鉄籠の中の愛

百合桜餅

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第二章 アイに集っていく

アスカの物語

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「なんで」


「なんで、おとうさんと、おかあさんを…………」



 違う。それは、ウチがやったんじゃない。


「なんでころしたのぉ!!!!」




 違う。違う違う違う。だって、アレは――――――どっからどうみても化け物だった。だから、ウチはやってない。


「どうしてぇ!!!!!」



 家の中は、妹の泣き叫ぶ声が響き渡る。ウチの声も、お父さんとお母さんの声も、誰も発しない。妹だけ。
窓の外は、雨だった。つい一時間前までお母さんと「今日は雨止みそうにないね」って話していたのに。


 なんでなんでなんでと聞かれても、ウチの方が聞きたかった。『紙』を拾ってしまい、あのを開いたのがもう、全ての過ちの元だったのだろうか。


「おねぇちゃん!!!なんとか言ってよ!!!」



 ああ。








 うるさい。









◇◇◇


「おぇ…………」
 朝っぱらからウチは外でアスカたちと住むアパートの拠点で、嘔吐していた。少し汚れた便器に吐く。吐く。吐く。
 今日は何だか嫌な夢を見ていた。もう思い出せないが、どうせろくでもない事を夢で思い出していたのだろう。

 一通り吐き終わり、ウチの身体は幾分かマシになった。まだアスカもアイも起床していないので気分転換に外に出ようとすると、外はジメっとした空気に包まれ雨が降っていた。

「あめ……か」

 また、気分が悪くなりそう。今日はずっと家にいる事にしよう。幸い、あのビルで手に入れた食料は十分すぎる程にあるから。

 家に戻り、合成肉の缶詰を一人で食べているとアイとアスカが起きてきた。二人とも髪の毛はボサボサで思わずクスっと笑ってしまう。その光景が微笑ましくて。
「ん?どうしたのかしら?」
「いや、アイちゃんもアスカも、髪の毛が…………」
「そういえば、アスカの髪の毛が乱れています」
「いやいや、アイちゃんもだから!早く整えてきて!!!」

 本当に私の髪の毛は乱れているのでしょうかと言い、髪の乱れを未だに認めないアイを引きずりながらアスカとアイが洗面所へと向かう。その様子はまるで姉と妹のようで――――――





「――――――う」
 咄嗟に口を両手で抑える。もう喉にまで胃液が登ってきていた。まただ。今日はすこぶる調子が悪い。あのビルの経験が心身ともに負荷がかかっていたのか。

「大丈夫?リアラ?横になってても良いのよ」
「いや、うん。大丈夫。今日は、をする日だからね。ウチにとってもアスカにとってもアイにとっても、やっぱり自分たちの辿ってきた経緯は共有しておきたいし…………」
「…………そう。分かったわ。なるべく無理はしないで」
「あったりまえよぉ」


 心配そうな目を向けながらアスカは再び洗面所へと向かった。


 きっとウチは、まだ過去を引きずっている。家族を、妹を、未だに。



◇◇◇



「整いました」
「おぉーー!やっぱアイちゃん綺麗だねぇ」
 洗面所から帰ってきた二人はもう見違えるほどに綺麗になっていた。アイはその銀髪に宝石のような輝きを取り戻し、アスカは可愛らしくもあり熱情も感じる朱色の髪がつやつやになっていた。アスカは普段髪を後ろでまとめているが、家だとアイのようなロングヘアそのままで居てくれる。眼福。

 ちなみにウチは嘔吐した後、もう既に髪は整えた。やっぱり自分からは見えないにしても気分は良くなるものだ。


「今日は、何をするんですか?」
「今日はね、ウチとアスカの昔話を聞いて欲しいなぁって、そんな日。なんだかんだウチらってアイちゃんに質問はしてても、自分たちの事は全然話してない気がしてて」
「確かに私もアスカとリアラの過去には、興味があります」

「まあ、面白い話ではないわよ」

 壁にもたれかかりウチらの話を聞いているアスカは、明るいとは言えない表情をしている。ウチも今は笑顔でアイと接しているけれど、いざ自分の話をしだしたら…………どうなるか分からない。どんな顔をするんだろう。

「この街に住む人は大体ロクな人生を辿ってないから、そんな思い話でも良いなら――――――」
「はい。私は、アイは構いません。どんなお話であろうと、そのお話もアスカとリアラの一部です。私は二人を、出来るだけ全て理解したいです。家族のような存在なのですから。…………家族自体よく分かってませんが」
 ウチの言葉に対するアイの返答は凄くまっすぐだった。ウチらはたまたまアイを都市から奪い、たまたま目覚めさせて、たまたま匿う事にしただけなのに…………そんなにも想っていてくれるの…………。


「……………………おっけ。ウチもアスカも覚悟を決める」




「まずは私から、アスカのお話から…………ね」
 アスカは壁にもたれかかったまま、目を閉じ静かに語り始めた。


◇◇◇



 私、アスカ・リグレーは元は上流階級の出身だった。リグレー家の一人娘。生まれた時からレールが敷かれ、私はこのリグレー家を反映させるのが定められていたの。

「おい、アスカ!!昨日も教えただろう!ナイフやフォークは柄の部分を握るなと!包丁を持つように握るんだ!!」

 テーブルマナーなんて、大昔のバカげたルールを守らされたのはただただ苦痛だったわ。私はリアラと出会うまで『楽しく食事をした事が無かった』のよ。家で出される食事の方が勿論質が良いわ。でも、今の暮らしで食べるご飯の方がよっぽど美味ね。
 そもそもテーブルマナーを覚えさせられたのは上層部の人間の一部がそういったマナーにうるさいから、『レール』から外れないようにしたんでしょうね。結果的に私はこんなところに居る訳だけど。

 友達も作れなかった。いやまぁ、表面上は友好関係を多数築けていたわ。でも、それは本当に上辺だけ。結局知り合い以下でしか無かったの。私はこんな暮らしを『おかしい』と感じてはいたけれど、似た年で似た境遇の子に聞いても「でもこれからの暮らしは楽で優雅でしょ?」なんて……腑抜けた返事が返ってくるばかり。

「アスカ?貴方、お友達に変な事を聞いたってホントなの?そんな……失礼でしょ!!謝ってきなさい!!!ほら!!」

 母も、父も、今思うと凄く必死だったのが分かるわ。何故なのかしら。私が貴方たちにとっての『良い子』であっても関係ないだろうに……おかしな話ね。
 そんな両親を見る度に、虫唾が走る。自分がいかにバカバカしい人生を送っているのかと、自らを哀れに思う。もう14歳の頃には親とは話さなくなった。反抗期とちょうど被ってたけれど、私のその態度は今になっても覆ることは無かったの。

 日に日に孤立していく。家にも、外にも居場所が無い。心の黒い部分がこう……大きくなっていくのが分かった。アレを『病む』って言うのかしら?あんまり知らないけれど。
 でも確かにあの時の私――――特に18歳頃にはかなり精神的にも限界だったわ。

 ある日気づいたの。
「もう私は一人で生きていける」
ってね。

 小耳には下流階層の暮らしの事は聞いていたわ。日々命の危険に晒され、いつ命が終わってもおかしくなく、今日一日を生き延びるのが精一杯。そんな暮らしの人がほとんどだってね。ソレを聞いた時、私はこう思ったわ。

 なんて良い暮らしなのだろうって。

 今考えればあまりにも無謀かつ幼稚な考え。そんな暮らしの方が人生に価値を見出せるとか、生を実感出来るとか、あの時の私は既におかしくなってたと言っても良いわね。

 考え始めると頭の中が下流階層の暮らしの事で頭がいっぱいだったわ。もう、溢れて溢れて止まらなくて。気が付いたら家に書置きをして、全然知らない場所に立ってた。13区。この辺りの地区の名称だけど……まぁ、言ってしまえば衝動的に何も計画を立てずに家出をして、こんな遠い下流階層の地区に来ちゃったって事ね。

 幸い、人と戦うすべは親から教えて貰っていた。それだけでなんとか食っていけた。とりあえずはこの古いアパートの一室を手に入れられて、「案外なんとかなるわね」って思ってたの。

 でも結局私は孤独だった。

 上辺だけの友人も、私の『レール』に必死の両親も、ここには居ない。また、私の心の黒い部分が大きくなり始めた。もうこんな無茶な家出でも十分身を滅ぼしていたかもしれないのに、それでも私には足りなかったのよ。
 心のざわめきを必死に抑えようとして、あえて雨の中傘をさして散歩をしたわ。全く気分転換にはならなかったけれど、その時ね、出会ったの。


 リアラと。


「ちょっと貴方!?どうしたの!?」
 あの時のリアラは、なんというか、生気が無かったわ。瞳は曇ってて陰気な空気を漂わせてた。その上にあの雨の中傘もささずに突っ立ってたのよ。もうホントに、何事かと。心のざわめきが一瞬で吹き飛んだわ。
「しんで、しまって……」
「え、えぇ?誰が?」
「みんな……ウチの…………せいで」
「え、あ、え???まぁなんだか知らないけれど、とりあえず私の家に来なさい!!ほら!!」
 そうして私はリアラの腕を引っ張って、半ば強引に家に連れ込んで事情を聴いたのよね…………。


◇◇◇


「そんな事があったんですね。アスカが、お嬢様…………」
「お、お嬢様だなんて。そんな事ないわよぉ」
 アスカの耳が真っ赤になる。可愛い照れ隠ししちゃって、これだから最高なのだ。アスカという、女性は。ウチの宝物なのだ。


「ん?でも気になります」
「どうしたのかしら?…………あ、リアラの事?」
「はい」
 思わず身体がビクッとする。やっぱりウチにも回ってくるのかぁ…………。正直、昔の事を思い出すのは凄く嫌だ。

「り、リアラ…………。話したくない事なのですか?」
「え、いや、そんなこと無いってぇー!!あ、あは、はははは」
 まずい。顔に出ていたのか。アイに余計な心配はかけたくない……。


 腹をくくるしかないか。


「じゃあ次はウチの番だね。ウチの昔話の始まり始まりーーー!!」
「え、リアラ大丈夫なの?私が代わりに話しても良いけれど」
 アスカが心配そうに私の顔を覗いてくる。そんな顔もまた、可愛いのだ。
「ウチはだいじょーぶ!だいじょぶ!それに、アイちゃんには自分で伝えたいんだ。自分自身の事を」

 そしてウチは、アイの方に改めて向き――正座をした。アイもそんなウチの様子に緊張している様子だった。

「アイちゃん」
「は、はい」
「聞いてくれる?ウチのおはなし」
「はい!!聞きたいです!!アイはリアラの事を、もっともっと、知りたいんですッ!!!」



「じゃあ、始めるよ。コレは、一人の少女の後悔の物語――――――――――――」





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