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 僕の危惧をよそに、時間は残酷なほど速く過ぎていく。
 畑仕事をしたり獣を狩ったりして生計を立てるうち、いつの間にか3人が僕の下を離れてから5年の月日が経っていた。
 最初の2年くらいは毎月のように手紙が届いていたのだが、それも絶えて久しい。
 最後の手紙には一緒に旅をしている勇者のことばかりが書かれていて、僕の胸は激しく締めつけられたものである。
 中には肉体関係をほのめかす文章まであり、幼馴染みのウェンディからの手紙の末文には小さく「ごめんね」と書かれていた。

「だけど……仕方がないよね」

 それでも……僕の心に怒りはなかった。
 3人を勇者に盗られてしまった……そのことを悔しいという思いはあるが、僕も今年で20歳。分別が理解できる年齢だ。

 ただの弟。ただの兄。ただの幼馴染み。
 付き合いが古いだけの村人の青年よりも、一緒に命を懸けて旅をしている勇者の方が大切に思えるのは自然なこと。
 3人とも悪くはない。悪くなどないのだ。

「だから……3人の無事を祈ろう。生きて帰ってこられるように。魔王を倒して無事に凱旋できるように」

 僕は家族として3人の無事を祈った。
 心から祈った。毎日のように祈り続けた。

 結果として、僕の祈りは天に届いた。
 しばらくして、僕が住んでいる村にも「勇者と仲間達が魔王を倒した」というニュースが届けられることになる。
 どうやら、3人も無事なようだ。予想通り勇者とデキているらしく、近々結婚式が開かれるとのことだった。

「寂しいけど……しょうがないよね。出来ることなら顔だけでも見せて欲しいけど、みんなが元気でいてくれるのならそれでいい」

 僕は安堵してそんなことを思ったが……予想に反して、3人は村に戻ってきた。

 勇者を連れて。
 最悪の未来を引き連れて……。


     〇          〇          〇


「さあ、決闘だ! 俺達の大切な女性ひとを賭けて勝負しようじゃないか!」

「…………」

 いったい、どうしてこうなったのだろう?
 僕は何度となく自問を繰り返したが……いっこうに答えは出てこなかった。

 目の前には白銀に光り輝く鎧に身を包んだ金髪の青年。魔王を倒した人類の救世主である勇者が剣を構えている。
 一方、僕もまた剣を渡されて勇者の前に立っていた。

 僕と勇者はこれから決闘するのだ。
 姉と妹、幼なじみ……僕の大切な3人を賭けて。



 事の始まりは昨日のこと。
 魔王を倒して凱旋したはずの勇者と3人の従者……彼らが突如としてこの村にやってきたのだ。

『ふーん……ここが皆の生まれ育った村か。何にもなくて退屈そうな場所だね』

 村に1歩足を踏み入れるや、勇者はそんなことを言ってきたのだ。
 見知らぬ人間、おまけに兵を引き連れて現れた男に村人は困惑したものの、彼が見覚えのある3人の女性を連れているのを見て勇者であることを悟った。
 そこから先はお祭り騒ぎである。送り出した村出身の女性3人が帰ってきて、おまけに魔王を倒した勇者を連れてきたのだ。村中が歓迎の喝采に包まれた。

 しかし……歓迎を受けた勇者が口にしたのはとんでもないセリフである。

『この村にリューという名前の青年がいるはずだ! 俺はそいつに決闘を挑むために来た!』

 まったく理解不明である。
 僕と勇者の間に因縁などはない。決闘をしなくてはいけない理由などあるはずがなかった。
 これは後から知ったことだが……勇者は正義感が強くて勇敢な性格ではあったが、同時に酷く嫉妬深い人間だったらしい。
 そのため、勇者は恋人になった3人の女性――姉と妹と幼なじみと子供の頃から一緒に過ごしていた僕に対して強い敵意を持っていたのだ。

 いくら3人の過去が僕と共に在ったからと言って、現在も未来も勇者のもの。妬む理由も憎む理由もないはずである。

 しかし……それでも勇者はわざわざ村にやってきた。
 3人の女性を賭けて戦うと言いながら、僕を公然と叩きのめして恋人達の『過去』である僕を消し去るために。
 ただの村人でしかない僕を本気で殺すために、はるばる田舎の寒村までやってきたのだ。
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