちゃのように感じる音楽もステップにハマっていて踊りやすいのだ。
陽気な楽団たちが音楽を奏で、人が入れ替わりながらステップを踏むのでダンスが途切れることはない。
手を叩いてステップを踏んで、また手を叩いてターン。
優雅でもなければ形式を重んじる必要もない。パートナーも代わる代わる。あるいは一人で踊ろうとも構わない。
開放感に任せてみな好き好きに踊り明かすのだが――
「ひいっ!」
華麗にステップを決めていたはずのメレは、目の前の光景に盛大に震える。
たとえ音楽に紛れたせいで変な目で見られることはないにしても羞恥は湧くものだ。予想外な事態に見舞われた時、人はものすごい声を上げるらしい。
オルフェが目の前にいるなんて想像もしてなかったのだ。
「な、何故わたくしの目の前に!?」
かろうじてステップを踏みながら問い詰める。
「踊ってたら自然とこうなった。そう目くじら立てるな、楽しめよ」
メレは手を叩く。
「言われるまでもなく楽しんでいるわ」
ステップを踏んで回って、はい次の人――とはいかなかった。
「この手は何」
「もう少し付き合えよ」
腕を掴んで引き戻され再びオルフェと踊ることになってしまう。すると方々から残念そうな声が上がっていた。
「ああっ、次は私がと思っていたのに!」
なるほど彼女たちから逃げたかったのか。
「そうね。わたくしなら貴方にうっとりすることもないし?」
「少しくらいは見惚れたらどうだ」
「ご冗談。なら、貴方はわたくしに見惚れてくれるのかしら?」
「ああ」
「なっ――!」
どうして簡単に認めてしまうの?
しかも目を細めて眩しそうに言うなんて狡い。どうせいつもの軽口の続きに決まっている。わかりきっているのに、体温が上昇したような心地を覚えている。そんな錯覚さえ起こってしまうほど、動揺していた。
あろうことかどこかで見たようなシルエットは、カップ片手にティータイム中だった。
「余裕じゃないの……」
あまりの寛ぎぶりに恐れ入る。ざっとオルフェの姿を確認したところ、胸ポケットに三本、腰にコサージュのようにして五本ほど束ねていのが見られた。
(意外と少ない? ――て、何よあれ!)
背後の籠にたんまりと薔薇が詰まっていることに気付く。時間にして昼を過ぎたところなのに、どうしたら花山が形成されるのか。
「オルフェ坊ちゃんたら、今年もしっかり満喫されているのね」
「本当、あの楽しそうな顔ったら。貴族様なのに気取ったところがなくて、親しみやすいなんて珍しい方だよねえ」
「そうそう! あたしの店、花探しのイベントをやっていたんだけど、あっという間に攻略されてしまったわ」
「見てた! 年々スピードが上がって上達されていない? 先々代や、先代もだけれど、イヴァン家の方々ってお祭り好きよね。寄付までしてくれるし嬉しいことだわ」
「あれ何本あるんだ? 今年も優勝は決まりかね。連覇を止めろーなんて街の連中も気合い入れてたけど難しいか。阻止出来たら、よほどの大物だわ」
雑踏の中にいるはずが周囲から音が消えていた。
時間は昼を回ったところ、太陽ならまだ空で輝いている。周囲はオルフェに夢中で気付いていないだけだ。メレの籠にも多くの薔薇が収まっており、彼を止められる唯一の可能性がここにいることを。だから諦めてはいけない。
オルフェは不意に薔薇を手に取った。それを顔の前で見せつけるように掲げると視線は遠くへ投げかける。その仕草に女性陣からは黄色い悲鳴が上がった。「オルフェ様の視線は私に向けられたものよ!」なんて争いが起こるほど色香があるのに視線を受け取った張本人は至極不機嫌である。
「よくも、よくもまあ!」
挑発に違いない。メレは踵を返し次のイベントを目指した。
勝てるものなら勝ってみろ? 越えられるものなら越えてみろ?
「良い度胸ねえ」
細められた蒼い瞳に向けて、今に見ていろとメレは対抗心を燃やす。
場所を移せば噴水のある広場ではフィリアから聞いたダンスが催されていた。
それはワルツのように格式あるものではない。演奏にしたってオーケストラとは程遠く、弦の少ない無名の楽器に横笛や打楽器、アコーディオンなど編成はめちゃくちゃだ。時折ベルを鳴らす人間もいる。
明確な楽譜は存在しないのだろう。好き勝手自由に奏でているように見えた。
唯一統一感があるとすれば音楽隊が頭に乗せている帽子に飾った白薔薇くらいかもしれない。耳の肥えた貴族にとっては聞き苦しい物となるだろう。
けれどメレはこの陽気さが気に入っていた。一見するとめちゃくちゃのように感じる音楽もステップにハマっていて踊りやすいのだ。
陽気な楽団たちが音楽を奏で、人が入れ替わりながらステップを踏むのでダンスが途切れることはない。
手を叩いてステップを踏んで、また手を叩いてターン。
優雅でもなければ形式を重んじる必要もない。パートナーも代わる代わる。あるいは一人で踊ろうとも構わない。
開放感に任せてみな好き好きに踊り明かすのだが――
「ひいっ!」
華麗にステップを決めていたはずのメレは、目の前の光景に盛大に震える。
たとえ音楽に紛れたせいで変な目で見られることはないにしても羞恥は湧くものだ。予想外な事態に見舞われた時、人はものすごい声を上げるらしい。
オルフェが目の前にいるなんて想像もしてなかったのだ。
「な、何故わたくしの目の前に!?」
かろうじてステップを踏みながら問い詰める。
「踊ってたら自然とこうなった。そう目くじら立てるな、楽しめよ」
メレは手を叩く。
「言われるまでもなく楽しんでいるわ」
ステップを踏んで回って、はい次の人――とはいかなかった。
「この手は何」
「もう少し付き合えよ」
腕を掴んで引き戻され再びオルフェと踊ることになってしまう。すると方々から残念そうな声が上がっていた。
「ああっ、次は私がと思っていたのに!」
なるほど彼女たちから逃げたかったのか。
「そうね。わたくしなら貴方にうっとりすることもないし?」
「少しくらいは見惚れたらどうだ」
「ご冗談。なら、貴方はわたくしに見惚れてくれるのかしら?」
「ああ」
「なっ――!」
どうして簡単に認めてしまうの?
しかも目を細めて眩しそうに言うなんて狡い。どうせいつもの軽口の続きに決まっている。わかりきっているのに、体温が上昇したような心地を覚えている。そんな錯覚さえ起こってしまうほど、動揺していた。
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