上 下
26 / 55

26、

しおりを挟む
 すると背後では彼のパートナーを狙っていた集団から悲鳴が湧き上がる。メレも別の意味で悲鳴を上げそうだった。

「冗談にしては笑えないのね。わたくしパートナーには困っていないのよ」

「え、いいよ。俺のことは忘れて。そのほうが俺も、壁と一体化して待ってるから……」

「キース?」

「あ、ごめん! つい、本音が……」

「パートナーの許しは得たぜ。いいだろ?」

 ふと、メレは思う。これは溜まった鬱憤を晴らせる好機かもしれない。

「いいわよ。お手並み拝見してさしあげる」

 大袈裟なまでに丁寧に、恭しく差し伸べられた手は新たなる挑戦状。メレはそう解釈していた。
 手を重ねればそれが戦いの合図。

(少しでも粗相があれば恥をかかせてやるんだから!)

 フロアの中心に立てば見計らったようにワルツが奏でられる。なんてタイミングが良いのだろうと楽団を見れば、傍らにはラーシェルの姿があった。彼も大忙しのようだ。

「悔しい完璧じゃないの!」

 演奏が途切れ、解放されたメレの口から飛び出たのは不満である。
 相手に不手際があれば即座に足を踏んでやろうと力強く踏みこむがリードは完璧だ。踏みつければメレが粗相をしたと解釈される。結局、鬱憤を晴らすことなど出来なかった。
 釈然としない気分のままキースの元へ戻る。

「待たせてごめんなさい」

「全然。むしろ俺のこと、永久に忘れていいのに……」

 本当に気配がなかった。壁と一体化したように気配を消していた。吸血鬼の成せる技なのか本人の技術なのか判断に困るけれど。

「友人のことを忘れるはずないでしょう。どれだけ薄情と思われているのかしら」

 キースは首を横に振る。

「メレディアナは、そんなことしない。ちゃんと、わかってる。ごめん、そういう意味じゃないんだ。……意地悪言って、ごめん」

「そう素直に謝られると、無理やり起こして棺から引っ張り出してきたわたくしが悪者に思えるから複雑なのだけれど」

「あはは……」

「否定しないわね!?」

「君、変わらないね。性格は変わったけど」

「……そうでなければ、大切なものも守れないわ」

「でも、根底にあるのは、ずっとメレディアナだ」

「ありがとう」

「どういう意味だ?」

「ひっ!」

 オルフェがあまりにも自然に割り込むため、驚いて情けない声を上げてしまった。

「なっ、どこから湧いて!?」

「酷い言われようだな。彼は気付いていたようだが」

 今度のキースは首を縦に振る。なら教えてほしかった。そんな非難の眼差しを向けてしまうのも仕方がない。

「興味深い話をしているな」

「貴方に聞かせるほど楽しい話はないの。知りたければ、ランプに命令したらいかが?」

 皮肉を告げればオルフェは笑みを消した。

「メレディアナ、一つ言っておく。俺はなんでもかんでもあいつに頼る気はない。ましてや他人の秘密を暴くなんて、人と人の間ですることだ。例外として嫌いな奴の秘密は勝手に暴かせてもらうがな」

「貴方……」

 その潔さに敬意を表して最後の一言には目を瞑っておくべきか。

「ただ性格が悪いだけではないのね」

 悔しいことに、またしても見直す理由を与えられてしまう。勝負は終わっているのに、また負けたような気分を味わわされる。だから――

「誠意に免じて一つだけ聞かせてさしあげる。わたくし昔は内気だったの」

 秘密を一つ打ち明けよう。これで相殺だ。

「失礼、聞き違えたようだ。誰が?」

「だからわたくしが! 昔はいつも俯いてばかりいたのよ。たくさんの方に師事して回るうちに自信をつけて、ようやく今のように振る舞えるようになったわ」

「メレディアナ、本当にキャラ、変わったよね。俺も見習わないと。でも……やっぱり、難しいかな」

「貴方にだって出来るわ。おかげで今日は助かったもの。あとは努力と根性が足りないだけよ」

「そうだね、でも……俺は、これでいい」

「またそうして諦めてしまうのね」

 あっさり努力を放棄する。そしてまた帰って棺桶に閉じこもるのだろう。
 いくら残念そうに呟こうとキースが反論することはない。その通りだと認めているも同然だ。ならばこれ以上、この顔触れで世間話を続ける理由もない。

「わたくし席を外させてもらうわね。せっかく参加したからには顔と名前を売って損はないもの。キース、貴方の交友関係に口を挟むつもりはないけれど、オルフェリゼ・イヴァンは敵よ。あまり個人情報を漏らさないよう注意してちょうだい」

 メレは釘をさしてからその場を離れた。とはいえオルフェとキースの組み合わせは気になるものである。余計なことを話されては困るし、キースのコミュニケーション能力にも不安を覚えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します

シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。 両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。 その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

処理中です...