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第四話【ギャップ】前

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 撮影現場を後にして、冬真はいま力也を後ろに乗せバイクを走らせている。ヘルメットを貸せばあっさりと受け取り、乗れと言えばなんの躊躇いもなく抱き着いてきた。

「どこいく」
「腹減ったからとりあえず飯」
「リクエストは?」
「腹いっぱいになればなんでもいい」

 背中から聞こえてくる返事は、撮影現場のときとは違い隔たりを感じさせないものだった。
 しかし、背中越しではその顔を見ることはできない。たとえ、心を許しているかのように抱き着かれているのだとしても、実際にはわからない。
 バイクから降りたらまたあの冷たい反応に戻るのだろうか、この熱は勘違いなのか、早くつけと長く続けというジレンマを抱えながら冬真はバイクを走らせた。

「うまかった!」
「よりゃよかった」

 結果から言うと、あの時感じた態度はバイクから降りても変わることなく、大盛りが売りの食堂でメニューを選ぶときもまるで友人にでも接するかのように話しかけてきた。
 どうやらあの現場での態度やパーティでの態度は警戒心からのものだったらしい。

「ってか別におごってくれなくてもよかったのに」
「この前の詫びだと思っとけ」
「なら、デザートも頼めばよかった」
「あんだけ食べてよく入るな」
「そりゃ、基礎代謝が違うし」

 返事の一つとっても気安い感じで返ってくる。まるで懐いた後輩のような軽口に、歩調を合わせつつけして追い抜かさない速度はけして不快ではなく、心地いいものだった。

「で、どこでする?」
「こっちだ」

 従順に後をついてくる力也を伴って、冬真が向かったのはダイナミクス用の部屋があるホテルだった。
 ダイナミクス用のホテルは普通のラブホテルとは違い、Play用の部屋がある。拘束具やおもちゃの種類も部屋の種類も多種多様なものになっている。

「Playスタイルの希望は?」
「明日も撮影あるからやりすぎなければ大丈夫」
「お前より体力ねぇからそもそも無理」
「確かに」

 冗談交じりに返せば、ククッと楽し気な笑い声が返ってくる。こんな軽口を言い合えるのが久しぶりで、それがこれから自分が支配するSubというのも少しおもしろかった。

「じゃあ、ここで」

 適当に選んだのは一番普通の部屋だった。床一面クッションマットが引かれているその部屋は広めの風呂が部屋のど真ん中にあること以外は普通の部屋だ。

「そいや、そっちこそ口調とかの希望は?」
「口調?」
「敬語とか、様付けとか」
「しなくていい」

 確かにわかりやすく上に立っているという、口調を好むDomは多いが冬真はそうではなかった。と、いうよりは、敬語はむしろあの業務じみた対応が思い起こされて楽しめる気がしない。

「セーフワードは?」
「マイルド」

 Domの要望に耐え切れなくなったときに発するセーフワードを決める。これを言われたらどんな状態でもやめなくてはいけない。

「わかった。じゃあ、始めるぞ」

 気持ちを切り替えた冬真が散々浴びせても反応をしなかったグレアを浴びせれば、力也の雰囲気が変わった。

「力也、Kneel」【お座り】

 その瞬間、力也はその場に尻をつけ両手を両膝の間につく基本姿勢をとった。反抗する様子などなく、素直に受け入れ冬真の姿をじっと見つめる。

「Come」【こい】

 そう呼べば、立とうとはせず両手両足を使い、傍に寄ってきた。そうして傍によると再び、お座りの体制をとる。今日が初めてのPlayだというのに随分道に入った姿だった。

「Good」【よし】

 頭に手を置けば、おとなしく撫でられる。多くのSubは受け入れたDomからのコマンドと誉め言葉に熱に浮かされたようになる。しかし、力也は撫でる手を受け入れながらも、視線は外さずじっとみていた。

(これは…)

 今まで相手をしてきた愛玩用のSubとは違うその瞳は、期待も興奮もしてないとわかる。
 それでも冷めているわけではなく、聞き入っているといった方がいいかもしれない。

(試してみるか)

「力也、Down」【伏せ】

 すっと伏せの姿勢になる力也に更に命令を下す。

「Roll」【転がれ】

 お腹を上にした姿勢になるも、手も足も延ばすことはせずそのまま折り曲げている。
 試しにお腹に手をあて、軽く撫でれば軽く身体を揺らす。

「お前、意外と犬っぽいな」
「こういうのがうけがいいかなと思ってんのにダメだった?」
「ダメじゃねぇよ」
「ならよかった」

 やっと発した声は楽しそうなもので、嫌がっているわけじゃないとわかる。どちらかというと遊んでいるといった方が正しいのかもしれない。
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