上 下
5 / 58
1、ある日バイト終わりに熊男が現れた!

作ったものを、誰かが喜んで食べてくれる、感覚

しおりを挟む
 熊男はその名を伸幸と言った。

 行くあてもなければ金もない、最悪な男だった。

「現金がないだけです。預金はありますから、ホレこのとおり」

 伸幸は銀行のキャッシュカードをひらひらさせた。瞬は唇をとがらせた。

「『このとおり』っつったってさあ。通帳じゃないんだから。口座にいくら入ってるか、カードじゃ全然見えないじゃん」

「いっぱい入ってますよ~。ご安心ください」

「だぁかぁら!」

 食事が済んで、伸幸には自分の着てきた服を洗濯させた。

 伸幸は慣れているのか、風呂場で手洗いして泥汚れを落とした。部屋に落とした泥も掃除させた。

 家事はできる男のようだ。

「俺のことは『瞬』でいいよ」

 伸幸は瞬の作った料理を泣くほど喜んでくれた。

 自分の作ったものを誰かが食べる。食べた誰かは喜んでくれる。

 しばらくぶりの感覚だった。

「じゃあ、瞬くん、みそを買いに行きましょう。ほかに何かあった方がいいものがあれば、それも」

「えー、メンドくさ」

「ボクが買いますから。宿代の代わりです」

 伸幸は瞬の背中を押して玄関から外へ連れだした。

「あー、はいはい。アンタの食う分ね。そんで始末するのは俺なんだから、むしろ俺が手間賃もらわなきゃ合わないんじゃない?」

 カギを回しながら瞬がそう言うと、伸幸は瞬をのぞき込んだ。

「夕飯の材料は、瞬くんの食べたいものを選びましょうよ。何が食べたいですか? 何でも買ってあげますよ」

 伸幸は一七五センチの瞬よりも少しだけ背が高い。体重は筋肉の重みで十キロ以上多そうだ。

 瞬はくるりと身をかわして歩きだした。

「俺、今日は固形物はもういいや」

「は?」

 伸幸は瞬の後ろをついてきた。

「腹減らないんだよね。食いたいものも別にないの」

「じゃあ普段何食べてるんですか?」

「んー、ゼリー飲料とか、まあ、パンとか? たまにプロテイン飲んだり」

「何ですか、その食生活!」

 伸幸は目を丸くして驚いていた。

 近所のスーパーに着くと、伸幸は真っ先にATMへ向かい、万券をガサッと下ろしてきた。

(『預金はある』っつってたのは、嘘じゃなかったんだ)

 何でも買うとハリキられても、瞬に食べたいものはない。

 だが、大根もじゃが芋もまだ残ってるし、調理したイカも一度では食べきれなかった。

 伸幸には責任もって、自分の持ってきた食材を片づけてもらわなければならないが、昼の残りでは一食には足りない。

 だから、成人男性の一食分を用意しなければならないから。

 片づけを進めるためだから……。

「瞬くん、お肉食べられます? 残ったじゃが芋、肉じゃがにするのはどうです?」

「あー、いいんじゃない? 伸幸さん肉じゃがは牛派? 豚派?」

「俺、こだわりはないんですよね。どっちもそれぞれ美味いので」

 瞬は肉の並んだ冷蔵ショーケースを見て回った。

「そういうひとは助かるね。食べるときに文句言わなそうで」

 牛肉のトレイを二、三見て、瞬はそれらを棚に戻した。

「後から文句つけんなら、オーダー時に言っとけっつーの。お互いスムーズに物ごとが運んでいいじゃん、その方がさ」

 豚バラの赤身が多いものを選んで、瞬は伸幸の持ったカゴに放りこんだ。

 臭いの少ない豚なら、もしかして少しは食べられるかもしれない。

 そう。今日の昼、三品を少しずつ食べられたように。

 みそと、酒と、茶葉とポットとマグカップ。

 気づくと伸幸が楽しそうに選んでカゴに入れていた。

(ヘンなおっさんだな)

 軽々とカゴを運ぶ伸幸。風呂に入って身ぎれいにすると、熊っぽさは消えていた。

 まあまあそこそこ、筋肉のついた、均整の取れた身体つき。顔立ちは、外でこうして見ると、ほりが深くてモテそうだ。

 スーツを着て映えるのは、きっとこんな男なのだろう。

 二十七の瞬に「おっさん」呼ばわりされるほどの歳では、ないかもしれない。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

楽な片恋

藍川 東
BL
 蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。  ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。  それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……  早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。  ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。  平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。  高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。  優一朗のひとことさえなければ…………

闇を照らす愛

モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。 与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。 どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。 抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。

【幼馴染DK】至って、普通。

りつ
BL
天才型×平凡くん。「別れよっか、僕達」――才能溢れる幼馴染みに、平凡な自分では釣り合わない。そう思って別れを切り出したのだけれど……?ハッピーバカップルラブコメ短編です。

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

拝啓お父様。私は野良魔王を拾いました。ちゃんとお世話するので飼ってよいでしょうか?

ミクリ21
BL
ある日、ルーゼンは野良魔王を拾った。 ルーゼンはある理由から、領地で家族とは離れて暮らしているのだ。 そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

処理中です...