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第4章 砂漠陰謀編

47.血みどろの献身

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side サクヤ

「むう・・・兄を連れていって私を置いていくなんて、ディンギル様も意地悪をしますね」

 スフィンクス辺境伯領、領都テーベ。
 ディンギル様に貸し与えられた屋敷にて、私は留守番を命じられていました。

 西方辺境に『恐怖の軍勢』が侵入して起こったこの戦いも、徐々に終わりへと近づいています。
 私の主君であるディンギル様は現在、ランペルージ王国西の国境にあるギザ要塞を取り戻すために出兵しています。
 ディンギル様がこの都を出てすでに三日。そろそろ戦いも終わる頃合いでしょうか?

「いけませんね。何ヵ月もディンギル様と一緒だったせいで、数日顔を合わせないだけで身体がうずいてしまいます。惚れた弱みですね」

 メイド服の胸元を撫でながら、私は悩ましく溜息をつきました。
 ディンギル様の婚約破棄から数ヵ月――思えば随分といろいろなことがあった気がします。

 帝国からの侵略。バベルの塔での戦い。
 南洋諸島での海賊の抗争。大海賊キャプテン・ドレークとの決戦。
 そして――今度は西で起こった『恐怖の軍勢』の侵略。

「いくらディンギル様がトラブルに巻き込まれやすい体質とはいえ、少しばかり事が起こり過ぎていますね。一年にも満たない間にこんなに騒動が連続するなんて・・・まさか、何者かが糸を引いている?」

 主の周囲には常に私達『鋼牙』の網が張られています。
 よからぬことを企んでいる人間がいるのであれば、自然とその網にかかるはずなのですが・・・。

「・・・私達の警戒網を超えるほどの相手なのか、それとも、全てはただの偶然なのでしょうか。運命の女神がディンギル様に嫌がらせをしているというのも考えられますね」

 あの女誑おんなたらしの主であれば女神から嫌われるのも・・・あるいは、逆に寵愛を受けてしまうのもわからなくもありません。
 知らないうちに女神に気に入られて、そのせいでイタズラでもされているのでしょうか?

「そのあたり、貴方達はどう思いますか? 第三者の意見をお聞きしたいのですけど?」

「~~~~~~~~っ!」

 私の問いかけに、椅子に座っている男がジタバタと手足を震わせた。
 しかし、男の両手両足はそれぞれ椅子の肘掛けと脚に拘束されており、胴体も背もたれに縛りつけられています。ここまでガチガチに拘束されれば、どんな奇術師だって脱出は不可能でしょう。

「ああ、申し訳ありません。猿ぐつわをされていては喋れませんよね。すぐに外しますよ」

「プハッ・・・はあ、はあ、た、助けてくれ・・・!」

 男の口に巻かれた布をほどくと、男が大きく息をついた。そして、荒い呼吸を繰り返しながら私に向けて命乞いの言葉を放ってきます。
 私は首を傾げながら、男に尋ねます。

「質問の答えになってませんね。どうかされましたか?」

「助けてくれ・・・! 死にたくない、殺さないでくれ・・・!」

「おやおや、そんなに怯えてしまって、いったいなにを怖がっているのでしょうか? まるで私が苛めているみたいじゃないですか」

 私は男の背後に回り込み、椅子に腰かけた男の両肩に手を置きました。男の両肩がビクリと跳ねて過剰に反応を示します。

「教えてくれませんか。私がなにか悪いことをしたのですか? それとも・・・貴方達が悪いことをしたのですか?」

「お、俺達だっ! 俺達が悪かった、反省している! だからもう許してくれえ・・・俺はあんなふうになりたくないっ!」

「『あんなふうに』・・・? お友達に酷いことを言うのですね。友達を大事にできない人にはお仕置きが必要でしょうか?」

「ひいいいいいっ!」

 男の視線の先――ちょうど椅子に座る男と向かい合うようにして、もう一人の男性の姿がありました。
 もっとも、その男性はすでに男かどうかも判別できない有様でしたが。

 この男性とそのお友達は、ディンギル様がスフィンクス家の兵士を連れてギザ要塞に出征している間に、スフィンクス家の当主であるベルト・スフィンクス様とそのご息女ナーム・スフィンクス様を害そうとした暗殺者です。
 事前に留守中によからぬことが起こるかもしれないからと私と『鋼牙』の仲間達はスフィンクス家の周囲を見張っており、彼らを捕縛することに成功しました。
 現在、私は捕らえた彼らから情報収集という名目の『拷問』をしている最中です。

「そうですねえ・・・貴方がこのまま口を閉ざしているようだと、お友達と同じことをしなければいけませんね。お友達と同じように爪を剥いで、指を折って、顔の皮を丁寧に剥がして、耳と鼻を削ぎ落して・・・生きたまま内臓を取り出して標本にして差し上げましょうか?」

「ひいいいいいっ!」

 男は涙すら流して悲鳴を上げました。
 これと同じく、スフィンクス家を狙った暗殺者はすでに私の手によって解体されて、原形をとどめない姿に変わっています。
    この男の見ている前で。

「ああ、可哀そうに。目の前でお友達を屠殺されて、さぞや心を痛めていらっしゃるでしょうね。貴方もすぐに楽にして差し上げますのでご安心ください」

「やめろおおおおおおっ! 話す、全部話すから、命だけは勘弁してくれえええええっ!」

 捕らえられた当初こそ「死んでも話すことはない!」などと豪語していた男でしたが、さすがに目の前で相棒を生きたまま解体されれば、心が折れてしまったようです。
 素直になってくださったようで安心しました。急な旅行でメイド服は何着も持ってきていないのです。これ以上、返り血でダメにするわけにはいきません。

「それでは話してくださいね? 貴方の雇い主の名前を教えてください」

「うひいっ・・・!」

 チャキチャキと目の前でハサミを鳴らしてあげると、男は顔じゅうのあらゆる穴から液体を垂らしました。
 すでに床は刺激臭のする液体で濡れています。いまさら掃除のことを気にしても無意味でしょう。

「わ、我々を雇ったのは・・・」

 男は涙をダラダラと流しながらその名前を告げました。
 それは予想通りの名前で、私は事前調査の裏付けを得たことで胸を撫で下ろしました。

「そうですか・・・ナーヒブ・マッサーブ。やはりその方でしたか」

「・・・・・・」

「それじゃあ、約束通りに解放して差し上げますね・・・お疲れさまでした」

「がっ・・・!」

 私は男の首筋に毒針を打ち込みました。
 即効性の、できるだけ苦しまない毒を選んだおかげで、男はすぐに動かなくなりました。

「さて・・・ディンギル様が帰ってくるのが待ち遠しいですね。きっと、この情報にお喜びになるでしょう」

 私は表情を緩ませてつぶやいて、掃除道具を取りに部屋から出て行くのでした。

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