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第六十二話【それぞれの日】前

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 ふとした時に不意に沸き上がる執着心、気に入ったからというのもあるが、自分でも理解できないほど手放したくなくなる。
 握った手は開かなくなり、抱きしめた腕は外れなくなる。これを手放してしまったら息ができなくなるのではないかと思うほど、自分にとって必要なものとなる。
 他の人の目から見れば異常だと言われるほどに、手放したくなくなる。それは子供のころから変わらず、欠点だとわかっていても直すこともできずにいた。
 その結果がこの段ボールの山だ。あの家に帰る気がなかったというわけじゃないが、姉が子供を連れて帰ってきた時から冬真の荷物は邪魔になっていた。
元々多くが、高校になる前に手に入れた物ばかりだ。使わないとわかっている物を家に置いとくこともできず、必要のない物も送ってもらった。
 母が代わりに片付けようかと言われたが、それも断った。それを聞いた父からはそういうとこは伯父とそっくりだと言われた。
 おそらく父も、叔父と一緒にいて苦労したことがあるのだろう。詳しく聞いたことはないが、想像することはできる。人より執着心が強いことに自覚はある。でもわからない、何故それほど簡単に手放せるのか。それがやっとわかった気がする。

「ということで、欲しいものがあるなら持ってていい」

 部屋の中央に並べられた衣類が入った段ボールを前に、冬真は衣類整理の為に呼んだ友人たちに宣言した。

「いきなり家に誘ったと思えばそれかよ」
「まだ引っ越す予定はないんだろう?」
「じゃあ、いいじゃん。それとも、力也さんに怒られたとか?」
「怒られてねぇけど、少しは片付けようと思って」
「その心は?」
「狭い」

 高校時代から変わらず、今も仲良くしている友人たちに茶化され、隠しもせずに言い切れば友人たちは全面同意と共に笑った。

「わかる! ってかよくこの中でPlayしてるよな。ムードぶち壊しだろ」
「ベッド周りしかスペースないじゃん。これ力也さん怒んないの?」
「少なくとも俺ならこの部屋見た途端帰るぞ」
「うるさい。言われなくてもわかってる」

 はっきり口にしなくとも、力也も幾度となく微妙な反応をしているのはわかっている。冬真にとって大事なものだとわかっているから、片付けろとかいらないとか言うことはないが、誕生日プレゼントだと言って棚を持ってきたり、収納グッズをチェックしているとこをみると気になっているのだろう。
 何が入っているのか、聞かれたことも何度かある。コレクションだと思って割り切っているのだろうが、気になっていることは確かだ。主に、部屋を占領している所為で。

「少なくとももう少し広さが欲しいんだよ。床で馬乗りになれるぐらい」
「テーブルどかせよ」
「テーブルも使うんだよ」

 テーブルも使える状態でもっと広さを確保したい。力也の大きさを考えれば動く場所が少なすぎる。

「お前相変わらず、なんでも使うな」
「力也さんも大変だよね。冬真、性欲強いし、遅漏だし」
「遅漏じゃねぇよ。コントロールしてんだよ」
「なお悪いだろ」

 力也からすれば笑い事じゃないと言い返したい、話題で盛り上がりながら、冬真は最近つい買ってしまった服をいくつか並べた。

「とりあえずこの辺なら貰ってくれていいから」
「意外と着れそうなのあるじゃねぇか」
「ただでいいの?」
「いい、大事に着てくれれば」

 売ることも考えたが、衝動買いとは言え気に入って買ったものだ。どこの誰ともわからない人にもらわれるぐらいなら、知り合いが持っているほうがいい。
 そうして、四人で服を選んでいると不意に、チャイムが鳴った。

「遅れてごめん。出かけるのに手間取っちゃって」

そう言いながら、中に入ってきたのは残るもう一人の友人の有利だった。相変わらず真面目な良い人そうな笑みを浮かべ、中に入ってくると部屋を見回した。

「あれ? 力也さんは?」
「いねぇよ。いるわけねぇだろ」
「えー? 力也さんから力也さんの物を貰えるんじゃなかったっけ」
「帰れ」

 その変態じみた思い込みに、冬真含め四人の呆れた視線が向けられた。無論、力也はいないし、今日は予定があると言っていたからいきなり来ることもない。

「なんだ残念。力也さんはお仕事?」
「ああ、仕事の後は友人と会うって言ってた。お前こそ、港は?」
「港なら一人で遊んでると思うよ」

 有利がそう答えた瞬間、四人の目線が疑惑を含んだものへ変わった。Dom同士だからわかる独特のニュアンスを含んでいるように聞こえたのだ。

「おい、まさか」
「放置Playじゃないだろうな」
「帰れ」

 およそ友人に向けるとは思えない視線を受け、有利は苦笑した。四人の言いたいことはわかっているとばかりに、スマホを取り出す。

「まあまあ、落ち着いて。放置って言ってもお仕置きじゃないし、ちゃんと放置Playの鉄則は守ってるから」

 そういった有利が見せたスマホの画面には、曇った唸り声をあげながら、乗馬マシーンに乗る港の姿が映っていた。カメラもマイクも目につく近くに設置されているのだろう、港は体の中に埋め込まれた玩具に喘ぎながらも、時折こちらを睨んでいた。

「ね。ちゃんと鉄則は守ってるでしょ?」

 先ほどから有利が言っている放置Playの鉄則というのは、お仕置きを含む放置、つまりはPlay継続のままSubの傍を離れる時にDomがしなければならないことだ。
 まず、第一にどんな場合でも必ずSubの状況を確認できる状態にすること。
お仕置きの場合は目の届くところ、声の届く位置に必ず待機し、どんな小さな変化も見逃さないようにする。お仕置きではなく放置Playの場合も、Subの状態を常に確認できるようにしなければならない。
次に必ず逃げ道を確保する事。Subは自分の主人に言われればそれを守ろうとする。放置Play中にもし何か身の危険が起こった時にも、主人の命令を守ろうとして動かないこともありうる。そのような場合を考えてもし拘束をするならば必ず、逃げることができるように方法と許可を与えておかなければならない。
 最後に不安をあおりすぎない事。放置はご主人様が手を出さないPlayだ、それだけでSubたちの精神は不安定になる。それを念頭に置き、精神的に負担がかかっている状態を常に注意しなくてはならない。
 そしてもっとも重要だと言われるのが、放置をする資格だ。Subからの信用を得られていないならば、放置はしてはいけない。
 これらは王華学校で習ってきた彼らの常識だ。

「こんなとこまで来てる時点でアウトだろ」
「そこはちゃんと場所もつたえてあるし、制限時間も決めてあるから」
「制限時間?」
「そうそう、なんか港四時から用事があるんだって。だから、三時になったら終わりにしていいって言ってある」

 有利は出かける時思いつきで、お留守番の間乗馬マシーンに乗ることを強要したが、その時点で用事があるから出かけたいと言われたので許可していた。引き換えに当初より大きめの玩具に変えたが、出かけるのにはほとんど支障がないものにしてある。

「三時ってまだ一時間以上あるじゃねぇか」
「マジ帰れよ、お前」
「いや、いや。ここで帰ったらそれはそれで嫌がられるって。港そういうタイプじゃないんだから」

 三度目の身も蓋もない冬真の拒絶に、有利はそうはいかないんだと否定した。
 気になって途中で帰ってきてしまったと聞けば、喜ぶどころか引く、最悪邪魔をしてしまったのかと気にするかもしれない。港はああ見えて自分の身を犠牲にする犠牲型だ。
 ここでノコノコ帰ってしまえば、自分の非と感じてしまうかもしれない。
 これが愛玩型や崇拝型ならば喜び感激するだけだろうに。

「今回、どこにいくのかも聞いてないんだから余計嫌がられるって」
「珍しい、聞いてないのか?」
「聞いたんだけど、教えてくれなかったんだよ」
「よっぽど有利に聞かれたくない内容なんだな」
「誰かに会うとか?」
「アイツ、ダチとか全然いないはずなんだけど」

 そこまで話していて、冬真と彰は顔を見合わせた。もしかしてという思いが浮かぶ、二人のSubの力也と、ミキは今日五時頃から定食屋を開いていた老夫婦に料理を教えてもらうといっていた。
 確か力也はほかにも友人を呼んであると言っていた。結衣はもちろんとして、他にも声をかけた可能性はある。

「・・・・・・どう思う?」
「あり得る」

 こそこそしゃべっていた二人だが、他の三人の目をごまかすことができずに気づかれてしまった。

「二人ともなんか知ってるとか?」
「今日、力也とミキが他のSubも誘ってお料理教室いくって言ってたんだよ」
「へぇーいいね」
「楽しそう」
「それが確か四時なんだ」

 そういえば、有利の視線がハッとした。思わず全員の視線が合い、スマホの画面に映る淫らな港へ注がれる。有利が力也を気に入っているのは、港も知っている。もし、その料理教室に参加するならば間違いなく言わないだろう。
 嫉妬と有利に対する警戒心で力也のためにも口をつぐむのが予想できた。

「港が嫉妬してくれるなんて・・・・・・」
「どっちかってと、力也さんを気遣ってだと思うけど」
「それでなければ、冬真を怒らせたくないんだろ」

 照れ屋で絵に描いたようなツンデレを披露しているSubの、かわいい嫉妬に感動し、うれしそうにつぶやく有利ははっきりと突っ込まれた。
 どう考えてもただの嫉妬と言うよりは、何をするかわからない自分のDomを警戒してのことだろう。

「で、場所は?」
「教えるわけねぇだろ」
「心配しなくても、港を悲しませたくないし、何にもしないって」
「信用できるか」
「そんな警戒しなくても、力也さん、俺のグレアならはねのけられるでしょ?」

 有利の問いかけに、今度は四人の視線が冬真へ集まった。その視線は四人とも同じ印象を力也に持っているということを意味していた。
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