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第四十話【互いに許しを】中

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 DomにはSubを物やペットのように扱う者がいる。物とペットと言うとあまりいい意味に受け取られないことが多いが、私物をそれこそ他人より大事に扱う人やペットを溺愛し、際限なく甘やかす人もいる。
 冬真もそのタイプで、ことさらSubを甘やかす傾向があった。今までできなかった分たまっていたのかもしれない。
 ずっと欲しくて、欲しくて仕方なかった物を手に入れ、自分の好きにしていいと示され、舞い上がらない者はいない。
 だから少しやりすぎたのは仕方なかったとも言えるだろう。力也はそれを真正面から受け止めてしまった。その結果がまさかこうなるとは……。

「つまりなんだ?」
「わかりやすく言うと、愛情のグレアの食いすぎです」
「食いすぎか……そんなとこまで食い意地はってどうすんだよ」
「俺がどんどん勝手に詰め込んだので」
「やめて、なんかすごい恥ずかしい」

 もう今日はあがりと言いながら迎えに来てくれた氷室の車に乗り、マンションに送ってもらう途中、ここのところの不調の原因を訪ねた氷室に返されたのが先ほどの説明だ。
曰く、ここのところの力也の不調は誕生日に冬真に容赦のないグレアを当てられた反動で、特定の相手以外のグレアを拒否している状態らしい。
 もらったものが嬉しすぎたのもありタガが外れて、いた自覚はあったがまさかそんなことになるとは思わなかった。

「あ、じゃあご主人様を呼ばなかったほうがよかったのか?」
「いえ、会わなかったら消化するわけじゃないんで、呼んで正解っすよ。むしろファインプレーです」
「そりゃよかった。じゃあ後は任せていいんだな?」
「はい、俺のやったことなんでちゃんとなんとかします」

 なんで場所を教えてもいないのに、冬真がタイミングよく駆け付けたのかと思えば、どうやら氷室が心配して手を回したらしい。というか、知らぬ間に随分仲良くなっていることに驚きを覚えた。

「二人ともいつの間に仲良くなったんですか?」
「仲良くってか利害が一致してるだけ」
「っすよね。いや、氷室さん話早くて助かります」

 そう言って褒めた冬真の言葉に、氷室は軽快な笑いを返した。事実、まともに二人きりで話したのはあの電話のときが初めてで、軽口を叩くのは今が初めてだ。
 相手のことをほとんど知らないはずの二人がこんなに話が弾むのは、力也の体調を守りたいということで利害が一致しているにすぎない。

「にしても、まさかそんな弊害がでるとはな。悪かったな、共演者にDomいた時つらかっただろ?」
「いえ、大丈夫です。すみません、心配かけて……」
「そんなのマネージャーなんだから当たり前だ。孝仁も無理とか相当だろ?」

 その言葉に、先ほどの孝仁からの拒絶を思い出した冬真は力也にしがみついた。慰めてほしいと肩に頭をこすり付けられ力也は苦笑し頭をなでた。

「どうした?」
「冬真、孝仁さんに大嫌いって言われたのがショックだったみたいで……」
「ふーん、でなんで力也は慰めてんだ?」
「なんでって、傷ついてるみたいだから?」

 慰めてほしいとアピールしてきているのだから、慰めるものだろうと不思議そうに聞き返せば、丁度信号で止まった氷室は後ろを向いてきた。その瞬間、肩から膝の上に頭を落とし膝枕をしてもらっている冬真の様子に呆れた。

「なにやってんだよ」
「傷ついた心を癒してもらってます」

 この体制のほうがもっと癒されるのだから邪魔をしないでほしい。確かに若干シートベルトが食い込み動きにくいが。

「じゃなくて、孝仁のそれ浮気じゃねぇの?」
「え?」
「浮気じゃないです」

 悪びれることなく言い切った冬真の答えを聞きながら、若干荒々しく氷室は車を発進した。おかげで、膝枕をしていた冬真は力也の体に押し付けられる結果となった。
 思わず落ちないようにがっしり抱え込んだ力也のおかげで、むしろ得をしたともいえる。

「浮気じゃなかったらなんなんだ?」
「えー、なんていうか……。お気に入りの他の家のペットに振られたみたいな感じ」

 その説明もどうかと思うが、冬真の感覚とすると他にいいようがない。もちろん、冬真にとって力也が一番なのは変わらないのだが、孝仁のことも好意的に思っていたのだ。
 それこそ、自分のペットと戯れるのをほほえましく見ている飼い主のように。尻尾を振ってないことはわかっていても、気に入っていた。

「わかるようなわからないような説明だな。で、力也はそれをわかってるから怒らないのか?」
「いえ、コイツはわかってないけど怒らないんすよ」

 いまだ二人の会話についていけないような顔をしている力也に、撫でられながら冬真は苦笑した。

「それこそなんでだよ」
「独占欲ってのが少ないんすよ」
「えっと、つまり俺の反応が可笑しいってこと?」
「わりとSubには多いんだけどな」

 力也だけでなく、ご主人様であるDomに振り回されるSubにはそんな独占欲をもつ余裕などない者が多い。自己価値が低いからともいえるが、結局のところそんな我儘を言って相手が不愉快になるほうが怖い。

「怒るってのは自分の感情を優先させられる状態なんで、主導権をゆだねてるSubには難しいんすよ」
「うちのカミさんなんか、若いころは俺が女性がいる店行っただけでも、次の日一日機嫌悪かったぞ?」
「俺そういうのも結構好きっすよ」

 一緒に住んでいるわけじゃないのだから、一日機嫌が悪くても連絡がこないだけだろうが。そしたら、部屋に突撃して、必死にご機嫌をとればいい。
 ドア開けないって抵抗する力也の部屋のドアをスペアキーで開けて、睨み暴れるその体を抱きしめ、宥めすかすのを考えれば楽しそうでもある。

「それってそうなれってこと?」
「う……いや、無理やり怒れってことじゃないから」

 一瞬頷きかけたなと氷室と力也は気づいていた。それでも言いなおしたということは、強制するつもりはないという意味だろう。そもそも、嫉妬を強制されるというのもおかしな話だ。

「ご機嫌斜めな力也のご機嫌取りをして、ベタベタに甘やかしたいだけだから」
「あ、それなら間に合ってます」

 思わず敬語になるほどのツッコミだった。そもそも、愛情を注ぎすぎてキャパオーバーさせたのになにを言っているのか。

「ハハハッ、ご主人様は、手をかけすぎて枯らすタイプか」
「そのご主人様ってのやめてくださいよ」

 もちろんそうならないように気を付けているが、絶対の自信がなく冬真はそこを流し、別のことについて突っ込んだ。

「だって力也のご主人様だろ?」
「それはそうなんですけど」

 そもそも、力也自身がご主人様呼びしていないのに、なぜSubでもない氷室がご主人様と呼ぶのか。二人きりの時は自分のことをそう呼んでいるのかと一瞬思った冬真だが、そんなことないだろうと思い返す。力也のことだ、わざわざ、親しい人相手に呼び変えることなどしないだろう。

「普通に冬真って呼んでくださいよ」
「考えとく」

 ケラケラと笑う氷室の様子に、冬真はため息をつき、先ほどから気になっていた力也の足の間に顔をうずめた。

「冬真!」
「筋肉って硬いかと思ったら、やわらかいんだな」
「顔うずめちゃだめだって!」
「おい、そういうのは家に帰ってからしろよ」

 氷室が止めてくれたことで一応は止まったが、いまだ物足りなさそうな冬真に力也はため息をついた。油断も隙も無いとはこのことだ。

「まぁ、孝仁は力也と違い機嫌直すまで大変だとは思うが。って言っても力也には怒ってないみたいだからこっちとしてはどうでもいいが」
「孝仁さん本当に怒ってませんでした?」
「ああ、丁度いいから連絡してやれよ」
「わかりました。冬真ちょっといい?」

 カバンを取るからどいてほしいと示せば、冬真は仕方なさそうに体を起こした。カバンからスマホを取り出し少し考える。
 氷室が荷物を取りに行ったときに孝仁が、“取り乱してしまって悪かった。嫌いにならないでほしいって力也君に伝えて”と言っていたのは聞いていた。
 落ち込んでいたから、怒っているわけじゃないと太鼓判を押されたが、なんてメッセージを送るべきか少し考え、頷く。

(電話にしよう)

 メッセージではうまく伝わらないかと考え、通話をすれば孝仁はすぐに出た。

「力也君?」
「お疲れ様です。お騒がせしてすみませんでした」
「ううん、僕の方こそごめんね」

 いつもの孝仁とは比べ物にならないほど、落ち込んだ声に、明るくいつも通りに返事をする。

「俺、孝仁さんのグレア好きですよ。なんかふわふわしてて、綿みたいで」
「ありがとう、よかった」
「だからまたグレアください」
「うん」
「今度会うのって怪盗と探偵と忍者の撮影っすよね?」
「うん、いいの?その時にグレア出しても」
「いいっすよ」

 泣いていたのだろうか、どこか脅えたような震える声にそう答えれば、安心したのか声が明るくなる。

「ありがとう……力也君大好きだよ」
「俺も孝仁さん大好きです」
「本当にありがとうね。じゃあまた……あ、冬真君には大嫌いって伝えといて」

 無事に機嫌が直り、通話が終わると思った瞬間付け足されたそれに、冬真が再び力尽きた。
 そしてあっさり切れたスマホを握りながら、力也は冬真をみた。
 スマホから聞こえてくる声に聞き耳を立てていたらしい冬真は項垂れていた。

「え……と、ドンマイ?」

孝仁が付け足したその言葉に、なにも、もう一度ダメ押しのように言わなくてもいいじゃないかと、余計落ち込むのだった。

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