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第十一話【返済と見舞い】後

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 ジムでのトレーニングを終え、ちょっと遅めの昼食をとり、時間を確認する。

(充分間に合いそうだな)

 今日のうちにいけるなら行っておきたい場所があった力也は、少し早めにスポーツジムをあとにした。

「これ一つください」

 こんなことでなければ利用しない、少し高めのチョコレートのセットを買う。
 贈り物かと聞かれ、ただの土産だと返し、カバンに入れ目的地へ向かう。

 電車に乗り、向かった先は高級マンションのような建物だった。

「お世話になります。滝上力也です。面会にきました」
「どうぞ、力也君」

 入口で名前を告げれば、自動ドアが開き中へと入れるようになる。厳重なセキュリティのそこはSubの保護施設だ。
 力也の母はここに力也が中学3年の秋から入居していた。

「母さん、久しぶり。遊びに来たよ」

 閉まることのないドアの向こう、ベッドの上に両手足を縛られ母はいた。
 力也が部屋に入ってきて、話しかけても何の反応も返さない母の傍へと座ると手足についているバンドを外す。

「イヤー!!」

 途端に叫び出した母の腕を掴み、声をかける。

「大丈夫、俺だよ。落ち着いて」

 ガタガタと震える肩を抱きしめ、怖くないと声をかけることもできずにその背を少し強めに叩く。
 途端にビクッと動きを止めた母の首に、先ほど取ったばかりのバンドを巻き付ける。

「ほら首輪」
「あぁぁ…」

 落ち着いたことを確認し今度は、バックの中から先ほど買ったチョコレートを取り出した。

「お土産だよ」

 口に運べば、その瞳に何も映さないまま、母はそれを口にした。昔、一緒に住んでいたころに一度だけもらって食べたことのあるチョコレート、喜んで食べていたそれを母はなんの反応も返さないまま食べていた。

「力也君、少しいいかな?」
「はい」

 コンコンと軽いノックの後、入ってきたこの保護施設の職員でもあるカウンセラーは2人の様子をみて穏やかに笑った。

「今日もお土産持ってきてくれたんだね」
「いつも母がお世話になっています」
「それで、お母さんの状態についてなんだけど…」
「少し瘦せましたか」
「やはり気づいたんだね。そうなんだよ、最近は自傷もなくなってきてんだけど、その代わり命令されないとご飯を食べてくれなくてね」

 ここに入居する前からも元々細かった母は、一時期は少し落ち着いたものの、また痩せてきていた。

「私がついて、食べさせられたらいいんだけど」
「いえ、忙しいのにありがとうございます」
「それで、提案なんだけど、床式に変えてもいいかな?」
「給餌ですか」

 床式というのは、床に置いた食器に柔らかい食事をいれて出す方法だ。給餌とも言われ、ペットプレイの一つでもある。この施設では、人間らしい立場から家畜などの立場に落とすことにより、余計な抵抗を無くす方法として用いられている。

「どうしても無理というなら、点滴と言う方法もあるけど」
「大丈夫です。母がそれで食べてくれるならそうしてください」

 いくらSubとはいえ、この施設に入ってまでそんな扱いを受ける事を嫌がる人も多い。そういう時には家族に相談することになっている。
 力也も自分はともかく、こんな状態にまでなっても虐げられることでしか命をつなげられないことに思うとこがないわけでもない。それでも、それが一番手っ取り早く確実だというなら受け入れる。

「母さん、ちゃんとご飯じゃなくて、餌食べなきゃだめだよ。先生、母のことよろしくお願いします」
「わかった」

 穏やかな微笑みを浮かべるこのカウンセラーも実はDomだ。度重なるDomからの虐待により、サブドロップから戻ってこられなくなってしまったSubを守るこの施設は、入居者を守るため本来はDomの立ち入りは禁止されている。しかし、Domによって心を壊されていながら、入居者の多くはDomでしかコントロールできない。その結果、職員を含め数人のDomがここに努めている。

「それともう一つ力也君にお願いしたいことがあるんだけど」
「はい、なんですか?」
「修二君が最近来ていないんだ。そろそろ一度見ておきたいんだけど」
「修二さんなら、今日会いましたよ。撮影もひと段落したのでもう来れると思いますよ。先生が呼んでたと伝えておきます」
「頼むよ」

 修二は、過去に自分のパートナーを不慮の事故で失って以来誰ともパートナーになろうとはせずに兄の翔壱相手に疑似Playを続けている。信頼したパートナーを失うことはSubの心に深い傷をつける。修二も後を追おうとしたのをギリギリで兄と力也に止められ、以来このカウンセラーの元に定期的にカウンセリングに訪れている。

「コマンドを出した方が確実だとはわかっているんだけどね」
「大丈夫俺からしつこく言っておきます。ついでに翔壱さんにも連絡しておくのですぐに来ると思いますよ」
「ありがとう頼んだよ」
「はい」

 カウンセラーとして、連絡先は知っているけれども多くの入居者を見なくてはならない彼にはその時間も惜しく、親しい者が仲介役をしてくれるならば助かる。

「力也君はどう?いい人見つかった?」
「一応、最近相手してくれる人がいるので助かってます」
「そう、それならよかった」

 それ以上詳しく聞くことはせずに、カウンセラーはごゆっくりとだけ残して出て行ってしまった。

「母さん、もう一個食べる?」

相変わらず焦点の合わない母の口の傍に、大好きなはずのチョコレートを近づけた。そうして力也は日中の面会時間終了までの時間をここで過ごした。

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