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14、第一の勝負
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翌朝メレは十時十分前にイヴァン家に到着した。
「へえ。時間に正確、どころか十分前行動とは感心だ」
「時間くらい守れて当然、お飾りで商会の代表を務めているわけじゃないの。支度ができているのなら、さっさと市場へ案内なさい」
「美しい女性をエスコートできるとは光栄だな」
差し出された手には無視を決め込み、白々しいと一瞥してオルフェと並んだ。
ちなみに本日もノネットは『日没までに戻らなければ』の命令で待機させている。
メレは率先して歩き出すが、明らかに違うリーチでは必然的にメレの方が遅れてしまうだろう。ところがオルフェはメレの歩幅に合わせて歩いていた。常ならば紳士的だと尊敬する行為ではあるが、メレにとっては憎たらしいだけである。
「良い天気だな」
「……そうね。この快晴が嵐に見えるなら色々と手遅れでしょう」
「機会を逃してしまったが、今日のドレスとても似合っている。昨日は随分と大人しい雰囲気だったが、そうしている方がお前らしいな」
「……褒めてくれたことに関しては素直に受け取ってもいいけれど、わたくしのコーディネートに口を出そうなんて余計なお世話。それから、昨日は商会の代表として出向いたのだから当然の格好よ。今日はメレディアナとして出向いているの、着たい物を着るわ」
「お前」
「だから、どうしてさっきから飽きもせずに話しかけてくるの!?」
かれこれこんな状態が延々と続き、メレは早くも後悔していた。
「目的地まで黙っていればいいでしょう。なに、口を縫い付けて欲しい? ええ、すぐに終わらせてあげますけれど!?」
「無言で歩くなんて退屈だろ。じきに着くんだ、少しくらい付き合えよ」
「ああもう、わたくしの愚か者! どうして一緒に並んで歩くような状況を許可してしまったの……」
最初から現地集合にすっればよかったのだ。
「嫌なら無視すればいいだろ。律義に答えるとはお人好しだな」
「――っ、うるさいわよ!」
その通りだと気付かされた頃、一行は市場に到着していた。
真っ直ぐに伸びる道を間に挟み商店が立ち並ぶ。一歩足を踏み入れれば焼き立てのパンの香りが食欲をそそった。
「賑わっているのね」
恋人と腕を組んで店を回ったり、子どもがお菓子を手にはしゃいでいたり。誰もがそれぞれに市場を楽しんでいる。自分もその一人になれたら、どんなに良かっただろう。
「観光名所でもあるからない。昼はもちろん夜も賑わうんだぜ」
「夜まで営業しているの?」
不覚にも話題に釣られてしまったのは営業関係なので仕方がないと目を瞑る。
「夜はランタンを灯している。これから一週間は眠らない街になるぜ」
オルフェが足を止めた店には季節の野菜やフルーツが色とりどりに並べられていた。
「おや、オルフェ坊ちゃんじゃないですか!」
「店主、邪魔するぜ」
どう解釈しても顔馴染みの関係だ。隣に立つ男は伯爵のはずだが、気さくな関係を築いているようで驚かされる。
「ぜひ見てって下さいな! 旬の採れたてストロベリー、お勧めですよ。甘さも抜群で、ほら、あっちの出店なんかではアイスにもなってるんでね」
差し出されたストロベリーは宝石のように艶やかな赤。説明の通り甘くて美味しいのだろう、メレは良い品ですねと微笑んだ。
「そっちのお嬢さんは見ない顔だがさては……坊ちゃんの良い人とみた! サービスしとくよ。せっかくだ、味見してご覧て!」
何故、満面の笑顔で片目をつぶる。
「いいえ、それは違います。ただ偶然隣にいるだけですから」
隣では同じように差し出されたはずのオルフェがしっかり味見していた。何ごともなかったように店主と談笑している姿を横目にメレは訂正を要求しようと口を開く。
「ちょっと、まっ――んっ!?」
小さな赤い粒が口の中に飛び込み、反射的に開いた唇を慌てて閉じる羽目になる。
口内に広がる風味に意識が傾き、確かに甘みが別格だと納得させられてしまった。
「美味しい……」
思わず零れた感嘆に、だがしかしちょっと待ってほしい。
先ほど自分は何をされていたのか。何故手に取ってもいない果実が口の中に……
「だろ! エイベラに来たら是非とも食べてもらいたいね。そんで、この街を気に入っておくれよ」
誇らしげに語る店主の声が遠い。ほんの少し、だが確実に唇に触れた感触。細く美しい――けれどまごうことなき自分以外の、異性の指先である。
「な、なんてことしてくれるの!」
我に返って怒鳴るもオルフェは平然としていた。
「何が?」
出会って二日の女性相手に。しかも対戦相手に手ずから果実を食べさせるという所業。これは軽率な行動だと怒鳴っても許されるだろう。許されるに決まっている。許されるはずだ!
それなのに罪深きオルフェは過剰反応を示す方が異常なのかと疑問を抱かせるほど平然としていた。
「へえ。時間に正確、どころか十分前行動とは感心だ」
「時間くらい守れて当然、お飾りで商会の代表を務めているわけじゃないの。支度ができているのなら、さっさと市場へ案内なさい」
「美しい女性をエスコートできるとは光栄だな」
差し出された手には無視を決め込み、白々しいと一瞥してオルフェと並んだ。
ちなみに本日もノネットは『日没までに戻らなければ』の命令で待機させている。
メレは率先して歩き出すが、明らかに違うリーチでは必然的にメレの方が遅れてしまうだろう。ところがオルフェはメレの歩幅に合わせて歩いていた。常ならば紳士的だと尊敬する行為ではあるが、メレにとっては憎たらしいだけである。
「良い天気だな」
「……そうね。この快晴が嵐に見えるなら色々と手遅れでしょう」
「機会を逃してしまったが、今日のドレスとても似合っている。昨日は随分と大人しい雰囲気だったが、そうしている方がお前らしいな」
「……褒めてくれたことに関しては素直に受け取ってもいいけれど、わたくしのコーディネートに口を出そうなんて余計なお世話。それから、昨日は商会の代表として出向いたのだから当然の格好よ。今日はメレディアナとして出向いているの、着たい物を着るわ」
「お前」
「だから、どうしてさっきから飽きもせずに話しかけてくるの!?」
かれこれこんな状態が延々と続き、メレは早くも後悔していた。
「目的地まで黙っていればいいでしょう。なに、口を縫い付けて欲しい? ええ、すぐに終わらせてあげますけれど!?」
「無言で歩くなんて退屈だろ。じきに着くんだ、少しくらい付き合えよ」
「ああもう、わたくしの愚か者! どうして一緒に並んで歩くような状況を許可してしまったの……」
最初から現地集合にすっればよかったのだ。
「嫌なら無視すればいいだろ。律義に答えるとはお人好しだな」
「――っ、うるさいわよ!」
その通りだと気付かされた頃、一行は市場に到着していた。
真っ直ぐに伸びる道を間に挟み商店が立ち並ぶ。一歩足を踏み入れれば焼き立てのパンの香りが食欲をそそった。
「賑わっているのね」
恋人と腕を組んで店を回ったり、子どもがお菓子を手にはしゃいでいたり。誰もがそれぞれに市場を楽しんでいる。自分もその一人になれたら、どんなに良かっただろう。
「観光名所でもあるからない。昼はもちろん夜も賑わうんだぜ」
「夜まで営業しているの?」
不覚にも話題に釣られてしまったのは営業関係なので仕方がないと目を瞑る。
「夜はランタンを灯している。これから一週間は眠らない街になるぜ」
オルフェが足を止めた店には季節の野菜やフルーツが色とりどりに並べられていた。
「おや、オルフェ坊ちゃんじゃないですか!」
「店主、邪魔するぜ」
どう解釈しても顔馴染みの関係だ。隣に立つ男は伯爵のはずだが、気さくな関係を築いているようで驚かされる。
「ぜひ見てって下さいな! 旬の採れたてストロベリー、お勧めですよ。甘さも抜群で、ほら、あっちの出店なんかではアイスにもなってるんでね」
差し出されたストロベリーは宝石のように艶やかな赤。説明の通り甘くて美味しいのだろう、メレは良い品ですねと微笑んだ。
「そっちのお嬢さんは見ない顔だがさては……坊ちゃんの良い人とみた! サービスしとくよ。せっかくだ、味見してご覧て!」
何故、満面の笑顔で片目をつぶる。
「いいえ、それは違います。ただ偶然隣にいるだけですから」
隣では同じように差し出されたはずのオルフェがしっかり味見していた。何ごともなかったように店主と談笑している姿を横目にメレは訂正を要求しようと口を開く。
「ちょっと、まっ――んっ!?」
小さな赤い粒が口の中に飛び込み、反射的に開いた唇を慌てて閉じる羽目になる。
口内に広がる風味に意識が傾き、確かに甘みが別格だと納得させられてしまった。
「美味しい……」
思わず零れた感嘆に、だがしかしちょっと待ってほしい。
先ほど自分は何をされていたのか。何故手に取ってもいない果実が口の中に……
「だろ! エイベラに来たら是非とも食べてもらいたいね。そんで、この街を気に入っておくれよ」
誇らしげに語る店主の声が遠い。ほんの少し、だが確実に唇に触れた感触。細く美しい――けれどまごうことなき自分以外の、異性の指先である。
「な、なんてことしてくれるの!」
我に返って怒鳴るもオルフェは平然としていた。
「何が?」
出会って二日の女性相手に。しかも対戦相手に手ずから果実を食べさせるという所業。これは軽率な行動だと怒鳴っても許されるだろう。許されるに決まっている。許されるはずだ!
それなのに罪深きオルフェは過剰反応を示す方が異常なのかと疑問を抱かせるほど平然としていた。
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