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第七十三話【新婚!?】後

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 結衣の働いていた店は繁華街から外れた。所謂マイノリティが集まるエリアにある。近くには同性同士の出会いの場や、一般客が入りにくい趣旨のクラブや、大人の玩具屋などがある。Dom用のクラブやSub用のクラブ、ダイナミクスを持たないがちょっと楽しみたいだけのSMクラブもある。
 正直、それ以外のイメージクラブも多数存在しているので、紛らわしいことこの上ない。ダイナミクス向けは大きく、D/Sと書いてあるが、間違えて入ってくる人やわかっているのにわからなかったと言い切って入ってくる人もいる。
 まあ、大体の場合そういうお客でもキャストがうまく対応できるのだが、まれにDomだと言い張っていたお客さんがグレアを発することができなかったり、Subだと言っていったのにコマンドに反応しないとかいった問題は起こる。

「ああいうのってDom的にはどうなんだろうな」
「騙されたっておっしゃった方はいらっしゃいましたよ」
「あー、やっぱそうなんのか。でも客ならどっちでもいいんじゃ」
「受け入れるスタイルが違うと聞いた事があります。あとタイムラグとか」

 無論一目見て多くのDomはSubだとわかると聞くが、まれにわかりにくいSubもいる。自分もその一人だという自覚は力也にもある。ランクが高すぎるからという理由もあるらしいが、恐れる様子がないと言うのも理由らしい。
 何をするにも危機感が薄いと言われた事があるから、それが影響しているのだろう。

「ってそれ俺じゃん」
「力也さんはSubですよ」
「たまに疑われるけどね」

 そんな話をしながら力也と結衣は町を歩く。途中明らかにDomだとわかる人が二人を見つめるが、首のCollarとドックタグに目をそらす。

「力也さん、この間はご招待ありがとうございます」
「あーあれ、なんか一杯泣いちゃったから思い出すと恥ずかしいんだけど」
「とても感動的でした」

 うっとりと思い出に浸る結衣の言葉に、苦笑を返す。せっかくの式で、沢山の人を呼んだのにまともに前を見ていた覚えも少ない。ずっと冬真にしがみついていた気がする。

「結衣もやりたくなった?」
「憧れますけど・・・・・・耐えられなさそうで・・・・・・」
「だよな、俺もギリギリだったし」

 ギリギリとは言ったが、力也からすれば完全に耐えられたとは言えない、むしろ耐えられてない。冬真が満足そうにしていたし、参列者も感動したと言ってくれたから大丈夫だと思っているにすぎない。

「誓いの言葉も言えるかどうか・・・・・・」
「あれはやり過ぎなんだよ。いくらなんでも持ち上げすぎ」
「ふふっ、ベタ褒めでしたね」
「あんなに褒めなくても・・・・・・」

 むろん凄く嬉しかった。間違っているかもと思いながら生きてきた今までの生き方を、褒められ称えられたのだ。冬真がいつも認めてくれているのは知っていたが、他の人からはそう思われないだろうと思っていた。Subとしての自分に自信をなくし、自分がなにかもわからなくなった時もあるが、それを全て冬真が吹き飛ばしてくれた。
 クラクラするほどの多幸感をきっと永遠に忘れることはないだろう。

 店につくとそこは前に来たときとあまり変わりがなかった。もっと変化しているかと思ったのだが、そこまではしていなかったらしい。裏口に回り声をかけると、結衣が先に連絡していたおかげですぐに開いた。

「結衣、力也さん久しぶり!」
「お久しぶりです」

 見覚えのあるキャスト達に挨拶をされ、返事を返した。新しい顔と見覚えのあるメンバーと半々ぐらいになっていた。

「こんばんは、力也さん、結衣さん」

 はしゃぐ様子に、微笑みを浮かべながら顔を出したのは、いつかの講習会で講師をしていた菊川だった。菊川はこの店の関係者のような、ボーイらしい服装をしている。

「あれ? 菊川生徒会長なんで?」
「できれば、菊川で読んでくれると嬉しいです」
「菊川さん?」
「呼び捨てで構わないのですが」
「それはさすがに」

 一度会っただけの人をいくら年下とは言え、呼び捨てする訳にはいかないだろう。しかも、相手は自分のご主人様である冬真の先輩だ。

「ではせめて、ため口で」
「でもなんで、菊川さんが?」
「実は、このお店に新しく勤めているDomが私の知り合いなんですよ。その彼が今日は休みなので、私が代わりに来たんです」
「そうなんだ」

 どうやら、たった数日の休みでも、心配になったここのDomが菊川に話をつけたらしい。一応Domのオーナーがいるのに、やはり心配症のようだ。

「心配症だな」
「沢山のSubに会えるので私は楽しいですよ」

 なにかする訳でなくとも、多数のSubと話せるのが楽しいと笑顔を浮かべる様子はやはり王華学校のDomだなと思えた。

「力也さんも、パートナーとうまくいってるようでよかったです」
「ああ、まあな」

 祝われすぎてどんな風に返していいのかわからなくなってきたので、適当に返せば穏やかに微笑まれた。
どうやら冬真に悪い印象はないらしいと思いつついれば、菊川が不意にあたりに視線を巡らせた。

「力也さん、ちょっといいですか?」
「なに?」

 内緒話でもあるかのように呼ばれ、力也は顔を近づける。力也が近づくと同時に感じた冬真のグレアの残り香に一瞬苦笑した菊川だったが、すぐに穏やかな顔へ戻ると力也の耳に口を近づけた。

「ここ数日変なDomが店の周りをウロウロしているようです。いまのところなにかしてくる様子はないようですが、念のため気をつけてください」
「特徴は?」

 その内容で声を潜めてきた理由がわかった。店のキャスト達が不安にならない為の配慮だろう。菊川が交代要員で呼ばれたのもそのためだ。

「50代ぐらいの男とその他にも何人か。全員中年男性で明らかに血走った目をしているのですぐにわかります」
「ランクは?」
「おそらく高くてもBです。力也さんなら問題なくかわせると思います。ただこの店のキャストが目的なのか、Subを探しているのかがわかりません、気をつけてください」
「わかった」

 自分は大丈夫でも結衣はそうは行かないだろう、結衣もグレアシールドをつけられているが、油断はしないほうがいいだろう。

「できればパートナーが来てくれてば安心なんですが」
「冬真は仕事だから。大丈夫、気をつけて帰るし」
「はい、くれぐれもお気をつけて」

 そこまでいうなら早く帰った方がいいかもしれない、結衣の方を見れば既にお土産も渡し終わって話しているようだった。

「結衣、そろそろ帰れるか?」
「はい。では皆さんまた」

 少し名残惜しそうにする結衣を連れ力也は店を出た。

「力也さん、今日はありがとうございます」
「俺も久しぶりに見に行きたかったし、他は寄りたいとことかない?」
「あ、その・・・・・・はい」

 一瞬目が泳いだのを見逃す力也ではなかった。どこを見たのかと視線を合わせれば、視線の先にはD/S商品も扱っているアダルト衣装店があった。

「あそこか」
「すいません、力也さんの衣装を見て少し欲しくなってしまって・・・・・・」
「傑さんの希望じゃなくて?」
「いえ、好きな服でいいとおっしゃってるんですが・・・・・・喜んでいただけるならと」

 二人が普段どんなことをしているのかは知らないが、その恥ずかしそうな様子からしてあまりそういうことはしていないのだろうと予想はできる。

「因みにお金は?」
「あります」

 なら少しぐらいならお店の中だし寄り道しても大丈夫かと思い中に入った。
 店の中には他に客はおらず、Usualの店員がカウンターのところに座っているだけだった。

「結衣はどういうのがいいんだ?」
「よくわからないです。傑様の好みもわからなくて・・・・・・」
「あー、どれでもいいとかいいそうだよな」

 とはいえ、好きなタイプのSubはおおよそ予想はついているし、結衣に似合いそうなのも想像はつく。おそらく綺麗系だろうと力也はベビードールのような服を手に取った。

「これとか」
「こ、これですか」
「じゃあ、こっち?」

 赤く染まる結衣の様子に、もう一つ良さそうなのを手に取る。それは透けそうなほど薄い短い着物のような服だ。

「俺だとゴツくなりそうだけど、結衣なら似合うと思うし」
「傑様に、はしたないって言われませんか?」
「びっくりはするかもしれないけど、言わないと思う」
「本当に似合いますか?」

 どうやら着たい気持ちはあるようだと、力也は頷いた。確かに店に、明らかにお誘い用の服なのだがこの店はそんな衣装ばかりだ。この辺をよく知っている結衣が自ら、ここに寄りたいといったのだから、そういう服を探していたということでいいと思う。

「そ、そうですか」

 結衣は恥ずかしそうに、選んだ服に視線を向けた。どちらにしようかと考え、一応値段を確認する。

「こっちにします」

 そう言うと、ベビードールを持ちレジへ急ぎ足で向かっていった。

「俺もなんか買おうかな」

 冬真が好きそうな物はないかと視線で探すが、これだと思う物がない。なんとなく手に取ったのは、意外と普通にも売っていそうな網状のTシャツだった。

「(くさび帷子の衣装ってこんな感じだよな)」

 の衣装よりも穴が大きく、隠れる場所などほとんどないし、肌が見えないように加工もされていないが、冬真は好きそうだ。とはいえ、これでいいのかと思いつつ見ていると衣装を買った結衣が戻ってきた。

「力也さん、お待たせしました。そちら買うんですか?」
「あ、ああ。そうだな、ついでだし買うか」

 せっかくだしと手にとった服をレジに持って行き、買い物を済ませると二人は店を出た。
 無事、結衣を家まで送り届け、自分のマンションに戻る途中、不意に声をかけられた。

「よう、力也」
「あ、桐生さん。どうしたんすか?」

 そこにいたのは力也にとっては馴染みの相手の、桐生だった。

「いや、丁度お前の家行こうとしてたんだよ」
「なにかご用ですか?」

 今月の支払い期限はまだの筈なのに、何か用があるのかと思っていたら、桐生は何かを差し出してきた。

「クレイムしたんだろ? これお祝い」
「え? ありがとうございます」

 どこで聞いたのかと思いつつ、袋を受け取ると、桐生はきびすを返した。どうやら用はそれだけだったらしい、意外とマメだなと思いつつ見送る。

「なんだろ? これ」

 しっかりと封をされている所為で、なにが入っているのかはわからず、不思議に思いながら力也はマンションに持ち帰った。
 その後、自分が開けるからと冬真が奪い開けたそこには、驚くことに力也と母の借用書が入っていた。
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