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E《エピローグ》 or ST《サービストラック》

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「ダメだ!」
 行人はそう叫んで机を叩いた。
 翔太はビクッと肩をすくめた。
「ちょっと行ってくる」
 行人は勢いよく立ち上がり、険のある靴音を響かせて歩き出した。
「か、係長、ダメですって。待ってくださいよ」
(ダメなのはあんたの方だって~~~~)
 営業一課のドアをバン!と開けて廊下へ。翔太は昇り階段へ向かう行人を止めようとすがりつくが、すごい勢いの行人にずるずる引きずられていく。
「お疲れさまでーす」
 外回りから戻った内海が一階から上がってきた。翔太はこれ幸いと助けを求めた。
「あ! ちょうどよかった! きらりん、アンタの上司が大変なことに。早く止めて。止めて!」
 内海はしばし足を止め、三階への階段を見上げた。
「相変わらず仲いいっすね~」
 内海は低い声でそう呟き、それきり振り返ることなく一課へ入った。
「一応ここは会社なんですから。そう何でもかんでも頭越しはマズイですって!」 
「『組織』だの『和』だの言い出すヤツらは大体ベースかドラムスなんだよ。何だよ、和を保ちたかったらまずオマエらから走ってテンポ乱すんじゃねえ!」
「係長、完全に別の話になってます~~」
 行人は三階の一番奥、社長室のドアをバンと開けた。
「社長!!」
 作業着で小太りの、気のいいオジさん(社長)が、戸棚の前でハタキを止めた。
「何ー?」
 行人はあまりの興奮にすぐ言葉が出ない。社長は行人の後ろに控えた翔太に視線をズラし、「どしたの?」と説明を求めた。
「す、すみません社長、こ、これはですね」
 翔太が釈明しようとすると、行人が吠えた。
「社長! 何なんですか、あの新入社員は!?」
「何ってー?」
「これですよ!」
 行人はタブレットを社長の机にバンと置いた。そこにはこの春入社予定の新入社員の履歴書が表示されている。社長は画面をチラと見た。
「ああ。この子ね」
 行人は腕組して上目遣いに社長をねめつけた。
「『この子』じゃないでしょう。三十八歳ですよ」
 社長は内線で「あ、ちょっとお願い。コーヒー三つ」とどこかに指示した。
「まあ、座ったら?」
 行人は当然の如く長椅子にドスンと腰かけた。翔太はその隙にそうっと廊下へ逃げだそうとしたが、社長に「あ、君もね」と見つかってしまった。
「はい……」
(うわー、怖いよ怖いよ。「キツネvsリス」再びだよ~)
 翔太は行人の隣に小さくなってちょこんと座った。
 社長はハタキをペン立てに収納し、とことこと翔太たちの向かいに座った。
「で? 何が問題なの」
 行人の目が吊り上がった。
「社長。お忘れですか。以前の営業部は、中途採用を入れても入れても逃げられ、大口の取引に穴を開けたこともありましたよね。マーケティング部に再編したとき、営業で中途採用を採るのは止めよう、今後は新卒を採って大事に育てようと取り決めたんですよ。あなたが!」
「そだっけ?」
「社長!」
 翔太が(ひーっ)と肩をすくめていると、コツコツとドアを叩く音がしてコーヒーが運ばれてきた。社長が勧めた。
「まあ、一服どうぞ。多分おいしいと思うよ」
 行人は苦虫をかみ潰したような顔で「いただきます」と呟きカップを手に取った。翔太も気配を消しつつひと口飲んだ。
(おいしい……)
 華やかな香りが立って、口に含むとしっかりとコクが拡がる。やや酸味よりの爽やかな味だ。エバミルクか練乳を垂らしていただきたい。翔太がそう思ったところで、行人が無言でポケットからコーヒーフレッシュをひとつ取り出し、振り返りもせず翔太の手に押しつけた。
(何で持ってるの~?)
「んで、何だっけ?」
「今年の新入社員とやらです」
「あー、はいはい」
 行人はゆっくりコーヒーを味わいながら、説得するような口調で続けた。
「社長、中途採用を採るのは構いません。役員のみなさんが必要と判断された人材ならいいでしょう。ただ、営業に、少なくとも営業一課に配属するのは止めていただきたい。そもそもこれは、社長判断だった筈ですよ」
 社長は首を傾げて言った。
「どうしても?」
「どうしても。せめて俺の一係はダメ」
 社長はコーヒーをゆっくり口に含んで、ぽつりと言った。
「新卒なんだけどな」
「えーーーーっ!!」
 完璧なユニゾンで翔太と行人は絶叫した。

「……マジか」
「マジですね」
 タブレットをふたりでのぞき込んでいると、内海が両手でカップを三つ持ってやってきた。
「何なんすか」
 内海はふたつのカップを係長机に置き、自分の分を手に持ってタブレットをのぞきこんだ。
「あ、ありがと」
 翔太は礼を言って内海のカップを受け取った。今日は紅茶だ。内海は軽く頭を下げて返礼した。
「確かに学歴の欄には、『今年の三月卒業見込み』となってるわ」
 行人が渋い声でそう言った。顔写真と年齢から、まさか下の方にそんなことが書いてあるとは思わなかった。内海が履歴書をスクロールして読み上げた。
「えーっと。長沼浩介、三十八歳。平成●年三月■■高校卒業。同年四月▲▲専門学校入学、同年十二月一身上の都合により退学。以降自宅にて親族の介護に従事」
 翔太はそこまで読んで顔を上げた内海と目を見合わせた。
「親孝行なひとらしいんだよね。重度の障害を負ったお父さまが亡くなって、大学入試にチャレンジして合格、そこからはストレートに今年三月卒業見込み。だから『新卒』だし、志望動機もまともだし、普免も持ってるし」
 さっき社長室で聞いてきたことを翔太が伝えると、内海は興味を失ったように自席に戻り、PCを開いた。
「じゃ、ガチでただの新卒じゃないすか」
「……うん、そう。ただの新卒」
 行人は椅子を回し、あさっての方向を向いてひと口紅茶を飲み、言った。
「人間、それなりの年齢になってから新しいスキルを身につけるのは、大変なもんだ」
 行人は一瞬横目で翔太を見た。
「ま、普通の新卒と同じように教えてみて、営業職にハマれそうかどうかを早めに見切れ。その方が本人のためだ。向いてない仕事にこだわると不幸だからな。そうだな……二ヶ月だ。二ヶ月で見切れよ」
(えー!)
 新人の指導は初めてだってのに? ただでさえコミュニケーション能力の低い自分が? 翔太は音を上げた。
「そんな……とてもムリですよ。係長、替わってください。俺が内海さんと組みますんで」
「秋津担当のフォロー、加藤くんできるか? 数字大きいぞ。支店数もやたら多いぞ」
 行人は天井を見上げたまま言った。
「できません」
 翔太はガクリとうなだれた。内海の淹れてくれた紅茶のカップを持って、すごすごと自分の席に戻った。
 内海がPCの画面から目を離さず、向かいの席から翔太に声をかけた。
「加藤さん。余計な先入観を持たずに、普通に接するのがコツっすよ。キャラ設定だけが全てじゃないす」
「……あはは。そうだねえ。そうすることにするよ」
 弱々しく翔太は返事した。
「Pro'sキッチン」新商品の選定イベントを無事終えて、この三月から原田は廊下を隔てて向かいの営業二課へ移っていった。それとともに、内海が以前原田のいた席へスライドし、大手の秋津物産を相手にかなりの業務量を回している。
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