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第二十九話「氷の街」
しおりを挟むエリーとウィリアムは、水の都トレーネに向かっていた。列車か船で行けるのだが、行く時は列車にして帰る時に船にしようという話になった。エリーとウィリアムが向かい合い、窓際にリヒト。サラとシェルとは駅で合流することになっている。ダニエルは別の用事があり、祭り当日に行くとのこと。そして、アンナは――。
「……すまない」
突然ウィリアムが声を発し、エリーはきょとんとして窓の外から視線を移した。
「アンナさんのことですか?」
「ああ」
「……謝らないでください」
そう言ってエリーは切なそうに微笑む。アンナは、今回の祭りには参加しない。そう言っていたらしい。言い合いをしたウィリアムと会うのが嫌なのか、それとも。リヒトがエリーの髪を引っ張る。ぼーっとしていたエリーはそれに反応して窓の外へ視線を戻した。
外にはガラスで出来たような、透明感のある大きな街。エリーは驚いたように窓に張り付いた。
「これが……トレーネ」
ガラスで出来ている、という認識はあながち間違いではないようだった。駅に着き、列車から降りる。足元を見ると、海が広がっていた。地面が全てガラス張りのように、下が見えるようになっているのだ。
「エリー」
「あ、シェル」
「……こんにちは」
「サラさん! こんにちは」
挨拶を交わし、そして改めて駅を出て街に入る。そこには、白く、青い、幻想的な街が広がっていた。
「わぁ……」
思わず感嘆のため息を漏らす。リヒトも口を半開きにして街を見ている。
「すげぇだろ。氷で出来てるんだぜ」
「これ、全部……ですか?」
「おー」
エリーは傍に建っていた建物に触れてみた。氷だと言われて身構えていたが、冷たさはないようだ。
「冷たかったら生活していけねぇからな。特殊な氷らしいぜ」
「そうなんですね」
エリーは物珍しそうに街をきょろきょろと見回す。今までに見てきた街とはまた違った景色だ。
水の都というだけあって、あっちこっちで水が流れている。水路が所々に引いてあり、風の都よりも立派な噴水もある。街の中も地面が全て透けて見えていて、海の中で泳ぐ魚たちの姿を見ることが出来た。
「あっちに、港」
そう言ってサラが街の奥を指さす。近付いていくと、確かにそこには港があり、いくつもの船が泊まっていた。水と氷で溢れている。そんな街だ。
「素敵な街ですね」
そう言ってエリーは街から、顔を上げる。サラが優しく微笑んでくれる。エリーはそれに笑みを返した。いつもなら、美しいサラの微笑と共に、楽しそうな笑顔のアンナがいた。かすかに沈んだ気持ちに気付かないふりをして、エリーは街の景色を楽しむことに集中した。
宿に着くと、そこには見覚えのある顔がいた。リートとシャール、そしてカイだ。
「こんにちは」
「こんにちは」
カイの挨拶に、エリーも元気よく返す。
「もしかして、こちらの宿もカイさんが……」
「違う違う。俺がやってるのは大地の都だけ。今日は客だよ」
「皆さんと一緒に泊まらせていただくんですよ」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
カイに続いて、シャールとリートも言葉を繋げる。エリーは嬉しそうに笑った。
「貴様、泉には行ったか」
「泉、ですか?」
「ああ。街の西側に大きな泉の公園があるんだ」
「そうなんですか」
「行ってみるといい。飯の時間にはまだ早いだろう」
「そうですね」
そう言って目をキラキラさせるエリー。その大きな泉の公園を見てみたいのだろう。
「行くか?」
シェルの言葉に大きく頷く。リヒトも同様に何度も頷いている。その泉にも妖精がいるのだろうか。
「……俺は宿にいる。楽しんでこい」
「あ……はい」
ウィリアムは荷物と共に宿へ入っていく。エリーは少し寂しげな顔でそれを見送った。サラもどうやら宿に残るようだ。シェルもまた寂しそうな顔をする。
「……じゃあ、行こう」
「はい」
街の西側へ行くと、そこには確かに街の数倍は水の流れる大きな公園があった。あちこちが階段のようになっており、水が絶え間なく流れている。人の通る道には水は流れていないようだが、ぼーっとしていたらすぐに足を濡らしてしまいそうだ。
「素敵ですね」
「すげぇよな」
そうして公園を回ろうとすると、すぐそばの泉からひょこっと顔が出てきた。エリーは驚いたようにビクッとする。しかしよく見ると、それはビアンカだった。
「ハイ、エリー」
「ビアンカさん、こんにちは」
「来てくれたのね」
「もちろんです」
「あら、シェル坊もいるのね」
「……気付いてただろ」
「ごめんね。見えてなかったわ」
「そこまで身長低くねぇよ!」
シェルの言葉にビアンカがふふっと不敵に笑う。
「この街はいいでしょう?」
「はい! とっても素敵です」
「エリーならそう言うと思った。楽しんでいって」
「もちろんです!」
そして尾びれを揺らしながら、エリーに手を振った。
「じゃあそろそろ行くわね。明日の準備をしなくっちゃ」
「はい。明日、楽しみにしてますね」
「えぇ。素晴らしい祭りにするわね」
そう言ってビアンカは泉に奥へ潜っていった。どうやらこの公園の泉は、海に繋がっているようだ。明日の祭りを楽しみにしながら、エリーはシェルと街を散策した。
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