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第八十一話【引っ越し】前

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 朝から大事な荷物が次々と他人の手によって部屋の外へ運び出される。空っぽになっていく思いでの残る部屋に思わず想いを馳せる。
 色々あった。寂しかったり、嬉しかったり、楽しかったり、初めて鍵を貰った時のドキドキワクワク感は今でも心に残っている。
 二人一緒のベッドで寝て、広く思えたベッドが意外と狭く感じたり、狭い風呂で盛り上がってしまったり、ちょっとしたイチャイチャさえも楽しくて仕方なかった。
 想いでの数々が走馬灯のように頭に蘇り、その空間が変わっていく様子がもの悲しくもある。

(ああ、こんなに広かったんだ)
「冬真! ぼんやりしてるならそこどいて」
「悪い!」

 引っ越し業者と共に、荷物を運ぶ力也に怒られ、冬真は慌てて横に避けた。
引っ越しの前日からやる気満々だった力也は、昨日この部屋での最期の思い出にと誘っても断り、今日の引っ越しに備えて早く寝てしまった。
 朝も早くから起き、おにぎりを作った挙げ句にテキパキと支度をして、やってきた引っ越し業者と一緒になって動き始めた。
 おかげでこうやって感傷に浸っているのは、この部屋の主でもなく、思い出もまだまだ浅い冬真だ。

「すみません、こちら運びますね」
「あ、悪い。え・・・っとこれだよな」
「いえ、私たちが運びますので・・・・・・」

 引っ越し業者に話しかけられ、慌てて近くにあった箱を持ち上げれば、すぐに止められてしまった。

「いや、このぐらい大丈夫だから任せとけって」
「でも、私たちのお仕事ですし」
「冬真! 困らせちゃダメだって!」
「お前だって手伝ってるじゃん!」
「俺はいいの!」
「Sub同士だからってそんなずるい!」

 冬真が先ほどから一人感傷に浸っているのはもう一つ訳があった。特にこだわりがないと言っていた力也に、なら自分が手配するからと押し切り選んだのが作業員にSubが多めのこの引っ越し業者だ。
 新しい部屋にも、この古い部屋にも、Domを入れたくなく、力也の私物も触らせたくないという独占欲と過保護が入り交じった理由で選んだのはいいが、微妙にはぶかれてしまっている。

「いいじゃん。冬真Sub同士仲良くしてるの見てるのが好きなんだろ」
「好きだけど、俺だって役に立ちたい!」

 なんともめんどくさい要求に、力也はため息をついた。そもそも、引っ越し業者がいる場合依頼主はあまり仕事がない。素人が手を出すよりもプロの方が確実に仕事は早く、安全だ。
 つい依頼主に甘えて任せてしまうと、梱包が甘かったり、途中で力尽きたりしてしまうことがある。余計な手間が増えるので、お任せにしてくれた方が助かる事も多い。
 ならば、何故力也が手伝っているのかは、簡単な事で、学生自体に引っ越しのバイトをしたことがあるという事と、単純に力が強いという理由だ。
 
「っていわれてもな」

 いつの間に仲良くなったのか、困ったように力也は作業員と顔を見合わせる。この短時間の間に、冬真を置き去りにすっかり仲良くなっていた。

「なんでもいいから、一緒にやりたい」
「なんでもいい言っていってもな・・・・・・」
「じゃあ、これをお願いしまーす」
「これか」

 お気に入りの鳥とハリネズミのぬいぐるみを渡され、冬真はそれを両手に抱えた。さりげなく子供扱いされている気がする。

「大事な物ですよね」

 そう言われてしまうと違うと否定することもできず、子供扱いと感じられつつも手伝いを諦めるしかない。

「わかった。大人しく俺は、ハーリーとトーリーを運ぶ」
「名前ついてた!」
「知らなかった?」
「知らない」

 たまに話しかけていたわりにそういうことは考えていなかったらしい、初めて知ったと驚く力也に片方ずつ見せる。

「こっちがハーリーでこっちがトーリー」
「それは説明されなくてもわかる」

 あまりにもそのままなネーミングをわざわざ説明したら、即座に突っ込まれてしまった。今度から話しかけるときは、ちゃんと名前を呼んでくれるのだろうか? 
ぬいぐるみの名前を呼びながら話しかける力也とか想像するだけで可愛い。絶対見逃したくない。

「また変な事考えてるし」

 ちょっと想像していただけなのに、何故かすぐに気づかれてしまった。さすが、俺の事をよくわかっていると誇らしい気分になる。

(だめだこれ)

 Subだらけの引っ越し業者を手配したのに、昨日は何を思ったか、この部屋での最後の思い出にとか言いながら誘ってきたからそれは却下した。
 正直誘われると少しグラッとしたが、今日の事を考えれば承諾する訳にもいかず、それにベッドもお風呂も綺麗にしたのだから汚したくなかった。
 今日は朝早く起きて朝と昼食用のおにぎりをつくり、引っ越し業者を待って手伝えることがないか聞いたのに、気づけば冬真は仲間はずれのように感じていたらしい。

(俺だって凄く手伝ってる訳じゃないのに)
「なんか悪いな、冬真がうるさくて」
「大丈夫ですよ。王華学校のDomの方々は皆さんこんな感じなので」
「マジかよ」

 先ほどから話していたまとめ役っぽいSubに笑顔で返され、ついそう呟いた。確かに想像できるが、そういう風にとらえていていいのだろうか。

「Subが多ければ多いほどテンションが上がると聞いてるので。対応策もちゃんと考えてあります」
「それはなんていうか・・・・・・お疲れさま」
「いいお客様なんですけどね」

 苦笑をこぼされ、やはり王華学校の教育はおかしいのではないかと思える。Subからすれば確かに優しい、いいご主人様なのは間違いないが、ネジが何本かどっかに行っている気がする。

「心配しなくても、こいつのパートナーも王華学校なんで」

 さっきほど、冬真にぬいぐるみを押しつけたSubの作業員がまとめ役のSubを指さしそう付け足した。

「そうなんだ。・・・・・・えっともしかしてそっちも?」
「いえ、俺のパートナーは王華学校じゃないっすよ。一応王華学校に関係あるとこだけど、あいにくAランクじゃないんで無理だったんすよ」
「お前、口調」
「あ、すんません。なんか滝上さん兄貴みたいで話しやすいから」

 気軽な話し方をしてきた歳が近そうな彼のその言葉に、気にしていないから大丈夫だと笑い返す。

「お客だからってかしこまらなくていいから、仲間なんだし」
「ありがとうございます!」
「それに年齢考えたら、リーダーさんの方が俺より年上だし」
「それこそ、お客様なので」

 そうして和気藹々と話していると、冬真の目線に気がついた。明らかに目を輝かせてこちらを見ている。

「なぁ、雑談なら俺も」
「って休んでる場合じゃなかったな」
「そうですね。早く運ばなきゃ」

 期待にみちた様子で、話の仲間に加わろうとした冬真の様子に、力也達は慌てて仕事に戻った。

 それからしばらくして、引っ越し業者は、新しい部屋に家具を置いていた。何にもなかった部屋に、次々に家具や荷物が運び込まれる。

「とりあえず、衣服はここに置いといてもらって、そっちの段ボールはこの部屋に」
「そのトレーニングマシーンはこの辺で」

 正直力也よりも痩せているようにみえる作業員が持てるのが、不思議なほど大きく重いトレーニングマシーン達が、リビングの隅に収まっていく。
 翔壱に貰ったベッドは力也と冬真の部屋に、ソファーはリビングに収まり、もらい物の家具は一つも捨てられる事なく、一緒に引っ越してきた。
 色々な物が入った沢山の段ボールもリビングに纏めて置かれ、無事引っ越しは終わった。

「他にお手伝いすることはありますか? 15分ほどでできることならお手伝いします」
「15分? じゃあ、こっちへ」
「はい」
「で、ここに」

 引っ越し業者の言葉に、目を輝かせた冬真に呼ばれ、何を手伝えばいいのかと思いながら言われるままに作業員達はソファーに座った。

「飲み物、すぐ買ってくるから! 何がいい?」
「え?」
「俺が帰ってくるまで力也と話してて! で、出された飲み物を飲んで休憩して帰る。それが俺からの要望」

 押し切るように飲み物のリクエストを聞かれ、思わず答えてしまった作業員達は、奉仕型の冬真にニコニコしながら労られた。

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