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第21話

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 街の中心部を駆け抜けて、セレスタとカズヤは丘の上にあるフリッグ召喚騎士団のバルドル支部詰所に辿りついた。
 丘をのぼっている最中、遠くにある正門の方角に目をやると、広大な平原が黒色の軍勢に覆い尽くされていた。
 一刻も早く援軍を送らねばならない。
 だが、すでに要請を済ませているにも関わらず、詰所へ至るまでの間に応援に向かう騎士団員とすれ違うことはなかった。
 その理由は、詰所の入口までやってきて明らかとなった。
 詰所の敷地の手前に、白や黒の騎士団制服を身につけた数人の同僚と、正門からの移動に使ったと思しき二頭の馬が佇んでいた。

「あなたたちっ! こんなところでなにをしておりますのっ! いますぐ救援を出さねば、正門が陥落して多くの犠牲が出ることくらいわかるでしょうっ!」
「そんなの俺たちだってわかってるッ! だけどなぁッ!」

 セレスタに叱責されてた団員が、それ以前から額に浮かべていた苛立ちをさらに強くして、詰所との間にある虚空に手を伸ばす。
 何もない空間に男性騎士団員が触れた瞬間、
 その男の指先から半径1メートルくらいに薄墨の波紋が広がって、男の進入を阻んだ。

「ご覧の通り、わけのわからん見えない壁が邪魔で中に入れないんだよッ!」
「見えない壁……? 詰所に人の気配が感じられないのも、そのせいなのでしょうか」

 不可解なのは同僚が見せた現象だけでなく、詰所の中の様子についてもだ。
 例の事件を警戒するがゆえに、普段よりも圧倒的に多くの騎士団員が集まっているはずの詰所から、人が生活している空気を感じられない。
 昨日は召集された団員で溢れていた演習場でさえ、いまは誰の姿もなかった。

「こんなもんありえんだろ。俺たちは幻覚でも見せられてんのか?」
「犯人がフェアリーの守護者ガーディアンならば、幻を生み出すことも可能でしょう」
「魔法ってのはつくづく万能だな。だとしたらどうする? 破る方法はねぇのか?」
「あったとしても存じませんわ。……ですが――」

 このまま何もせずに引くわけにもいかないだろう。
 街の窮地――いや、自国が未曾有の危機に瀕しているのだ。
 無駄だと頭ではわかっているだろうが、詰所に近づいたセレスタは、見えざる障壁の阻む境界に細い腕を伸ばした。
 虚空に触れた彼女の手の指先は――

「――っ!」

 傍らに立つ同僚が触れたときのような黒い波紋ではなく、
 白く発光する光の中に沈んだ。

「な、なにっ!? 入れるようになったのかっ!?」

 思わぬ現象に動揺した同僚も再度試してみるが、伸ばす腕は変わらず漆黒に拒まれる。

「くそッ、やっぱ無理だッ!」
「カズヤ、あなたはどうなんですの?」

 右腕の手のひらを白光の先に隠したまま、セレスタはカズヤにも試すよう促す。
 セレスタとカズヤを除く団員たちは、総じて黒い波紋に拒絶されている。
 不可解な状況に当惑しつつもカズヤは指示に従って、セレスタの隣に並んで彼女と同じ方向に手を伸ばした。
 すると、カズヤの手もまた、セレスタと同様の眩い輝きに包まれた。

「なんだこれ……。なんで俺たちだけ拒まれねぇんだ?」
「きっと、これですわ」

 状況を把握したらしいセレスタの得心した声に振り向くと、彼女は自身の甲冑の下に隠れていた首飾りを手にしていた。

「そいつは……ガキの頃に女王からもらったっつー首飾りか」

 セレスタの手のひらで、首飾りに付いていた小さな宝石が白く発光している。
 その光は、いままさしくカズヤとセレスタの指先を覆っている色とまったく同じ色をしていた。

「カズヤはわたくしの守護者ですから、効力が及んでいるのでしょう。ルナフランソ様が、わたくしたちを守ってくださっているのですわ」
「よくわかんねぇが、俺たちは中に入れるっつーわけか」
「もしかすると、こういった事態を解決させるために、ルナフランソ様はわたくしに首飾りを託したのかもしれません」
「そいつはちょいと都合が良すぎる気がするが……迷ってる場合じゃねぇか」
「そういうことですわ。中で何が起きてるのかはわかりませんが、問題が起きているならば、わたくしたちで片づけますわよ!」

 自らを奮い立たせるように勇ましく宣言して、歩を進めたセレスタの身体が白光の壁の向こう側に消えていく。
 カズヤも意を決すると、セレスタを追って先の見えない境界に突入した。
 
         *
         
 光の壁を越えた先にあったのは、およそ数瞬前までと同じ世界、同じ時間とは思えない光景。
 白光のベールを潜ると、陽光の照らしていた世界が一転して、薄暗い暗闇に変貌した。
 目に映っている異状は、空が昼から夜に変わっただけではない。
 闇に覆われた詰所を囲う演習場が、うつ伏せで倒れている団員たちで溢れていた。
 さきほどまで見えなかった団員たちの出現に驚き、セレスタとカズヤは付近に倒れている団員のもとへ駆けつけて顔色を窺った。

「大丈夫ですの?」
「ぅ…………ぁ……」

 見たところ外傷はなく、意識もあるようだった。
 けれども身動きができず、言葉を発することも困難な状態にあるようだ。
 原因は不明だが、命を失っているわけではないと知り、ふたりはひとまず安堵した。

「なにか、特殊な力で縛り付けられているようですわね。こんな魔法は見たことがありませんが、こんな芸当ができるのは魔法以外にあり得ません。やはり、この件にはフェアリーの守護者が関わっているようですわね」
「犯人は詰所の中か?」
「演習場の裏手で隠れてるとも思えませんわ。おおかた、高い所に居座って、騎士団を支配する愉悦にでも浸っているのでしょう」

 自身の推測を語り、セレスタは円柱状の天高くまで伸びる詰所を見上げる。
 しかし犯人の視線はどこからも感じられない。
 カズヤは正面にある建物の入口に目をやった。

「俺たちの侵入に気づいて、中で歓迎する準備を整えてるのかもしれねぇな」
「そうですわね。――参りましょう」

 未だ見えざる巨悪の存在を確信して、カズヤとセレスタは団員たちの呻き声が反響する演習場を通り抜け、石造りの高層建造物の内部に進入した。
 
          *
          
 閉鎖された詰所の中では、団員たちの苦悶の声がより鮮明に響いていた。
 高い天井と周りを囲う冷たい石の壁に、広間のそこかしこで倒れている団員の無念が反射する。

「命に別状はないようですが、このまま精神と体力が疲弊したら危険ですわ。早急に犯人を見つけませんと」
「見たところ、一階にはいねぇようだな。やっぱ上が怪しいか」
「ですわね。急ぎますわよ」

 早々に一階層目の探索を切り上げて、建物の壁に沿う螺旋状の階段を、ふたりは足早にのぼっていった。

          *
          
 それは、長い階段を4階までのぼった直後に発見した。
 これまでは事件に巻き込まれている人物に深く関わりのある者はいなかったが、4階から5階へと続く階段の1段目に、見知った騎士の姿を発見したのだ。
 騎士は顔を引きつらせて、弧を描く壁にもたれかかり、階段の段差に座り込むようにして倒れていた。
 苦しみに必死に耐える騎士を視界に捉えたセレスタは悲鳴をあげ、その騎士の名前を叫びつつ無我夢中で駆け寄った。

「――ジェイド様ッ!!」
「ぅ……セレ……スタ……くん……」
「ジェイド様ぁっ!! お怪我はございませんか?」
「あ……ぁ……」

 さすがは他の騎士と一線を画する実力の持ち主といったところだろうか。
 搾り出すようなか細い音ではあるが、ジェイドは聞き取れる言葉を喋られるようだ。

「やつ……うえ……」
「上、でしょうか?」
「うえ…………ぐっ……」

 声を禁じられている状態で強引に喋れば、当然とてつもない負荷がかかるに違いない。
 短い単語を繰り返すことが、ジェイドでも精一杯であるらしい。
 しかし、それで充分だった。
 ジェイドが伝えようとしている事実を、カズヤたちが知るためには。

「――カズヤ、犯人はこの上の階ですわ」

 気力を振り絞って伝えられた助言を受けて、セレスタは階段を上階を目指して駆けていく。
 事件の解決を急ぐ彼女を追う途中、4階から5階に続く階段の中腹あたりで、カズヤは一度眼下のジェイドを見下ろした。
 依然として、ジェイドは身動きができぬまま苦悶の表情を浮かべている。
 無力化されている優秀な騎士の姿を目に焼きつけて、斜め上に位置する5階との境目にカズヤは視線を戻した。

          *
          
 5階にもまた、カズヤとセレスタの共通の知り合いが倒れていた。
 階段の近くで倒れていたジェイドと似たように、その人物は最上階である6階に繋がる階段のそばで、他の騎士と同様にうつ伏せで意識を朦朧とさせながら、苦しそうな声を漏らしていた。

「アヤネかっ!」
「っ! ……ぁ……ぐ……!」

 声をかけてカズヤがそばに寄るが、アヤネはジェイドのように言葉を発することは叶わない。
 カズヤと同じように第一開眼ファーストヴィジョンさえしていれば、尋常ならざる体力を得て、ともすればこの不可解な状況下でも自由に動けるのかもしれない。
 だが、カズヤと同じように平和な時間を過ごしてきたであろう生身の彼女には、この世界の騎士ですら抵抗できぬ拘束を解けるはずもなかった。
 無力に唸ることしかできないアヤネを見下ろしたのち、セレスタは周囲に目を配る。

「マリナの姿がありませんわ。アヤネと一緒ではなかったのですね」
「そうみてぇだな。……ここも動けなくなった騎士しかいねぇみてぇだ。敵は6階か」
「そう考えるのが妥当ですわ。6階より上の階層はありません。逃げ場がないのは、こちらにとっては好都合です。絶対にこの手で捕まえますわよ……!」

 憤然と拳を握りしめて、セレスタは内なる怒りに表情を歪める。
 上階に向かうという意思を受け取って、カズヤは先頭きって階段をのぼろうとした。
 瞬間、背中を押されて、階段のうえで転びかけた。

「お、おいッ! 急に押すな――」

 後ろにいるセレスタに抗議しながら、カズヤは二つ先の段差に手をついて後方を振り返る。
 事実、カズヤを背後から押したのはセレスタであった。
 けれども、それは彼女の意図したものではない。
 “危険”を察知した彼女が咄嗟に飛び退いた際に、階段をのぼろうとしていたカズヤの背中と自分の背中が衝突してしまったのだ。
 カズヤがセレスタに背を向けて階段をのぼろうとしたとき、
 セレスタもまた、カズヤに背を向けていた。
 彼女の手元では、数瞬前までは鞘に納められていたはずの騎士団の剣が鈍く光っている。
 その光景は、さながら彼女がカズヤを身を挺して守ろうとしているようであり、
 高貴な輝きを秘める瞳で鋭く睨む視線の先――4階におりる階段の手前に、彼女が殺意に近しい激情をぶつけている相手が、自由を拘束する異空間の中でカズヤたちと同じく平然と立っていた。
 怪しげな雰囲気を振りまいて、気持ちを荒立たせるセレスタを嘲弄するがごとく見つめる猫背の男。
 セレスタと同じ騎士団の剣を右手に携えて、
 セレスタと同じ白色の甲冑を身にまとうフリッグ召喚騎士団の騎士団員。

 すでに死んでいるはずのブラッドスが、階下から現れたのであった。
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