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6、味覚の戻る日

ふたたびの「肉じゃが」、そして四ヶ月ぶりの、米の飯

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 夕食は、伸幸のリクエストで和食。

 米のメシに合う肉じゃががご所望だった。

 初めて伸幸が転がりこんできた日に作った献立。

 あのときより調味料がそろっているから、うまく作れる。

 つけあわせにはさっぱりとワカメとキュウリの酢のものを用意する。出汁を加えて、三杯酢は一度煮かえすと、とげとげしい酸味が飛んでまろやかになる。

 ついでに、冷蔵庫に残っていた小松菜と揚げをみそ汁にする。

 箸休めに、ナスを軽く漬けておいた。

 まあ、どちらにしても、煮かえした三杯酢が冷めるのを待ちながら、芋に火が通るまでぐつぐつ煮込むだけで、後は大した手間でもない。

 瞬は切れ味のよくないアルミの包丁で、手早くそれぞれの工程をやっつけた。

「手伝えることあるか?」

 伸幸が後ろから、瞬の肩に顎を載せてくる。

「ん。とくにないよ」

 瞬は自分の顔のすぐ横にあった伸幸の頬にチュッとキスをして、伸幸を追い払った。

「あ。皿出しておいて」

 伸幸は大人しく瞬から離れ、嬉しそうに「これでいい?」と出した皿を瞬に見せた。

「ああ、うん。それそれ。俺が呼んだら持ってきてね」

「はーい」

 伸幸はテーブルで、何か本を読みながら、瞬の作業が終わるのを待っている。

 夏の陽は長く、外はまだ明るい。

 今日はふたりで午前のうちに買い出しに出かけ、昼食は買ってきたパンで軽く済ませ、午後は手分けして掃除をした。狭いワンルームの掃除はひとりでやってもすぐ終わるが、伸幸がいてくれるので水回りを頼めてラクだった。

「上がったよー」

 瞬は湯気の立つ肉じゃがをテーブルに運んだ。

「じゃ、俺みそ汁よそうわ」

「あ、うん。ありがと。頼むわ」

 瞬がその他の皿をテーブルに運ぶ間、伸幸が椀に汁をよそう。

「保温は切ってたから、もうそんなに匂わないと思うんだけど……」

 伸幸が遠慮しいしい、自分のために茶碗によそった白米を持ってきた。

「いただきまーす」

 瞬は自分の作った料理に箸をつけた。

「…………」

「どうした? 瞬」

「……おいしい、かも」

 瞬は肉のうまみをよく吸ってほかほかしているジャガイモを味わった。ほのかに出汁の鰹節の香りがする。

 中火で炊いて、煮汁を飛ばすと、具材に味がよくしみる。百ぺんも二百ぺんもなぞった、ルーティンの作業だったが。

(それは、こういうことだったんだな……)

 昔、ちゃんと仕事をして、味見もできていた頃には、理解していただろうか。

 味覚があることが当たり前すぎて、「味わい」とは何なのか、本当には分かっていなかったかもしれない。

 瞬は数ヶ月ぶりの「味」に、しばらく無言で口を動かした。

「……瞬?」

 気づくと、伸幸がそんな瞬をのぞき込んでいた。

「伸幸さん、……味がする」

「瞬?」

「どれもうまいや。伸幸さんの言ってた通りだ。俺、料理、うまかったんだねえ」

 照れくさくなって、瞬は少し笑った。

 うまいのは当たり前だった。これが仕事だったのだ。

 十八の歳から、ずっと調理場で働いてきた。

 前の仕事を辞めた四ヶ月前まで。

「……瞬、これも少し、食べてみる?」

 伸幸は白米をほんの少し、小皿に盛ってきた。

「ええ? いいよー」

「いいから。イヤだったら出してもいいから。ちょっとだけ」

 瞬は鼻先に突きだされた小皿を、恐る恐る受けとった。

 注意深く、そのニオイをかいでみた。

 そんなにイヤな気はしない。

 瞬は箸の先で、白く光る米粒をほんの少しつまんで、口へ入れた。

 知っている、甘みだった。

 瞬がそれをこくりと飲みこむのを、伸幸はじっと見守っていた。

 伸幸が心配そうに見守ってくれてるのが何だか嬉しい。

 瞬はちょっと笑って、もうひと口、今度は普通のひと口分を食べてみた。

(大丈夫……大丈夫だ)

 もぐもぐと咀嚼して、瞬はそれを飲みこんだ。

「伸幸さん……」

 伸幸は箸を置き、大きな手で瞬の頭を撫でた。

「食べられたな。うまかったか?」

 瞬は何度もうなずいた。

「うん……うん。うまいよ。俺、食えたよ、米のメシ。四ヶ月ぶりにのどを通った」

 小さなテーブルをはさみ、ふたりの身体は抱きあいそうに近づいていた。

 瞬はまた少し照れくさくなって、身体を離した。

「伸幸さんの、おかげ、だな」

 向かいでは、伸幸がにこにこと笑って瞬を見ていた。
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