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すると背後では彼のパートナーを狙っていた集団から悲鳴が湧き上がる。メレも別の意味で悲鳴を上げそうだった。
「冗談にしては笑えないのね。わたくしパートナーには困っていないのよ」
「え、いいよ。俺のことは忘れて。そのほうが俺も、壁と一体化して待ってるから……」
「キース?」
「あ、ごめん! つい、本音が……」
「パートナーの許しは得たぜ。いいだろ?」
ふと、メレは思う。これは溜まった鬱憤を晴らせる好機かもしれない。
「いいわよ。お手並み拝見してさしあげる」
大袈裟なまでに丁寧に、恭しく差し伸べられた手は新たなる挑戦状。メレはそう解釈していた。
手を重ねればそれが戦いの合図。
(少しでも粗相があれば恥をかかせてやるんだから!)
フロアの中心に立てば見計らったようにワルツが奏でられる。なんてタイミングが良いのだろうと楽団を見れば、傍らにはラーシェルの姿があった。彼も大忙しのようだ。
「悔しい完璧じゃないの!」
演奏が途切れ、解放されたメレの口から飛び出たのは不満である。
相手に不手際があれば即座に足を踏んでやろうと力強く踏みこむがリードは完璧だ。踏みつければメレが粗相をしたと解釈される。結局、鬱憤を晴らすことなど出来なかった。
釈然としない気分のままキースの元へ戻る。
「待たせてごめんなさい」
「全然。むしろ俺のこと、永久に忘れていいのに……」
本当に気配がなかった。壁と一体化したように気配を消していた。吸血鬼の成せる技なのか本人の技術なのか判断に困るけれど。
「友人のことを忘れるはずないでしょう。どれだけ薄情と思われているのかしら」
キースは首を横に振る。
「メレディアナは、そんなことしない。ちゃんと、わかってる。ごめん、そういう意味じゃないんだ。……意地悪言って、ごめん」
「そう素直に謝られると、無理やり起こして棺から引っ張り出してきたわたくしが悪者に思えるから複雑なのだけれど」
「あはは……」
「否定しないわね!?」
「君、変わらないね。性格は変わったけど」
「……そうでなければ、大切なものも守れないわ」
「でも、根底にあるのは、ずっとメレディアナだ」
「ありがとう」
「どういう意味だ?」
「ひっ!」
オルフェがあまりにも自然に割り込むため、驚いて情けない声を上げてしまった。
「なっ、どこから湧いて!?」
「酷い言われようだな。彼は気付いていたようだが」
今度のキースは首を縦に振る。なら教えてほしかった。そんな非難の眼差しを向けてしまうのも仕方がない。
「興味深い話をしているな」
「貴方に聞かせるほど楽しい話はないの。知りたければ、ランプに命令したらいかが?」
皮肉を告げればオルフェは笑みを消した。
「メレディアナ、一つ言っておく。俺はなんでもかんでもあいつに頼る気はない。ましてや他人の秘密を暴くなんて、人と人の間ですることだ。例外として嫌いな奴の秘密は勝手に暴かせてもらうがな」
「貴方……」
その潔さに敬意を表して最後の一言には目を瞑っておくべきか。
「ただ性格が悪いだけではないのね」
悔しいことに、またしても見直す理由を与えられてしまう。勝負は終わっているのに、また負けたような気分を味わわされる。だから――
「誠意に免じて一つだけ聞かせてさしあげる。わたくし昔は内気だったの」
秘密を一つ打ち明けよう。これで相殺だ。
「失礼、聞き違えたようだ。誰が?」
「だからわたくしが! 昔はいつも俯いてばかりいたのよ。たくさんの方に師事して回るうちに自信をつけて、ようやく今のように振る舞えるようになったわ」
「メレディアナ、本当にキャラ、変わったよね。俺も見習わないと。でも……やっぱり、難しいかな」
「貴方にだって出来るわ。おかげで今日は助かったもの。あとは努力と根性が足りないだけよ」
「そうだね、でも……俺は、これでいい」
「またそうして諦めてしまうのね」
あっさり努力を放棄する。そしてまた帰って棺桶に閉じこもるのだろう。
いくら残念そうに呟こうとキースが反論することはない。その通りだと認めているも同然だ。ならばこれ以上、この顔触れで世間話を続ける理由もない。
「わたくし席を外させてもらうわね。せっかく参加したからには顔と名前を売って損はないもの。キース、貴方の交友関係に口を挟むつもりはないけれど、オルフェリゼ・イヴァンは敵よ。あまり個人情報を漏らさないよう注意してちょうだい」
メレは釘をさしてからその場を離れた。とはいえオルフェとキースの組み合わせは気になるものである。余計なことを話されては困るし、キースのコミュニケーション能力にも不安を覚えていた。
「冗談にしては笑えないのね。わたくしパートナーには困っていないのよ」
「え、いいよ。俺のことは忘れて。そのほうが俺も、壁と一体化して待ってるから……」
「キース?」
「あ、ごめん! つい、本音が……」
「パートナーの許しは得たぜ。いいだろ?」
ふと、メレは思う。これは溜まった鬱憤を晴らせる好機かもしれない。
「いいわよ。お手並み拝見してさしあげる」
大袈裟なまでに丁寧に、恭しく差し伸べられた手は新たなる挑戦状。メレはそう解釈していた。
手を重ねればそれが戦いの合図。
(少しでも粗相があれば恥をかかせてやるんだから!)
フロアの中心に立てば見計らったようにワルツが奏でられる。なんてタイミングが良いのだろうと楽団を見れば、傍らにはラーシェルの姿があった。彼も大忙しのようだ。
「悔しい完璧じゃないの!」
演奏が途切れ、解放されたメレの口から飛び出たのは不満である。
相手に不手際があれば即座に足を踏んでやろうと力強く踏みこむがリードは完璧だ。踏みつければメレが粗相をしたと解釈される。結局、鬱憤を晴らすことなど出来なかった。
釈然としない気分のままキースの元へ戻る。
「待たせてごめんなさい」
「全然。むしろ俺のこと、永久に忘れていいのに……」
本当に気配がなかった。壁と一体化したように気配を消していた。吸血鬼の成せる技なのか本人の技術なのか判断に困るけれど。
「友人のことを忘れるはずないでしょう。どれだけ薄情と思われているのかしら」
キースは首を横に振る。
「メレディアナは、そんなことしない。ちゃんと、わかってる。ごめん、そういう意味じゃないんだ。……意地悪言って、ごめん」
「そう素直に謝られると、無理やり起こして棺から引っ張り出してきたわたくしが悪者に思えるから複雑なのだけれど」
「あはは……」
「否定しないわね!?」
「君、変わらないね。性格は変わったけど」
「……そうでなければ、大切なものも守れないわ」
「でも、根底にあるのは、ずっとメレディアナだ」
「ありがとう」
「どういう意味だ?」
「ひっ!」
オルフェがあまりにも自然に割り込むため、驚いて情けない声を上げてしまった。
「なっ、どこから湧いて!?」
「酷い言われようだな。彼は気付いていたようだが」
今度のキースは首を縦に振る。なら教えてほしかった。そんな非難の眼差しを向けてしまうのも仕方がない。
「興味深い話をしているな」
「貴方に聞かせるほど楽しい話はないの。知りたければ、ランプに命令したらいかが?」
皮肉を告げればオルフェは笑みを消した。
「メレディアナ、一つ言っておく。俺はなんでもかんでもあいつに頼る気はない。ましてや他人の秘密を暴くなんて、人と人の間ですることだ。例外として嫌いな奴の秘密は勝手に暴かせてもらうがな」
「貴方……」
その潔さに敬意を表して最後の一言には目を瞑っておくべきか。
「ただ性格が悪いだけではないのね」
悔しいことに、またしても見直す理由を与えられてしまう。勝負は終わっているのに、また負けたような気分を味わわされる。だから――
「誠意に免じて一つだけ聞かせてさしあげる。わたくし昔は内気だったの」
秘密を一つ打ち明けよう。これで相殺だ。
「失礼、聞き違えたようだ。誰が?」
「だからわたくしが! 昔はいつも俯いてばかりいたのよ。たくさんの方に師事して回るうちに自信をつけて、ようやく今のように振る舞えるようになったわ」
「メレディアナ、本当にキャラ、変わったよね。俺も見習わないと。でも……やっぱり、難しいかな」
「貴方にだって出来るわ。おかげで今日は助かったもの。あとは努力と根性が足りないだけよ」
「そうだね、でも……俺は、これでいい」
「またそうして諦めてしまうのね」
あっさり努力を放棄する。そしてまた帰って棺桶に閉じこもるのだろう。
いくら残念そうに呟こうとキースが反論することはない。その通りだと認めているも同然だ。ならばこれ以上、この顔触れで世間話を続ける理由もない。
「わたくし席を外させてもらうわね。せっかく参加したからには顔と名前を売って損はないもの。キース、貴方の交友関係に口を挟むつもりはないけれど、オルフェリゼ・イヴァンは敵よ。あまり個人情報を漏らさないよう注意してちょうだい」
メレは釘をさしてからその場を離れた。とはいえオルフェとキースの組み合わせは気になるものである。余計なことを話されては困るし、キースのコミュニケーション能力にも不安を覚えていた。
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