51 / 85
第5話 新任教師クロノス先生
(2)
しおりを挟む如何にして黒野カゲヒコが教師として、セント・タチバナ学院に勤めることになったのか。それは数日前までさかのぼる。
「なんだ、今日は一段と客が少ないじゃないか。いよいよこの店も潰れるのか? まあ、ハゲのヒゲが作った飯なんて誰も食いたがらねえもんな」
「縁起の悪いことを言うんじゃねえ! イチャモンつけるなら帰りやがれ!」
夕方、表の仕事である冒険者としての職務を終えたカゲヒコは、行きつけの食堂へと晩飯を食べに来ていた。
店主の顔が恐ろしいせいか味の割に人気がない食堂は、いつも以上に客足が少ない。ハゲ頭の店主も厨房で料理を作ることなくカウンター席に座っている。
「いやー、だってよ。今を何時だと思ってんだよ。飲食店の一番のかき入れ時だぞ? こんな時間に空いてる店に未来はないっての」
「ちっ、好き勝手言いやがる! うちの店が空いてるのは俺のせいじゃなくて、アレのせいだよ!」
「アレ?」
店主が指さす方向を見ると、テーブル席に女性の姿があった。
紺色の女物スーツを着た若い女性が酒瓶を片手にテーブルに突っ伏して、えぐえぐと嗚咽を上げている。
「誰だい、アレ。初顔だな」
「あの陰気な女のせいでせっかく入ってきた客もすぐに出てっちまうんだよ! ったく! 迷惑なことだぜ!」
「おいおい、いくら何でもそんな大声で・・・」
「ううう、どうせ私は邪魔者です。蛆虫です。蛆虫にたかられる鼠の死骸です。私なんかがこの世界に生まれてきたせいでみんなに迷惑が掛かってしまうんです。生まれてきてごめんなさい・・・」
「・・・なんだ、あれ?」
「昼過ぎに店に入ってきて、ずーっっっっっっと、あんな感じなんだよ。最初は常連客が慰めようとしてたんだけど、すぐに諦めて出ていっちまった」
「そうですよう、みんな私を見捨ててどこかに行ってしまうんです。そうやって私は世界にたった一人で残されて、最後の審判の日までずっと、ずっと孤独にぼっちに生きてくのです。私のせいで世界が・・・」
「・・・美人っぽいのに、えらく残念な女だな。いや、顔見えねえけどよ」
テーブルに顔を埋めているため顔は見えないが、長い黒髪や白い肌、スラリと長い脚から見てもかなりの美人オーラが出ている。惜しむべくは胸のサイズが平均にとどいていないことくらいか。
「もうカゲヒコでもいいから、あれをどっかに連れてってくれ! お前の自宅にでも、連れ込み宿にでも、好きなようにしてやってくれ!」
「・・・あんな湿っぽい女は抱く気になれないんだが。胸も小さいし」
「どうせ私は胸も人間の器も小さいですよ。小さすぎてプチトマトだって入りませんとも。いつか子供が生まれても、きっと私の胸が小さいせいで母性に餓えた子供になって、不良になってブタ箱にぶち込まれちゃうんです。それで私は一人寂しく老後を・・・」
「・・・・・・俺も出てっていいか?」
「そう言うなよ! しばらく飯代まけてやるから!」
ヒゲ面の店主が拝むようにしてカゲヒコに頼んでくる。カゲヒコはやれやれと肩をすくめた。
「やれやれ、厄介なことになっちまった。ま、適当な所で捨ててくるかね」
「うー?」
カゲヒコは女性をテーブルから起こし、半分抱きかかえるようにして店から連れ出した。
顔が露わになった女性はメガネが良く似合っていて、理系美女といった顔立ちをしている。まともにしていれば相当な美女なのだが、頑なに右手の酒瓶を放そうとしていないあたりかなり残念である。
「第2階梯魔法【幻影】。第3階梯魔法【無重力】」
幻術を使って自分と女の姿を隠し、浮遊魔法を使ってふわりと身体を浮き上がらせる。そのまま屋根の上を飛び越えていき、適当に人気のなさそうな公園へと女性を連れて来る。
「ま、結界は張っておいてやるから襲われることはないから安心しとけよ。風邪をひくかもしれないが、それは自業自得という事で」
女を公園のベンチに座らせて、カゲヒコはその場を立ち去ろうとする。
しかし――
「無詠唱魔法。それに二重発動・・・?」
「ん?」
「すごい・・・なんて、すごい・・・」
女がカゲヒコの服の端をがっしりと掴む。先ほどまで親の形見かと言わんばかりに酒瓶を握りしめていた指が、今はカゲヒコのことを逃がすまいと掴んでいる。女はガバリと勢いよく顔を上げる。
「すごい、すごいすごい! こんなのまるで賢者様じゃない! 貴方はいったい何者ですか!」
「うおっ!?」
目を爛々を輝かせた女がカゲヒコに詰め寄ってくる。
先ほどまでの陰気な雰囲気はどこに行ったのか、メガネの奥の瞳には感動と好奇心が炎のように燃え盛っている。
「ああ、こんなところで賢者クラスの魔法使いに会えるなんて、これは運命です! お願いします! 私の代わりに、魔法学校の先生をやってください!」
「は、はあ?」
有無を言わさぬ女の剣幕に、カゲヒコは間の抜けた声を漏らすのだった。
0
お気に入りに追加
1,142
あなたにおすすめの小説
勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す
大小判
ファンタジー
平民同然の男爵家嫡子にして魔道具職人のローランは、旅に不慣れな勇者と四人の聖女を支えるべく勇者パーティーに加入するが、いけ好かない勇者アレンに義妹である治癒の聖女は心を奪われ、恋人であり、魔術の聖女である幼馴染を寝取られてしまう。
その上、何の非もなくパーティーに貢献していたローランを追放するために、勇者たちによって役立たずで勇者の恋人を寝取る最低男の悪評を世間に流されてしまった。
地元以外の冒険者ギルドからの信頼を失い、怒りと失望、悲しみで頭の整理が追い付かず、抜け殻状態で帰郷した彼に更なる追い打ちとして、将来継ぐはずだった実家の道具屋が、爵位証明書と両親もろとも炎上。
失意のどん底に立たされたローランだったが、 両親の葬式の日に義妹と幼馴染が王都で呑気に勇者との結婚披露宴パレードなるものを開催していたと知って怒りが爆発。
「勇者パーティ―全員、俺に泣いて土下座するくらい成り上がってやる!!」
そんな決意を固めてから一年ちょっと。成人を迎えた日に希少な鉱物や植物が無限に湧き出る不思議な土地の権利書と、現在の魔道具製造技術を根底から覆す神秘の合成釜が父の遺産としてローランに継承されることとなる。
この二つを使って世界一の道具屋になってやると意気込むローラン。しかし、彼の自分自身も自覚していなかった能力と父の遺産は世界各地で目を付けられ、勇者に大国、魔王に女神と、ローランを引き込んだり排除したりする動きに巻き込まれる羽目に
これは世界一の道具屋を目指す青年が、爽快な生産チートで主に勇者とか聖女とかを嘲笑いながら邪魔する者を薙ぎ払い、栄光を掴む痛快な物語。
記憶喪失の逃亡貴族、ゴールド級パーティを追放されたんだが、ジョブの魔獣使いが進化したので新たな仲間と成り上がる
グリゴリ
ファンタジー
7歳の時に行われた洗礼の儀で魔物使いと言う不遇のジョブを授かった主人公は、実家の辺境伯家を追い出され頼る当ても無くさまよい歩いた。そして、辺境の村に辿り着いた主人公は、その村で15歳まで生活し村で一緒に育った4人の幼馴染と共に冒険者になる。だが、何時まで経っても従魔を得ることが出来ない主人公は、荷物持ち兼雑用係として幼馴染とパーティーを組んでいたが、ある日、パーティーのリーダーから、「俺達ゴールド級パーティーにお前はもう必要ない」と言われて、パーティーから追放されてしまう。自暴自棄に成った主人公は、やけを起こし、非常に危険なアダマンタイト級ダンジョンへと足を踏み入れる。そこで、主人公は、自分の人生を大きく変える出会いをする。そして、新たな仲間たちと成り上がっていく。
*カクヨムでも連載しています。*2022年8月25日ホットランキング2位になりました。お読みいただきありがとうございます。
残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)
SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。
しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。
相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。
そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。
無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!
転移ですか!? どうせなら、便利に楽させて! ~役立ち少女の異世界ライフ~
ままるり
ファンタジー
女子高生、美咲瑠璃(みさきるり)は、気がつくと泉の前にたたずんでいた。
あれ? 朝学校に行こうって玄関を出たはずなのに……。
現れた女神は言う。
「あなたは、異世界に飛んできました」
……え? 帰してください。私、勇者とか聖女とか興味ないですから……。
帰還の方法がないことを知り、女神に願う。
……分かりました。私はこの世界で生きていきます。
でも、戦いたくないからチカラとかいらない。
『どうせなら便利に楽させて!』
実はチートな自称普通の少女が、周りを幸せに、いや、巻き込みながら成長していく冒険ストーリー。
便利に生きるためなら自重しない。
令嬢の想いも、王女のわがままも、剣と魔法と、現代知識で無自覚に解決!!
「あなたのお役に立てましたか?」
「そうですわね。……でも、あなたやり過ぎですわ……」
※R15は保険です。
※小説家になろう様、カクヨム様でも連載しております。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
いじめられて死のうとしていた俺が大魔導士の力を継承し、異世界と日本を行き来する
タジリユウ
ファンタジー
学校でのいじめを苦に自殺を図ろうとする高校生の立原正義。だが、偶然に助かり部屋の天井に異世界への扉が開いた。どうせ死んだ命だからと得体の知れない扉へ飛び込むと、そこは異世界で大魔導士が生前使っていた家だった。
大魔導士からの手紙を読むと勝手に継承魔法が発動し、多大な苦痛と引き換えに大魔導士の魔法、スキル、レベルを全て継承した。元の世界と異世界を自由に行き来できるようになり、大魔導士の力を継承した正義は異世界と日本をどちらもその圧倒的な力で無双する。
平凡すぎる、と追放された俺。実は大量スキル獲得可のチート能力『無限変化』の使い手でした。俺が抜けてパーティが瓦解したから今更戻れ?お断りです
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
★ファンタジーカップ参加作品です。
応援していただけたら執筆の励みになります。
《俺、貸します!》
これはパーティーを追放された男が、その実力で上り詰め、唯一無二の『レンタル冒険者』として無双を極める話である。(新形式のざまぁもあるよ)
ここから、直接ざまぁに入ります。スカッとしたい方は是非!
「君みたいな平均的な冒険者は不要だ」
この一言で、パーティーリーダーに追放を言い渡されたヨシュア。
しかしその実、彼は平均を装っていただけだった。
レベル35と見せかけているが、本当は350。
水属性魔法しか使えないと見せかけ、全属性魔法使い。
あまりに圧倒的な実力があったため、パーティーの中での力量バランスを考え、あえて影からのサポートに徹していたのだ。
それどころか攻撃力・防御力、メンバー関係の調整まで全て、彼が一手に担っていた。
リーダーのあまりに不足している実力を、ヨシュアのサポートにより埋めてきたのである。
その事実を伝えるも、リーダーには取り合ってもらえず。
あえなく、追放されてしまう。
しかし、それにより制限の消えたヨシュア。
一人で無双をしていたところ、その実力を美少女魔導士に見抜かれ、『レンタル冒険者』としてスカウトされる。
その内容は、パーティーや個人などに借りられていき、場面に応じた役割を果たすというものだった。
まさに、ヨシュアにとっての天職であった。
自分を正当に認めてくれ、力を発揮できる環境だ。
生まれつき与えられていたギフト【無限変化】による全武器、全スキルへの適性を活かして、様々な場所や状況に完璧な適応を見せるヨシュア。
目立ちたくないという思いとは裏腹に、引っ張りだこ。
元パーティーメンバーも彼のもとに帰ってきたいと言うなど、美少女たちに溺愛される。
そうしつつ、かつて前例のない、『レンタル』無双を開始するのであった。
一方、ヨシュアを追放したパーティーリーダーはと言えば、クエストの失敗、メンバーの離脱など、どんどん破滅へと追い込まれていく。
ヨシュアのスーパーサポートに頼りきっていたこと、その真の強さに気づき、戻ってこいと声をかけるが……。
そのときには、もう遅いのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる