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第四十四話【たった一つの傷跡】後

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 食事も終わり、さて帰ろうかとしたところで思い出したかのように冬真が力也を振り返った。

「そういえば、あれ覚悟できた?」

 いきなり言われ、一瞬反応が遅れたが次の瞬間なんのことを言っているのかわかり力也は頷いた。既にマネージャーにも話を通し、許可ももらっている。

「できたけど、今から?」
「道具は揃ってるから、できるならってとこだな」

 そう言われ、力也は服を引っ張り自分の胸の突起を覗き込んだ。これが変わるのかと改めてしげしげとみると、心配そうな表情をする冬真と目が合う。

「この前のまだ痛いか?」
「痛くはねぇから大丈夫だと思うけど」
「お前のそれはあんま信用できねぇんだよ。とりあえず、一回見るからうち行くぞ」

 言いながらヘルメットを渡され、力也は“はーい”と返事をして冬真の背へいつも通りしっかりと掴まった。

 冬真の自宅につき、ベッドに座った力也は言われるがまま、上半身の服を脱いだ。いつもの熱を持った目線ではなく、医者がみるような目線が気になる。

「どう?」
「うーん、確かに傷とか残ってねぇけど……」

 そう言って、顔を近づけマジマジとみられる所為で息が当たり、少しくすぐったくなる。思わず、後ろへ体を引けば冬真に睨まれた。

「いけるか見てんだから逃げんなよ」
「だって……」

 支配のグレアと共にガシっと右肩を掴まれてしまえば動けるはずもなく、真剣な様子の冬真に自分だけが意識しているようで恥ずかしくなる。

「そんなマジマジ見なくても……んっ!」

 そう返そうとした瞬間指先で、触診するかのように左の乳首を触れられ、思わず声が漏れた。それに何を言うわけでもなく人差し指で先端を撫でると、更にその周りをぐるりと撫でた。

「うん、傷はないし大丈夫そうだな」
「そ……う……できそぉ?」
「いけるいける……ってかお前感じてんだろ?」

 次第に荒くなる息とピクっと動く体に、ようやく冬真がニヤッといつもの面白がるような笑みを見せた。

「これからピアスを開けるってのに、敏感にしてどうすんだよ」
「そんなこと……言われても」
「我慢な」

 ポンと頭の上に手を置くと、軽く撫で冬真は体を離し箱に入ったピアシングの道具を出してきた。カタカタと並べると、消毒液をカット綿に浸し、力也へと向き直る。

「消毒するから」
「お願いします」

 動かないように両手をベッドにつけた力也の前にしゃがみ、その左の乳首に消毒綿を当てしっかりと消毒を施した。

「冬真、もしかして片方だけ?」
「そうそう、もったいないだろ?」

 左だけ丹念に消毒をすると、すっと立ち上がり次の道具を手にした様子に思わず聞けば、あたり前のように返された。

「もったいないって、また今度ってこと?」
「じゃなくて、本当に片方だけ。右はもったいないからそのまま残しとく」

 勿体ないという意味がいまいちわからないが、片方だけでいいというならそれでいいかと力也は頷いた。
 現状維持に躊躇いのない、冬真だからこその両方欲しいという欲の現れだとは知らずに。

「一気に行く、危ないから絶対動くなよ?」

 そう言うと冬真はハンカチを力也の口元に出してきた。見せられただけで何をすればいいのかわかり、それを口にしっかりと咥える。

「よし、力也Stay」【動くな!】

 コマンドと同時に、今まで冬真から感じたことのないほどの強力な支配のグレアが発せられた。力也のSub性を雁字搦めにするかのように、体の自由を奪っていく。
 完全に聞いているのを確認し、冬真は左乳首を器具で挟むとニードルを当てた。

それはまさにあっという間だった。生傷の絶えない力也からすればあっけなさすぎるほど、気づけば乳首が貫通していた。

「はいGood Boy。これで少し置くから」【よくできました】

 もう動いてもいいと合図され、力也は口に咥えていたハンカチを取った。じんじんとした違和感と痛みはあるものの、予想したほどではない。

「耐えてくれてありがとう。痛みは平気?」
「平気、冬真うまいな」
「よかった」

 この為にわざわざ、ピアシングが得意な友人のところを訪ねたのだ。趣味が高じて専門店まで出している神経は疑うが、技術だけは信用できた。

「この後少し置いて、血が落ち着いたらピアスつけるから」

 そう言われ、いまだニードルが刺さったままの乳首へと視線を移す。痛みよりも違和感が強い。

「で、その間に俺の開けて」

 “はいこれ”っという感じに耳用のピアッサーを渡され、その瞬間力也が固まった。
 それにかまわず、左耳を自ら消毒すると目の前に差し出し、“ここ”と言うように指先で示される。

「え?」
「左耳に上下で二つよろしく」

 そう言うと冬真は覚悟を決めるかのように、目をつぶり手をぐっと握りしめた。

(こい……ってあれ?)

 やりやすいだろう位置に持って行ったはずなのに、なかなか動かない力也に、つぶっていた目を冬真は開けた。

「おーい、力也?まだ?」
「……なんで?」
「なんでって何が?」

 その声が震えていることに気づき、まさかと思いながらその顔を覗き込むと、力也の瞳は脅えを見せていた。覗き込んでいる冬真の方をみることもなく、その目はピアッサーにくぎ付けにされていた。

(フリーズしてる?)

 力也の手に渡したのは、学生でも使える簡単なタイプのピアッサーだった。見た目も怖くなく、ハンドルを握るだけでいい物だった。
 ファーストピアスもいれてあるし、消毒も済ませてある。あとは一気にやってもらうだけなのに、力也が動かない。

「力也?」
「……ま、まい……」
「待って! Stop!」

 プルプルと見たことがないほど震え、セーフワードを唱えようとした力也に思わずストップをかけるとその体を抱きしめた。落ち着かせるように背中を撫でる。

(これでもダメか~)


「力也、落ち着いて、深呼吸」

 ポンポンと撫でながら、震えが収まるのを待つ。

「セーフワード止めちゃってごめん」

 徐々に収まってきた力也にそう言えば、やっと顔が上げられ冬真を見つめた。先ほどまでとは違い、その目には脅えはなくなっていたがその代わりに拒否感を示すような眼を向けられた。

「最初からこの予定だったのかよ」
「ずっと開けたいって思ってたんだけど、自分ではやりたくなくて」
「病院行けよ」
「えー、この状況でそれ言うか?」

 耳のピアスなどより、注意が必要なニップルピアスこそ病院にいくべきだと思うのに何を言っているのだろうか。手の中にあるピアッサーよりも、今も尚乳首に刺さったままのニードルのほうがよほど怖いだろう。

「ホッチキスみたいなもんだから」
「ホッチキスも無理」
「ピアスつけたいんだよ。頼むよ」
「だからって……俺、こっちの覚悟は決めてねぇんだけど」

 これは説得が必要だと、困ったような笑みを浮かべため息をつくと冬真は力也を離した。そうして、力也用のファーストピアスを手に取ると、ニードルに設置した。

「これ抜くから、その間に覚悟決めて」

 首を縦に振らない力也の様子を見ながら、ニードルを引き抜くとファーストピアスを止めた。消毒をもう一度手にし、傷口を消毒する。

「これでお前のは終わり。我慢できて偉かったGood Boy」【よくできました】

 頭を撫でながらそういうが、力也の目は変わらず気づけば睨むような目つきだった。

「まだ覚悟できねぇ?」
「これ、強制?」
「お前に開けてもらいたいんだって、頼む。お願い力也」

 両手を合わせ、頭を下げればその口から大きなため息が聞こえた。やっとやる気になってくれたようだ。

「二個でいいんだよな?」
「ああ、二つぐらい付けてぇし」

 改めて耳を寄せれば、位置を確かめるように力也は耳たぶに触れた。軟骨の位置を確かめ、そこを外しピアッサーを耳にあて構える。

「いくよ」
「よしこい」

 バシッと音が鳴り、耳にじんと鈍い痛みが走る。ピアッサーを外した力也は、キョロキョロとした。

「で、もう一個ってこのままやっていいのか?」
「いや、もう一個はこっち」

 もう一つ買ってあったピアッサーを渡せば、力也はまたそれを構えた。先ほど開けたピアスの部分を触り、位置を確かめ少し離すとピアッサーをあてた。

「もう一回」

 散々駄々をこねていた時とは違い、あっさりと二個目を開けるとピアッサーを置きため息をついた。

「サンキュー」

 自分のSubに開けてもらえた念願のピアスに、冬真は嬉しそうに鏡を確認した。二つとも希望通りの位置に開けられていた。

「よし、いい感じ、似合う……って力也?」

 鏡を外し力也の方をみた冬真はそこで、力也の様子に気づいた。力也は両足をベッドに乗せるとその間に顔をうずめていた。

「力也?」
「褒めて」
「え?」
「褒めて沢山ケアして」

 珍しい要求に、微笑み愛情を込めたグレアと共に抱きしめた。自分にピアスを開ける時よりも我慢して頑張った力也の頭を何度も撫でる。

「ありがとう、俺の希望かなえてくれて、偉かった」

“Good Boy”を繰り返し、何度も何度も撫で全力で感謝と賞賛を伝える。言葉と共に、下を向いたままの頭にキスを落とし、褒め続けた。
 
「今度、落ち着いたら二人でピアス買いに行こう?」

 コクッと頷く、その顔を両手で挟み顔を上げさせれば、既にいつも通りの困ったような瞳の力也と冬真の目が合う。

「お前の選ぶから、俺の選んで?お前が選んだのつけたい」
「わかった」

 ようやく笑顔を見せた力也の口へと唇を寄せ、冬真はキスをした。
 力也がいままで自分の体を見るたびに思い出す思い出はけしていい物ではなかっただろう。しかし、このピアスだけは違うものとなる。
 いたわりと愛情に満ちたそれと、同時に予想外の要求に困らされた思い出、互いに子供のように駄々をこねた。
 体に残る思い出とはこうあるべきだと言える、見本のように幸せな物となる。
 

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