51 / 103
第一章 日下部さん家の四姉妹
日下部美月の苦悩(後編)
しおりを挟む
八雲勇治は変わった少年だった。
ただの隣人でありながら、姉達と同じように私に構ってきて世話を焼くのだ。
姉妹の長女である日下部華音が八雲勇治の兄と親しく、交際していたこともあって、まるで家族の一員のように日下部家に出入りした。
後から知ったことだが……八雲勇治もまた兄以外の家族がおらず、愛情に飢えていたのかもしれない。
日下部家に暮らしている四姉妹を実の姉のように慕い、実の妹のように可愛がってきた。
そして、そんな勇治をいつしか姉達も実の家族のように扱うようになり、私達は八雲家の兄弟を迎えて6人家族のようになっていった。
『美月ちゃん、こっちにおいで! 一緒に遊ぼうよ!』
『…………』
最初は戸惑っていた私であったが……いつしか、八雲勇治のことを受け入れていた。
もっと言うと、彼の存在に救われるようになっていた。
私が勇治から教わったことは、家族というのは必ずしも血のつながりではないということ。
血がつながらない勇治や玲一が家族の一員になったのを見て、偽物である私も家族になっていいのだと知ることができた。
姉達は八雲兄弟に構うようになって私といる時間が減ってしまったが……嫉妬などはない。そうしてできた欠落を、それ以上のもので勇治が埋めてくれたから。
気がついた時には、私は八雲勇治を兄として、あるいはそれ以上の存在として慕うようになっていた。
悪魔であった頃の凍りついた心が氷解していき、代わりに温かな人間の感情が胸を満たしていく。
『これが家族。私達、悪魔が持っていない心の絆なのですね』
それに気がついた時、私は覚悟を決めた。
このかけがえのない日常を守ることを。家族を助けるために全力で戦うことを。
人類を滅亡させるために『裏世界』から送り込まれてくる、邪悪な同胞と戦う決意を固めたのであった。
〇 〇 〇
「お兄様!」
兄――八雲勇治の身体が倒れていく。
兄の胸には黒い短剣が突き刺さっており、傷口から溢れ出た血液が制服の上着を赤黒く染めていった。
それは悪夢のような光景だった。現実を受け入れることができずに首を振るも、地面に仰向けに倒れた兄の姿は消えてなくなることはない。
「フン……どうやら、死んだようだな。我々の邪魔をするからこんなことになるのだ」
「あなたは……!」
襲撃者はすぐ近くにいた。
振り返ると……どうしてここまで接近を許してしまったのか、数メートル先に若い男性が立っている。
外見は人間である。美男子といっていいほど容姿は整っている。
だが……男の中に確かに同胞の気配があるのが感じられた。おまけに、それは知っている気配。絶対に会いたくない相手のものだった。
「悪魔王……ジャークオン・ルシファー!」
「ほう、我のことをちゃんと覚えていたようだな。裏切り者のアスモデウス。悪魔軍を裏切るんなんて、てっきり悪魔の心と記憶を失っているかと思ったぞ」
「最悪です……まさか、貴方が表世界に出てくるなんて……!」
悪魔王ジャークオン・ルシファー。
彼は『裏世界』の支配者であり、悪魔軍の総帥。
表世界への侵略を決定して指揮している最強の悪魔だった。
裏で悪魔を操っていたこの男が、まさか自ら表世界に乗り込んでくるなんて……完全に予想外のことである。
「よくもお兄様を……! 司令官として裏世界に引っ込んでいた貴方が、どうしてここにいるのです!?」
「フフッ……我は別に好きで表に出てこなかったわけではない。ようやく我にふさわしい器が見つかったもので、こちらに来ることができたのだ!」
ジャークオンは両手を広げ、宝物でも自慢するような口調で言ってくる。
「見るがいい! この器……表世界における異能者の肉体! 至高の器、まさしく二つの世界の支配者になるであろう我にふさわしいものだと思わぬか!?」
「知りません。そんなことよりも……!」
私は地面に倒れている八雲勇治――お兄様の身体を見下ろした。
胸を貫かれたお兄様はグッタリと力なく横たわっている。何もない場所から出現した刃は心臓を貫いており、蘇生は不可能だろう。
私は生まれてから初めて抱く激怒の感情に表情を歪めて……これまで日下部美月を演じるために隠していた力を解放させる。
「よくもお兄様を……許しません! 貴方はここで殺します!」
力を解放させたことで肉体が変貌する。
12歳という年齢と比しても小さかったからだが180センチほどまで成長して、白い髪が伸びてヤギのような巻き角が頭部の左右から生えてきた。
みなぎる邪力によってぺったんこだった胸部が膨らんでいき、上の姉である華音すらも凌ぐ魔乳に変わった。
絶世にして傾国の美貌。
かつて裏世界で『至高の魔花』と呼ばれた美の悪魔――ルーナブレイナ・アスモデウスの顕現である。
「美しいな。受肉をして改めて君の美貌に気づかされる。裏切りのことは見逃してやる、我の愛人になるがいい」
「死んでもごめんです! 私の身体を好きにしても良い殿方はただ1人……ゴキブリ以下のゴミクズでしかない貴方ではありませんわ!」
「フム……上位者に逆らうとは、完全に悪魔の心を無くしているようだ。どうやら、1から躾をしてやる必要がありそうだな!」
「やれるものなら……死になさい!」
私は邪力を振り絞り、目の前の男に向けて攻撃した。
圧倒的格上である実力者に向けて、決死の戦いを挑んだのである。
ただの隣人でありながら、姉達と同じように私に構ってきて世話を焼くのだ。
姉妹の長女である日下部華音が八雲勇治の兄と親しく、交際していたこともあって、まるで家族の一員のように日下部家に出入りした。
後から知ったことだが……八雲勇治もまた兄以外の家族がおらず、愛情に飢えていたのかもしれない。
日下部家に暮らしている四姉妹を実の姉のように慕い、実の妹のように可愛がってきた。
そして、そんな勇治をいつしか姉達も実の家族のように扱うようになり、私達は八雲家の兄弟を迎えて6人家族のようになっていった。
『美月ちゃん、こっちにおいで! 一緒に遊ぼうよ!』
『…………』
最初は戸惑っていた私であったが……いつしか、八雲勇治のことを受け入れていた。
もっと言うと、彼の存在に救われるようになっていた。
私が勇治から教わったことは、家族というのは必ずしも血のつながりではないということ。
血がつながらない勇治や玲一が家族の一員になったのを見て、偽物である私も家族になっていいのだと知ることができた。
姉達は八雲兄弟に構うようになって私といる時間が減ってしまったが……嫉妬などはない。そうしてできた欠落を、それ以上のもので勇治が埋めてくれたから。
気がついた時には、私は八雲勇治を兄として、あるいはそれ以上の存在として慕うようになっていた。
悪魔であった頃の凍りついた心が氷解していき、代わりに温かな人間の感情が胸を満たしていく。
『これが家族。私達、悪魔が持っていない心の絆なのですね』
それに気がついた時、私は覚悟を決めた。
このかけがえのない日常を守ることを。家族を助けるために全力で戦うことを。
人類を滅亡させるために『裏世界』から送り込まれてくる、邪悪な同胞と戦う決意を固めたのであった。
〇 〇 〇
「お兄様!」
兄――八雲勇治の身体が倒れていく。
兄の胸には黒い短剣が突き刺さっており、傷口から溢れ出た血液が制服の上着を赤黒く染めていった。
それは悪夢のような光景だった。現実を受け入れることができずに首を振るも、地面に仰向けに倒れた兄の姿は消えてなくなることはない。
「フン……どうやら、死んだようだな。我々の邪魔をするからこんなことになるのだ」
「あなたは……!」
襲撃者はすぐ近くにいた。
振り返ると……どうしてここまで接近を許してしまったのか、数メートル先に若い男性が立っている。
外見は人間である。美男子といっていいほど容姿は整っている。
だが……男の中に確かに同胞の気配があるのが感じられた。おまけに、それは知っている気配。絶対に会いたくない相手のものだった。
「悪魔王……ジャークオン・ルシファー!」
「ほう、我のことをちゃんと覚えていたようだな。裏切り者のアスモデウス。悪魔軍を裏切るんなんて、てっきり悪魔の心と記憶を失っているかと思ったぞ」
「最悪です……まさか、貴方が表世界に出てくるなんて……!」
悪魔王ジャークオン・ルシファー。
彼は『裏世界』の支配者であり、悪魔軍の総帥。
表世界への侵略を決定して指揮している最強の悪魔だった。
裏で悪魔を操っていたこの男が、まさか自ら表世界に乗り込んでくるなんて……完全に予想外のことである。
「よくもお兄様を……! 司令官として裏世界に引っ込んでいた貴方が、どうしてここにいるのです!?」
「フフッ……我は別に好きで表に出てこなかったわけではない。ようやく我にふさわしい器が見つかったもので、こちらに来ることができたのだ!」
ジャークオンは両手を広げ、宝物でも自慢するような口調で言ってくる。
「見るがいい! この器……表世界における異能者の肉体! 至高の器、まさしく二つの世界の支配者になるであろう我にふさわしいものだと思わぬか!?」
「知りません。そんなことよりも……!」
私は地面に倒れている八雲勇治――お兄様の身体を見下ろした。
胸を貫かれたお兄様はグッタリと力なく横たわっている。何もない場所から出現した刃は心臓を貫いており、蘇生は不可能だろう。
私は生まれてから初めて抱く激怒の感情に表情を歪めて……これまで日下部美月を演じるために隠していた力を解放させる。
「よくもお兄様を……許しません! 貴方はここで殺します!」
力を解放させたことで肉体が変貌する。
12歳という年齢と比しても小さかったからだが180センチほどまで成長して、白い髪が伸びてヤギのような巻き角が頭部の左右から生えてきた。
みなぎる邪力によってぺったんこだった胸部が膨らんでいき、上の姉である華音すらも凌ぐ魔乳に変わった。
絶世にして傾国の美貌。
かつて裏世界で『至高の魔花』と呼ばれた美の悪魔――ルーナブレイナ・アスモデウスの顕現である。
「美しいな。受肉をして改めて君の美貌に気づかされる。裏切りのことは見逃してやる、我の愛人になるがいい」
「死んでもごめんです! 私の身体を好きにしても良い殿方はただ1人……ゴキブリ以下のゴミクズでしかない貴方ではありませんわ!」
「フム……上位者に逆らうとは、完全に悪魔の心を無くしているようだ。どうやら、1から躾をしてやる必要がありそうだな!」
「やれるものなら……死になさい!」
私は邪力を振り絞り、目の前の男に向けて攻撃した。
圧倒的格上である実力者に向けて、決死の戦いを挑んだのである。
146
お気に入りに追加
757
あなたにおすすめの小説
エロゲーの悪役に転生した俺、なぜか正ヒロインに溺愛されてしまった件。そのヒロインがヤンデレストーカー化したんだが⁉
菊池 快晴
ファンタジー
入学式当日、学園の表札を見た瞬間、前世の記憶を取り戻した藤堂充《とうどうみつる》。
自分が好きだったゲームの中に転生していたことに気づくが、それも自身は超がつくほどの悪役だった。
さらに主人公とヒロインが初めて出会うイベントも無自覚に壊してしまう。
その後、破滅を回避しようと奮闘するが、その結果、ヒロインから溺愛されてしまうことに。
更にはモブ、先生、妹、校長先生!?
ヤンデレ正ヒロインストーカー、不良ヤンキーギャル、限界女子オタク、個性あるキャラクターが登場。
これは悪役としてゲーム世界に転生した俺が、前世の知識と経験を生かして破滅の運命を回避し、幸せな青春を送る為に奮闘する物語である。
異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!
石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。
クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に!
だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。
だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。
※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~
ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。
城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。
速人は気づく。
この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ!
この世界の攻略法を俺は知っている!
そして自分のステータスを見て気づく。
そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ!
こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。
一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。
そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。
順調に強くなっていく中速人は気づく。
俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。
更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。
強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
カクヨムとアルファポリス同時掲載。
異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!
夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ)
安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると
めちゃめちゃ強かった!
気軽に読めるので、暇つぶしに是非!
涙あり、笑いあり
シリアスなおとぼけ冒険譚!
異世界ラブ冒険ファンタジー!
勇者に大切な人達を寝取られた結果、邪神が目覚めて人類が滅亡しました。
レオナール D
ファンタジー
大切な姉と妹、幼なじみが勇者の従者に選ばれた。その時から悪い予感はしていたのだ。
田舎の村に生まれ育った主人公には大切な女性達がいた。いつまでも一緒に暮らしていくのだと思っていた彼女らは、神託によって勇者の従者に選ばれて魔王討伐のために旅立っていった。
旅立っていった彼女達の無事を祈り続ける主人公だったが……魔王を倒して帰ってきた彼女達はすっかり変わっており、勇者に抱きついて媚びた笑みを浮かべていた。
青年が大切な人を勇者に奪われたとき、世界の破滅が幕を開く。
恐怖と狂気の怪物は絶望の底から生まれ落ちたのだった……!?
※カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる