21 / 52
第二十話「森のお茶会」
しおりを挟む温かい日差しでエリーは目を覚ました。ゆっくり起き上がり、枕元で眠るリヒトの姿を確認する。横を見ると、まだ眠っているアンナと、エリー同様にベッド上で起き上がっているサラの姿。目が合うと、サラは優しく微笑んだ。
「……おはよう」
「おはようございます」
火炎の都の祭りの時は太鼓の音で目を覚ましていたが、今日はそれがない。ベッドから下り、窓を開けてみる。ふわりと森の香りがした。外を見ると、そこには丸い木のテーブルがたくさん。そしてその周りに座る人々に、自由に歩き回っている動物。テーブルの上には、ティーカップやお菓子がたくさん置かれている。
「んー」
アンナの声がして、エリーは窓の外から視線を外した。
「おはよう」
「あ、サラ。おはよう」
「おはようございます」
「エリー、おはよう」
軽く伸びをしながらアンナは起き上がった。そして寝起きとは思えないくらい元気そうに笑った。
「今日は森のお茶会ね。早く着替えて行きましょうか」
「はい!」
すると、サラがクローゼットから三着のワンピースを取り出した。緑を基調としたものと、茶色を基調としたもの。エリーが渡されたのは、白を基調としたワンピースだ。素朴な色合いだが、花が散りばめられていて華やかなデザイン。
「わぁ、素敵ですね」
「そうでしょ? 森の植物を使って作られたんですって」
アンナが楽しそうに笑う。エリーは感心したようにワンピースをじっと見つめる。
「見てないで着替えて。私お腹空いちゃった」
「はい」
着替え終わると、エリーは起きたばかりのリヒトに見せつけるようにくるくる回った。リヒトはぼんやりとそれを見ている。
「エリー、これも」
「はい?」
そう言ってアンナはエリーの頭に何かを乗せる。鏡を見てみると、花の冠を頭に乗せていた。
「似合うわよ」
「わぁ、ありがとうございます!」
にこにこするエリーに、嬉しそうなアンナ。サラも穏やかな表情をしている。
「お祭りっていつもこうしてお洋服が用意されているんですか?」
「まぁね。着たい人だけ予約しておくって感じだけど」
そう言ってアンナは笑う。そんな彼女は耳の上に花を挿していて、緑メインのワンピースを着ている。姿勢よくこちらを見ているサラは、茶色のワンピースに、髪を花の紐で結わえている。皆とても似合っている。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「はい」
「……うん」
三人が揃って玄関へ向かうと、そこにはウィリアムたちが既に待機していた。エリー達ほどの華やかさはなかったが、やはり素朴な色合いの服を着ている。ウィリアムと目が合い、エリーはふわりと微笑んだ。
「お待たせしました!」
外に出ると、先程窓から見た光景があった。祭りというより、お茶会だ。
「森のお茶会、ですか」
「ああ」
やはりいつもより返事の早いウィリアム。エリーはくすっと笑って、周りをきょろきょろと見回している。
「おはよう」
ふと聞こえた声に、皆は振り返る。そこにはカイとリート、そしてシャールがいた。リートとシャールはエリー達よりも草花が多く施されたドレスを着ていて、とても華やかだ。よく似合っている。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
エリーが声を掛けると、リートがエリーを見上げて挨拶を返す。
「あの、とても、素敵です」
「エリーも似合っているぞ」
淡々とリートがエリーに返す。表情の変化はウィリアムよりも乏しいようだ。
「午後からは音楽の時間がございますので、お相手を見つけておいてくださいね」
「音楽の時間……?」
シャールの言葉にエリーは首を傾げる。近くにいたリートが、口を開く。
「舞踏会のようなものだ。男女ペアになって、踊る」
「そうそう。午前中はたっぷり食べて、午後はたっぷり踊るのよ」
アンナがエリーに抱き着きながら楽しそうにそう言って、続ける。
「もちろん、午後もケーキを食べたり紅茶を飲んだりしてもいいわよ」
「森の動物と戯れてもいいし、踊ってもいい。自由を楽しむのが、森のお茶会だ」
アンナとリートの言葉にエリーは頷いて笑う。聞いただけでなんだか素敵な祭りだとエリーは感じた。ちなみにリヒトは既にテーブルの上でお菓子を食べている。
リート達が去ると、アンナはにかっと笑ってウィリアムの肩を叩いた。
「ウィル。エリーは任せたわよ」
「ああ」
迷わず頷くウィリアムに、エリーはきょとんとする。何を任せるのだろう。
「何を不思議そうにしてんのよ。ダンスのペアのことよ」
「えっと、あの、よろしいんですか……?」
「……俺はお前と踊りたい。嫌だったら断ってもいい」
「いえ、嫌だなんて、そんな」
エリーはあたふたしながら一生懸命言葉を続ける。
「あの、よろしくお願いします」
ほのかに頬を桃色に染めながらエリーはウィリアムを笑顔で見る。表情の乏しいウィリアムの口角もかすかに上がっている。
「決まったんならもういいわね。エリー、サラ、食べるわよ」
楽しそうにそう言ってエリーはアンナに引っ張られる。サラもそれに続く。向かう先はリヒトが既にお菓子をたくさん食べている小さな丸いテーブルだ。お菓子が終わってしまう心配はなさそうだが、それにしてもリヒトは食べ過ぎている。エリーは少し呆れたような視線を送った。
「いきなりお菓子でもいいけど、まずは朝食にしないとね」
アンナはそう言ってサンドイッチに手を伸ばす。エリーも手に取り、口に運んだ。
「美味しいです」
「でしょ? ここの食べ物は絶品なのよ」
得意気に笑うアンナに、エリーは尋ねる。
「あの、アンナさんとサラさんのパートナーは……」
「あぁ、ダンスの? 私はダニーよ」
「……シェル」
当然のように言う二人。しかし二人がダンスに誘ったり誘われたりしている様子は見られなかった。
「もしかして、毎年そうなんですか?」
「まぁね。たまーに変わったりするけど、基本的にはいつも同じよ」
アンナの言葉にエリーは感心して頷く。本当に仲が良いのだ、とエリーは温かい気持ちになる。しかしどこか引っかかる。
「あ、来た来た」
明るいアンナの声にハッとする。エリーはぼーっとサンドイッチを手にしていた。アンナの方へ視線を移すと、そこには大きな鹿がいた。先程までいなかったが、テーブルにも何匹かのリスが現れている。
「森のお茶会の日はね、森の動物たちが街にやってくるのよ」
「そうなんですか!」
エリーは笑顔でそっと近くのリスに手を伸ばす。鼻をひくひくさせながら、リスは近付いてくる。エリーはふと思い立ち、サンドイッチの一部をリスに差し出す。サッと素早く奪われ、テーブルの端でそれを食べ始めた。
「可愛い」
エリーの言葉にアンナとサラが頷く。リヒトがどこか不機嫌そうなのは、小動物に敵対心を抱いているからだろうか。次々と集まってくる動物たちに、エリーは笑顔で戯れる。森の愉快な仲間たちと共に、エリー達は食事をとることになった。
午後になると、動物たちがそわそわしだした。それを不思議そうに見ていると、今度はお茶会を楽しんでいた人間たちも立ち上がり始める。程なくして、街に聞き覚えのある声が響き渡った。
『まもなく、音楽の時間です。パートナーと共に街の中央にお集まりください』
この穏やかな声は、シャールのものだ。それを聞きながらぼーっとしていると、別のテーブルで食事をしていたはずのダニエルがやってきた。いつもと変わらない笑顔だ。
「アンナ」
「あら、ダニー。遅いわよ」
「それはそれは、失礼致しました。……僕と踊っていただけますか?」
「ふふ、どうしようかしら」
「……アンナ」
「冗談よ。踊りましょう」
そう言ってアンナとダニエルはテーブルの傍を離れていく。それを見つめていると、今度はシェルが現れた。全身から発熱しているかのように顔から首まで、そして手も赤くなっている。
「……サ、サラ」
「……シェル」
「あー、っと、その、オレと、踊ってくだ、さい」
「……」
「……」
「……はい」
「……っ! っしゃ!」
二人もまた、テーブルの傍を離れていく。エリーはなんだか嬉しそうな表情だ。ふとテーブルの上に視線を移すと、リヒトが身だしなみを整えている。それを眺めていると、リヒトはエリーを真っ直ぐに見つめた。そして優雅な仕草でお辞儀をしたかと思えば、今度は小さな手をエリーに差し出した。エリーはにっこり笑って、テーブルの上に手を伸ばそうとした。
「……食事は済んだか」
ふと上から降ってきた低い声に、エリーは顔を上げた。ウィリアムだ。伸ばしかけていた手は、リヒトに届いていない。リヒトは少しむっとしたように腕を組み、そして何事もなかったかのようにエリーの頭に腰を下ろした。ついていくつもりなのだろう。エリーが立ち上がると、ウィリアムはそっと手を差し出した。
「……踊っていただけますか」
「……はい」
エリーが笑顔で手を預けると、ウィリアムはわずかに微笑んでその手に口づけをした。エリーは少し驚いたように小さく声を出す。リヒトはまたしてもむっと唇を尖らせた。
街の中央へ向かうと、既に優雅な音楽と共にたくさんの人が踊っていた。お互い笑顔で手慣れたように踊るダニエルとアンナ。少し緊張した様子のシェルに、そっと微笑んで相手の踊りやすいように動くサラ。カイは小柄さを感じさせないくらい堂々と踊っていて、その相手のシャールはかすかに頬を染めて嬉しそうにしている。リートは優雅に紅茶を飲みながらそれを眺めている。森の動物たちは、まるで祭りの雰囲気を楽しむように街中を歩き回っていた。
雰囲気を壊したくないと思いつつも、エリーはウィリアムに声を掛けた。
「……あの、私、ダンスはよくわからないのですが……」
しかしウィリアムは気にした様子もなく、エリーの手を取り、支えるようにして背中に手を滑らせる。
「大丈夫だ」
根拠のない言葉に、エリーは不安げに眉を下げる。しかしウィリアムはいつも通りの表情だ。
「……お前は、大丈夫だ」
いまだかつて聞いたことのない程に、その言葉は自信に満ちているようだった。その言葉にエリーは力を抜き、手をそっとウィリアムの腕に置いた。わずかに微笑み、そして二人は踊り始める。エリーは全く踊れる気がしていなかったが、音楽に合わせてスムーズに踊ることができている。リヒトもリラックスしたようにエリーの頭の上に居座っていた。
「……大丈夫だろう」
「ふふ、はい」
ウィリアムの言葉にエリーは微笑んだ。きっとウィリアムの動きが良いのだ。エリーは完全にウィリアムに身を任せ、踊っていた。今までのパートナーはきっとすごく幸せだったのだろうな、とエリーはしみじみと思う。
いつもと違う皆の雰囲気。その雰囲気に新たな一面を見つけ、そして更に絆が深められたようだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる