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第三十三話【Subの宿命】前

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 この世の中の人間には二つの種類がいる。性別や、ダイナミクスではなく、善人と悪人でもない。この世の中にある二つの人間の種類は、危険を知る人か知らない人かの違いだ。
 とはいえ、知らない人がただのお気楽かといえばそんなことはなく、危機感が強く自分でも気づかぬうちに対処していることもある。
 同じように危険を知っているからと言って、安全に暮らせるわけではなく、危険を知っているのにそれを防げない人もいる。
 危険を知る人が優れているわけでも、危険を知らない人が劣っているわけでもなく、ただ知っているか、知らないかだけの違いだ。

 力也が孝仁に急遽呼ばれた日、冬真は事務所にいた。ドラマと映画の撮影が始まり順調に進んでいる今だからこそ、今後について話しておきたいという社長に呼ばれていたのだ。

「君の今後の方向性についてだが…」
「はい」
(三者面談みてぇ)

 さながら、教師と親と本人のような状況に笑いさえ覚えながら冬真はこれまでやった仕事の一覧を見ていた。それは、何度も新人の教育を任されてきたはずの、凄腕のマネージャーがそれでも浮かべる緊張した様子とは対照的だった。

「正直、演技力と記憶力は悪くはないけれど、しかし…」
「パッとしないんですよね」
「冬真さん!」

 考えつつも話す社長の言葉を急かすように、続きを言ってしまった冬真に、マネージャーが慌てた様子で発言を遮った。

「……自分でもわかっているなら話は早いよ。君には特色がない、孝仁くんのように天才的な見る人を惹きつける魅力も、将人のようなバラエティーに富んだ適応力もない。むろん、即座にどんな役にでもなりきる翔壱くんのような演技力も」
「そん……はい」

 つい“そんなこと、わかってます”と答えそうになり口を噤む。隣に座るマネージャーがいつになくハラハラとした視線を送っているのが目に入った。
 多くの役者たちを育てた凄腕のマネージャーではあったが、Domの駆け出しの役者を相手するのは初めてだった彼は冬真の前でこそ、淡々と沈着冷静を保っていたがここにきてそれが崩れた。
 【DPV】でDom役を務めていた冬真が移籍してくるにあたり、他の人には荷が重すぎるからと彼は社長から直に頼まれていた。力に頼るきらいのあるDomのような態度にでるようなことがあればすぐに対処するようにも言われていた。

「現場での冬真の様子はどうだった?」
「はい、周りの気遣いもあるとは思いますが、心配するよりもうまく馴染んでいました。とくに【怪盗と探偵と忍者】の中では孝仁さんのスタントブルの力也さんの力もあり、メインの三人とも話しています」
「力也というと確か他にも仕事を持っているスタントマンだろう?」
「はい、翔壱さんと孝仁さんの事務所の子会社に所属しているスタントマンです。この仕事以外にも多くの作品にスタントマンとして出演しており、その他にもエキストラやパーツモデルなど便利屋のように色々な現場で活躍しています」

 そうして改めてあげられると力也はやはりすごいと冬真は思った。体力面もあるが、社交性がある。確かに、頼まれても基本的に拒否をしないSubの性格も一因ではあるが、急な仕事でも気兼ねなく頼め、しかも現場の空気を壊さないのはこの業界において大事な事だった。

(アイツ、人当たりいいし)

 初対面の時に冬真にだけ、ツンツンした返事をしていたのはかなり稀なことだったらしい。今思えば、あれはこれから前に出 ていこうとしているのに、公の場でルールを無視した冬真を止めようとしていたのかもしれない。
 あの場で、力也が冬真を受け入れてしまえば入場前に説明されたDomに対しての契約が意味をなさなくなってしまう。
 それはSubのプライバシーに配慮しているとアピールしているパーティの主催者としても、都合の悪い物となり、更にSubの参加者にとっては不安さえ感じるものになったかもしれない。
 そんなことをしようとしていた冬真を、力也は冷たく当たることで否定し、自分へ集中することで他への被害を最小限にしたのかもしれない。
 もっとも、力也にはそんな思惑はなかったのかもしれないが。
 結果的に、態度の悪いDomがでたが強いSubがそれを押しのけ、弱いSubたちは他のDomが救ったという理想的な演出のような結果になった。

(あれ、むしろ俺、お礼言われてもよくねぇ?)

 普段はあまり声をかけられないと言っていた力也でさえ、あれほど名刺をもらっていたのだからお礼を言われてもいいはずだ。せめて参加費はかえしてもらえてもよかったんじゃないか?
 力也が聞けば“何言ってんだ?”という表情を向けられることを冬真は考えていた。

「んんっ!」

 わざとらしい咳払いが聞こえ冬真は、前を見た。目の前にいる社長の顔色をみれば、その顔は顰められていた。どうやら話が進んでいたらしい。

「で、詳しい説明を聞きたいんだが?」
「力也と俺ですか?順調ですよ」
「冬真さん?いまはその話では…」
「あ、クレイムは考えてないとかじゃなくて、もちろんするつもりなんですけど、もう少し後でもいいかなって思っていて…」
「冬真さん!」

 力也の話をしていたのだからと、パートナーとしての考えを述べていた冬真へマネージャーの制止の声が聞こえた。本日二度目の口止めだ。

「なんですか?」
「いまはその話ではなくて、貴方のこれからの方向性について話していたんです」
「もういい。まさかとは思うが現場でもこの調子なんじゃないだろうな?」
「それはありません。冬真さんは現場ではしっかりと話を聞いて、理解しています」
「ならいい。で、その力也くんはSubなんだな?」

 疲れたように大きくため息をついた社長は確認のように、マネージャー方へ目線を送り聞き返した。

「そうですよ。力也は俺のSubです」

 マネージャーが答える前に、冬真は自分の口で社長の質問へと答えた。そんな冬真へチラリと視線を送っては再びその瞳はわずかにそらされた。
 気が弱い者がいれば泣き出したくなるぐらいの、重い空気がこの部屋中に立ち込めていた。

「君が彼を気に入っているのはよくわかったよ。ただ、そのクレイムをするかしないかというところまで行っているとは私はまだ聞いていない」

 そういうと、社長はまたマネージャーのほうへと視線を送った。

「その辺は俺たちの話なんで、マネージャーにも言ってないです」

 現場での冬真しかみたことがない者にとっては、普段と違い態度が悪いと思われるかもしれないが、これでも冬真は怒っているわけではなかった。
 こんな反抗的な態度だが、むしろ怒られるのは自分だと自覚はしていたし、真面目な話をしているのもわかっている。
ただ、どうにも気になる点が一つあり、それがこの態度に現れていた。それは、目の前に座る社長が冬真の目を一度もしっかりとみていないことだった。

「彼とはいつから?」
「怪盗と探偵と忍者の撮影に初めていった後からです」
「まだ半年もたっていないじゃないか」

 言われてみれば意外と短いと思い返した。随分知った気になっていたが、力也を丸ごと手に入れるにはまだ時間が必要だろう。
 別にクレイムしてから、知ればいいと言われればそうだが、クレイムする前はクレイムする前に知っておいたほうが損なわずに済む。

「大抵どのぐらいでクレイムするものなんですか?」
「さあ?」
「さあって…」
「Domによってなんで、俺の行っていた学校では急ぐなと言っていましたけど。大抵のDomは独占欲が強いんで逃げる前にクレイムしちゃうと思います」

 その言葉に、二人は嫌そうに顔をしかめた。対する冬真は、見慣れた反応というように気に止めた様子もない。こんな時、人の目を気にするものや多くのSubは傷つくだろう。だが、そんな物は最愛の人にさえ、我を通すDomには気にもならないことだった。


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