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8、さようなら休憩期間
武藤華の「ありがとう」
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「いつでも、戻ってきていいからね」
盛りつけ班チーフの長谷川は、涙ながらにそう言ってくれた。
「元気でね!」
「就職先からお弁当注文して」
「誰か急遽休んだときには電話するから、手伝いに来てよね」
「いいひとと出会えるといいね」
「彼氏できたら、見せにおいで。おばちゃんたちの人生経験で判断してあげるから」
おばちゃんたちの遠慮のない励ましを聞くのも、これが最後と思うと感慨深い。
「みなさんね……。いつもいつもありがとうございます。次のひとには、そういうこと言っちゃダメですよ。冗談になりませんからね」
大した荷物も置いていなかった更衣室のロッカーを空にして、瞬は振りかえった。
「みなさん、お世話になりました」
軽口を利いていたおばちゃんたちが、しんと静かになった。
瞬はぺこりと頭を下げて、更衣室を後にした。
サブチーフの武藤が、瞬の後をついてきた。
「瞬くん、次の仕事、決まってるの?」
「いいえ、まだ。少しだけど蓄えもあるので、じっくり探してみますよ」
「そう」
出入り口の扉の前で、瞬は立ち止まった。
「華さん、今まで、ありがとうございました」
「こちらこそ。楽しかったわ。死人みたいに土気色をしたあなたが、少しずつ生気を取り戻して、生きてる人間に戻っていく過程を見ているのが。とくに骨と皮だったところに、少しずつ肉がついていくのが」
瞬は苦笑した。
「華さぁん、それはいくらなんでも、趣味悪くないすか」
武藤は笑わない目で瞬を見た。
「傷ついて逃げてきても、身体と心を休めれば、ひとはまた回復して、そのひとの人生に帰っていける。わたしも子供がいるから。わたしも妊娠と出産で一度はキャリアを諦めかけたけど、わたしも子供も、もしこれから何かあっても、少し休んで、回復したらまた戻ればいいんだって。何度でもチャレンジできるんだって」
武藤にしては珍しく長いトークだった。
そこまで一気にしゃべり、武藤は肩で大きく息をした。
「華さん……」
「瞬くんは、それを教えてくれた。いいえ、そんなこと、誰でも知ってはいるのよ。実際にそれを目撃する機会がないから、信じられないだけなのよ」
武藤は首を傾げて、「ありがとう。わたしにそれを見せてくれて」と笑った。瞳に涙がにじんでいた。
瞬はそれを素直に「キレイだ」と思った。
「……なんか、よく分かんないすけど。お役に立ったならよかったです」
武藤は右手を差しだした。
「『優しい姉さんがいたらいいな』と思うときには、いつでも連絡して」
瞬はその手を握りかえした。
「はい。そうします。お元気で」
通りを渡り、瞬は振りかえって手を振った。
武藤は黙って手を振ってくれていた。
盛りつけ班チーフの長谷川は、涙ながらにそう言ってくれた。
「元気でね!」
「就職先からお弁当注文して」
「誰か急遽休んだときには電話するから、手伝いに来てよね」
「いいひとと出会えるといいね」
「彼氏できたら、見せにおいで。おばちゃんたちの人生経験で判断してあげるから」
おばちゃんたちの遠慮のない励ましを聞くのも、これが最後と思うと感慨深い。
「みなさんね……。いつもいつもありがとうございます。次のひとには、そういうこと言っちゃダメですよ。冗談になりませんからね」
大した荷物も置いていなかった更衣室のロッカーを空にして、瞬は振りかえった。
「みなさん、お世話になりました」
軽口を利いていたおばちゃんたちが、しんと静かになった。
瞬はぺこりと頭を下げて、更衣室を後にした。
サブチーフの武藤が、瞬の後をついてきた。
「瞬くん、次の仕事、決まってるの?」
「いいえ、まだ。少しだけど蓄えもあるので、じっくり探してみますよ」
「そう」
出入り口の扉の前で、瞬は立ち止まった。
「華さん、今まで、ありがとうございました」
「こちらこそ。楽しかったわ。死人みたいに土気色をしたあなたが、少しずつ生気を取り戻して、生きてる人間に戻っていく過程を見ているのが。とくに骨と皮だったところに、少しずつ肉がついていくのが」
瞬は苦笑した。
「華さぁん、それはいくらなんでも、趣味悪くないすか」
武藤は笑わない目で瞬を見た。
「傷ついて逃げてきても、身体と心を休めれば、ひとはまた回復して、そのひとの人生に帰っていける。わたしも子供がいるから。わたしも妊娠と出産で一度はキャリアを諦めかけたけど、わたしも子供も、もしこれから何かあっても、少し休んで、回復したらまた戻ればいいんだって。何度でもチャレンジできるんだって」
武藤にしては珍しく長いトークだった。
そこまで一気にしゃべり、武藤は肩で大きく息をした。
「華さん……」
「瞬くんは、それを教えてくれた。いいえ、そんなこと、誰でも知ってはいるのよ。実際にそれを目撃する機会がないから、信じられないだけなのよ」
武藤は首を傾げて、「ありがとう。わたしにそれを見せてくれて」と笑った。瞳に涙がにじんでいた。
瞬はそれを素直に「キレイだ」と思った。
「……なんか、よく分かんないすけど。お役に立ったならよかったです」
武藤は右手を差しだした。
「『優しい姉さんがいたらいいな』と思うときには、いつでも連絡して」
瞬はその手を握りかえした。
「はい。そうします。お元気で」
通りを渡り、瞬は振りかえって手を振った。
武藤は黙って手を振ってくれていた。
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