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幕間 花咲く乙女

帝国の赤き薔薇②

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「それでは、次の議題に移らせていだたきます。先の動乱によって荒廃した地域の復興についてです」

 女官が書類の束をめくり、固い声で次の議題を読み上げる。
 続いて提示された議題は、『偽帝』グリード・バアルの圧政によって荒廃した地域の復興についてである。

「王都周辺、西部、南部については比較的被害が軽微で順調に復興が進められています。しかし、北部と東部では依然として人々の生活は貧しく、農地の荒れようも顕著にみられます。それらの地域への追加の復興費用についてですが・・・」

「必要あるまい。追加の予算など回してやることはない。そんな余裕があるのならば、王宮の再建に回すべきだな」

 女官の言葉を断ち切って、ぽっちゃりとした体つきの男が口を挟んできた。
 貴族然とした豪華な衣装を身に着けた男の名前はサーグ・ダゴン。帝国において侯爵の爵位を与えられており、かつてグリード・バアルに仕えていた臣下の一人である。
 グリードの失脚後、なんとか恩赦を勝ち取ったダゴンは、中央の有力者の一人として女帝・ルクセリアに仕えていた。

「地方の復興といっても、被害を受けた大半は隣国の軍を呼び込んだ『逆臣』であるスロウス殿下、そして帝国に混乱をもたらした『偽帝』グリード殿下が治めていた領地。特別に費用を捻出してまで復興しなければならない土地ではありますまい」

 いけしゃあしゃあと自分の考えを開陳するダゴンに、会議室に居並ぶ面々から集まる視線は二種類。
 もっともだとばかりに頷く同意の視線と、「お前が人のことを言えるのか?」と白い目で見る非難の視線である。

 ダゴンはかつてグリード・バアルに仕えており、かの偽帝が神器の力で強引に玉座についた時にもゴマを擦って取り入っていた一人である。
 すべては偽帝の責任であるとルクセリアが恩赦を出したおかげでこの場にいることが許されているが、その蝙蝠のような変わり身は一部の者から嘲弄の対象となっていた。

「それは如何なものだろうか、ダゴン卿」

 真っ先に口を開いて苦言を呈したのは、ルクセリアの側近であるサラザール元帥である。かつては近衛騎士団長であったその男は、今では元帥として騎士団を含めた軍の頂点に立っていた。

「いかに帝国に背いたお二人の領地はいえ、今は他の者が管理を任されている立派な帝国領だ。そこに住む領民にもまた罪はない。見捨てるのは道理に外れていると思うが」

 ルクセリアに最も近しい側近であるサラザールの言葉はあまりにも重く、ダゴンに同意していた者達の顔も苦々しいものに変わっていく。
 しかし、ダゴンは不愉快そうに鼻を鳴らすと、嘲るような目を元帥に向ける。

「おやおや、忠臣であるサラザール卿とは思えない発言ですなあ。ルクセリア陛下を侮っているように聞こえますぞ?」

「・・・どういう意味だ?」

「私は別に辺境の民を見殺しにするのが正しい、などと言っているわけではありません。あくまで、物事には優先順位があると申し上げているだけですよ」

 ダゴンは会議室の奥に座るルクセリアへと目を向け、立ち上がって芝居じみたお辞儀をする。

「現在、我々が最優先に考えるべきは、偉大なる皇帝陛下の権威をより高めること。そのためには、皇族の象徴でもある宮廷の立て直しが急務であるというだけです。ただでさえ先の動乱によって人心は離れつつあるのです。王宮の再建によって皇族の力が健在であることを示し、再び国をまとめ上げるべきでしょう」

「心にもないことを・・・おおかた建築業者から金でも受け取っているのだろう? 貴様が必要もない工事を宮廷の費用で行い、私腹を肥やしているともっぱらの噂だぞ」

「ふんっ、サラザール元帥ともあろうお方が噂を真に受けるなどもってのほか。そのようなお方が軍の頂点に立っているとは、嘆かわしい限りですな!」

「愚弄するか、この蝙蝠めが!」

 憤怒の形相を隠そうともしないサラザール元帥と、忌々しそうに脂肪を蓄えた顔を歪めるダゴン侯爵。
 二人のあまりに険悪な雰囲気に、会議の参加者達は話し合いに割って入ることもできずに困惑している。

 この二人の対立は今に始まったことではない。
 サラザールはもともと、先帝であるゼブル・バアル帝の命によりルクセリアの護衛を務めており、極めて親しい関係にあった。
 対するダゴンは戦後になってルクセリアにすり寄るようになった人間の一人で、貴族のパワーバランスを調整するためにやむを得ず配下に迎えられた人物である。
    表向きは心を入れ替えた忠臣を装いながら、女帝を傀儡に仕立て上げようとしていると、もっぱらの噂である。
 同じ主君に仕えながら二人の立場は大いに異なり、ことあるごとに衝突を見せていた。

「ええっと・・・」

 会議の進行役を務めている女官がなんとか場をとりなそうと声を漏らすが、彼女は最近になって取り立てられた下級貴族である。
 軍のトップであるサラザール元帥と、大貴族であるダゴン侯爵に意見などできようはずもない。
 やや涙目になりながらそれでも制止の声を振り絞ろうとする。

「そこまでにしておきなさい」

 しかし、女官が無謀なとりなしの言葉を放つよりも先に、涼やかな声が会議室の空気を切り裂いた。テーブルについた面々の視線が一人の人間の元へと集まっていく。
 流れる滝のような金色の髪。女神が降臨してきたと見間違うほどの美貌。
 そこにいるだけで周囲を魅了してやまない声の主は、バアル帝国の現・皇帝――ルクセリア・バアルであった。
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