上 下
13 / 57
2、ハニー・ビー・カフェ

夜の街へ、出る

しおりを挟む
 退屈だと油断していたら、意外にいろんなことが起こるじゃないの。

 貴広は洗ったふきんをカウンターの端にかけた。こうして置けば朝までに乾く。

 パンパンと手を叩いて、店内を見渡す。

「これでよしっと」

 閉店と同時にエアコンを切ったので、店内はじわじわと暑くなってきた。日は暮れたが、今が一番暑い時期。北海道の短い夏だ。

 今日こそ遊びに出る。

 うまいメシも食う。

 貴広は二階で細身のパンツに履き替えた。仕事中は疲れないよう、ゆったりとしたものしか身に付けない。ベッドサイドから腕時計も取ってきた。

 もうこの歳になると、誰かと出会いたいなんて気は失せてきた。

 それよりも、自分が自分らしくいられる場所だ。

 常連さんたちがよくしてくれる、この「喫茶トラジャ」も大事な自分の居場所になった。そのために、この街へ越してきたくらいだ。

 だが、貴広にはもうひとつの顔がある。良平に見抜かれたマイノリティとしての素顔だ。

 マジョリティが基本となっている一般社会とは別に、マイノリティがその部分を安心してさらけ出せる空間。そうした場所も、ひとつふたつ持っておきたい。

 そこでたまたま一緒になるひとびとは、自分と同じ。つまりそこでは貴広たちがマジョリティなのだ。

 こんなことに多少神経質になるのは、多分、あと三、四年くらいなんだと貴広は思う。もう少し歳を取れば、誰かと出会うとかつき合うという可能性は完全に消え失せ、あとは長い長いおじいちゃんの人生が続くんだと。

 だから、まあ、まだ人生を諦めきってもいない三十二歳の貴広は、たまにはそうした居場所に顔を出したい。居心地のいい店で「客」になりたい。

 マホガニーをチョコレートのようにくり抜いた、年代物の入り口扉へカギをかけ、貴広は夜の街へ繰りだした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

昔のオトコには負けません!老朽喫茶店ふたり暮らしの甘々な日々~マイ・ビューティフル・カフェーテラス2~

松本尚生
BL
(あ、貴広?俺)は?ウチにはそんな歳食った子供はいない。 オレオレ詐欺のような一本の電話が、二人の甘い暮らしを変える?気が気でない良平。貴広は「何も心配しなくていい」と言うが――。 前編「ある夏、迷い込んできた子猫を守り通したら恋人どうしになりました~マイ・ビューティフル・カフェーテラス~」で恋人同士になったふたりの二年後です。 お楽しみいただければ幸いです。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

【完結】女装ロリィタ、職場バレしました

若目
BL
ふわふわ揺れるリボン、フリル、レース。 キラキラ輝くビジューやパール。 かぼちゃの馬車やガラスの靴、白馬の王子様に毒リンゴ、ハートの女王やトランプの兵隊。 ケーキにマカロン、アイシングクッキーにキャンディ。 蔦薔薇に囲まれたお城や猫脚の家具、花かんむりにピンクのドレス。 ロココにヴィクトリアン、アールデコ…… 身長180センチ体重80キロの伊伏光史郎は、そのたくましい見かけとは裏腹に、子どもの頃から「女の子らしくてかわいいもの」が大好きな25歳。 少女趣味が高じて、今となってはロリィタファッションにのめり込み、週末になると大好きなロリィタ服を着て出かけるのが習慣となっていた。 ある日、お気に入りのロリィタ服を着て友人と出かけていたところ、職場の同僚の小山直也と出くわし、声をかけられた。 自分とは体格も性格もまるっきり違う小山を苦手としている光史郎は困惑するが…… 小柄な陽キャ男子×大柄な女装男子のBLです

おれの大好きなイケメン幼なじみは、何故だか毎回必ず彼女にフラれてしまうんです。

そらも
BL
周囲(主に彼女)に被害をまき散らしまくる、鈍感幼なじみの恵ちゃんとりょうくんのある日のお話。 「これ、絶対、モグ、んっ迷宮入りの大事件だよねっモグモグっ」 「な~…俺チャラく見えて、結構尽くすほうだってのに…っと、まぁたほっぺにパンくずつけてんぞ。ほらっこっち向け」 「んむっ、ありがと~恵ちゃん。へへっ」 「ったく、ほんとりょうは俺がついてないとダメだなぁ♡」 「え~♡」 ……終始こんな感じの、(彼女にとって)悪魔のような二人組の惚気全開能天気会話劇であります。 今回はまさかの初めてのR-18じゃない普通のBL話です。連載ものですが短編予定ですので、多分すぐに終わります。 ぶっちゃけ言うと、ちゅうさえもしません(マジかい)最後まで鈍感です。 それでもオッケーという方は、どうぞお暇つぶしに読んでやってくださいませ♪ ※ 素敵な表紙は、pixiv小説用フリー素材にて、『やまなし』様からお借りしました。ありがとうございます!

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

魔術師の卵は憧れの騎士に告白したい

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
魔術学院に通うクーノは小さい頃助けてくれた騎士ザイハムに恋をしている。毎年バレンタインの日にチョコを渡しているものの、ザイハムは「いまだにお礼なんて律儀な子だな」としか思っていない。ザイハムの弟で重度のブラコンでもあるファルスの邪魔を躱しながら、今年は別の想いも胸にチョコを渡そうと考えるクーノだが……。 [名家の騎士×魔術師の卵 / BL]

処理中です...