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第十七話「迷子の人形」
しおりを挟むエリーはお菓子屋へと向かっていた。当然頭の上にはリヒトを乗せている。最近よく見る、風の都ヴィルベルでの光景だ。
「エリーちゃん、こんにちは」
「こんにちは」
街でもよく声を掛けられるようになった。街の一員として認められたようで、なんだか嬉しい。エリーはにやにやしながら街を歩いていく。リヒトもまた、嬉しそうににやにやしている。リヒトの場合、お菓子屋に行くのが嬉しいだけかも知れないが。
「エリーちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは」
「いつもありがとうね」
「いえ、こちらこそ。いつも美味しいお菓子をありがとうございます!」
お菓子屋に着くと、いつもの女性の店員がにこやかに出迎えてくれた。挨拶を済ませ、エリーはこじんまりとした店内をふらふら歩く。リヒトは先程から興奮を隠せないようで、今にもよだれが出そうだ。妖精は皆、菓子を好むのだろうか。エリーは今度泉にも持って行ってみようと決めた。
「どれがいい?」
小声でリヒトに聞くと、リヒトはいくつかのお菓子の上でふわふわと飛び回る。まだ悩んでいるようだ。そして懇願するような切ない表情でエリーを見つめる。しかしエリーは首を振った。
「全部はダメだよ」
リヒトは悲しそうな顔をして、お菓子の厳選作業に入った。これはしばらくかかりそうだ。エリーは店内をぐるぐる回って、リヒトの決断を待つことにした。
「ありがとうございました」
店員に見送られ、エリーはお菓子屋を後にする。リヒトは嬉しそうに飛んでいる。エリーの持つ袋には三種類のクッキーにカップケーキ、そしてドーナツが入っている。これでも厳選した方だと言わんばかりのリヒトの表情には納得がいかない。
まぁいいかとエリーはぶらぶらと街を歩く。このまま真っ直ぐ帰るのもなんだかもったいないため、泉にでも寄ろうか。そんなことを考えている。
「リヒト、泉行きたい?」
エリーの言葉にリヒトは機嫌よく頷く。わかりやすい奴だ。
泉に辿り着いたエリーとリヒトは、見慣れない人影を見つけた。少女だ。白菫色のふわふわの長い髪に、黒いリボン。黒地に白いフリルとリボンのドレスを着ていて、スカート部分が大きく広がっている。儚げに整った顔立ち。身長は子供のようだが、顔はどことなく大人びて見える。
声を掛けることもできず、エリーはその少女の姿に見とれていた。泉をじっと見つめていたその少女は、ゆっくりとエリーの方を向く。表情の読み取れない顔で、じっとエリーを見つめた。
「あ、あの……?」
エリーはハッとして声を掛けた。泉で誰かに出会うのは、シェルに初めて会った時以来だ。リヒトも不思議そうに少女を見ている。
「貴様は誰だ」
その小さな口から綺麗な凛とした声が発せられた。しかし予想外の言葉遣いに、エリーの返答は遅れてしまう。
「……あ、えっと、エリー……です」
「エリーというのだな。美しい名だ」
「ありがとうございます……?」
エリーは困ったようにお礼を言う。正体不明の少女の登場に完全に動揺していた。
「私はリートだ。よろしく頼む」
「は、はい! よろしくお願いします!」
わけの分からないまま自己紹介をし合う。戸惑っていると、リートは立ち上がって、エリーの傍までやってきた。
「時にエリー」
「は、はい」
「ここで会ったのも何かの縁だろう。頼みを聞いてくれないか」
「頼み……ですか?」
エリーは不思議そうに首を傾げてリートを見下ろす。本当に子供のように小柄だ。リヒトと顔を見合わせると、リヒトもまた首を傾げていた。
「あぁ」
「私にできることでしたら……」
「実は行きたい所があるのだが、この森を抜け出せなくてな。案内を頼みたい」
「案内、ですか。もちろんいいですよ」
「助かる」
「ふふ、こちらへどうぞ」
リートを連れて、エリーは来たばかりの泉を去る。最初は驚いて戸惑ってしまったが、可愛らしい少女の案内ができるのはエリーも嬉しい。
森を抜けると、リートはお礼を言って立ち去った。その後ろ姿を名残惜し気に見つめ、エリーは気を取り直して再び泉に向かった。
「えぇっ」
思わず声が出た。泉に辿り着くと、そこにはリートの姿があったのだ。泉の傍でぼーっと立ちすくんでいる。
「また会ったな。先程は助かった。感謝する」
「い、いえ……それはいいんですが、何故またここに?」
「森を抜け出せなくなってな」
「さっき街に出たばかりですよね……?」
「私も困っているのだ」
表情を変えないリートは全く困ってなさそうだ。エリーは苦笑して、帰り道を指した。
「よろしければ、目的地まで案内しましょうか」
「本当か。助かる」
そうしてエリーは再びリートと泉を去ることになった。生粋の方向音痴とはこのことかとエリーは実感した。
再び街へ出向くと、エリーは改めてリートに向き直る。リヒトはエリーの頭の上で様子を伺っている。
「どこのお店へ行きたいんですか?」
「菓子屋だ」
リートの言葉にリヒトの瞳が輝く。それがわかったのか、エリーは苦笑した。
「ちょうどさっき行ってきたばかりなんですよ。こちらです」
リートを先程まで買い物をしていた店へと案内する。歩幅が違うようで、エリーはリートに合わせるようにゆっくり歩いた。
「こちらのお店です」
「そうか」
そう言ってリートは「少し待っていてくれ」と言って店内へと入っていった。中に入りたそうにエリーを見つめるリヒト。しかしエリーは無慈悲に首を横に振った。絶望したような顔をするリヒトを見て、エリーはくすっと笑った。
「待たせたな」
「あ、いえ……お買い物終わったんですか?」
「買い物をしに来たわけではない。店主に話があったんだ」
「そうだったんですか」
「ああ。本当に助かった。礼を言う」
「ふふ、お力になれたようでよかったです」
エリーがふわりと笑うと、リートはじっと無表情でその顔を見つめた。エリーは不思議そうに首を傾げる。
「どうかされました?」
「ああ……非常に言いにくいのだが」
「なんでしょう」
「実は他にも用事のある店がたくさんあるんだ」
リートの言葉にエリーはきょとんとして、弾けるように笑った。非常に言いにくいと言うから、何事かと思ったのだ。
「私にわかる限りでしたら、いくらでも案内しますよ」
「すまんな。また改めて礼をさせてもらう」
「いえいえ、お気になさらないでください」
そう言って再びエリーはリートと共に歩き出す。人に頼られるのは嬉しいことだな、とエリーはご機嫌で街の案内を始めた。
夕暮れ時、空が徐々に紫のような、桃色のような色に変わっていく時刻。用事を済ませたリートをエリーは最後に駅まで案内した。一日一緒にいたからか、何だか名残惜しい。
「今日はありがとうございました」
「それはこちらの台詞だろう? 本当に助かった。どうもありがとう」
ふわふわの髪を揺らしながら、リートはぺこりと頭を下げた。エリーはその仕草に笑みを返し、ふと思いついたように「あっ」と声を出した。
「リートさん、これ。よかったらもらってください」
そう言ってエリーが差し出したのは、リヒトと共に購入したクッキーの小さな袋。そんなエリーに、リヒトは絶望を隠しきれない表情をした。
「……いいのか」
「もちろんです」
エリーの笑顔に、リートはふっと笑った。その笑みにエリーが感動する間もなく、リートは表情を戻した。
「今日の礼というわけではないが……これをもらってくれないか」
「お手紙、ですか?」
リートが差し出したのは、真っ白な封筒だった。受け取ると、ふわりと花のような匂いがした。
「招待状だ」
「招待状……?」
「ああ。もうすぐ大地の都、レームで祭りが開催されるんだ。是非来て欲しい」
祭り、という言葉にエリーはハッとした。それぞれの都では、毎年祭りが開催されるということを思い出したのだ。
「わぁ……! ありがとうございます!」
リートが街のあちこちを回っていたのは、招待状を送るためだったらしい。エリーはふふっと笑って手紙を大切そうに抱いた。
「また会える日を楽しみにしている」
「私も楽しみです!」
二人の間に和やかな空気が流れる。リヒトは呆然としていた。まだ立ち直っていないようだ。
「姉さま!」
透き通った声が聞こえ、エリーはリートの後ろに目を向けた。そこには、リートと似たような背格好の少女が立っていた。月白のふわふわの髪と、リートとは逆の配色の白地に黒のドレス。こちらもまた愛らしい少女だ。
「姉さま、お迎えに参りました」
「シャールか。ご苦労だったな」
口を半開きにさせながら二人のやりとりを見守るエリー。似た雰囲気の二人の少女は、人とは思えないくらい可愛らしい。
「えっと、あなたは……?」
「あ、わ、私、エリーといいます!」
交わす言葉に既視感を覚える。ふわりと笑う少女は、リートとは違って表情が豊かなようだ。
「エリーさんですね。私はシャールといいます」
丁寧にお辞儀をしながら、どこかのんびりした口調で言うシャール。お辞儀を返しながら、エリーは改めてその愛らしさに目を奪われる。
「私の妹だ」
相変わらずの無表情でそう言うリート。二人は並んでいるが、確かによく似ている。しかしどちらかというとシャールの方が少し背が高いような印象だ。瞳もリートはしっかりしていて、シャールは穏やかそうだ。
「エリーは今日、私を手伝ってくれたんだ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
「いえ、そんな、たいしたことはしてません」
「たいしたことですよ。姉さまは気が遠くなる程の方向音痴ですから」
「そこまでじゃないだろう」
「そこまでですよ、姉さま」
二人のやりとりに思わず笑みが零れる。それに気付いて、二人は照れたように顔を見合わせた。
「それでは、そろそろ失礼します」
「世話になったな」
二人の言葉にエリーはにっこりと笑った。ちなみにリヒトはまだ意識をどこかへ飛ばしている。
「またいらしてくださいね」
「ああ、もちろんだ。祭りもよかったら来てくれ」
「はい、もちろんです!」
挨拶を交わし、エリーは二人の姿を見送る。後ろ姿に見とれていると、「あっ」とエリーは声を出した。不思議と全く気付いていなかったが、二人の関節部分は球体になっていたのだ。
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