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幕間 王都武術大会
9.剣聖の後継
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side セイバールーン侯爵
「邪魔をするな、ベナミス! 失敗した部下を生かしておけば、周りの士気を緩めてしまうだろう!」
「お言葉ですが、父上。ただでさえ当家は人手不足なのです。一度の失敗くらいでいちいち首を落としていたら、ますますロサイスとの差は広がるばかりではありませんか」
「ぐっ・・・」
ベナミスの言葉に、私は表情を歪めた。
落ち目である当家と、高い政治力と経済力を持つロサイス家では、使える配下の人数には天地の開きがあった。
だからこそ、質を追求して部下を引き締めているのだが、息子の言うとおり、無駄にできるほどの人材はいなかった。
「はいはい、もう下がっていいから。行きなさい」
私に迷いが生じた隙に、ベナミスは腰が抜けたように座り込む部下の手を引いて立ち上がらせる。
「も、申し訳ありません。若君・・・」
「いいって、それよりも・・・」
部下が立ち上がった途端、部屋に鼻を突くような匂いが漂う。その匂いは部下のズボンと床から発生していた。
「『汗』をかいているようだから、すぐに風呂に入ったほうがいい」
「し、しかし、その・・・」
「ここのことは気にしなくていいから。さっさと行く!」
「はっ・・・かたじけなく存じます!」
部下は祈るようにベナミスに頭を下げて、一目散に部屋から出ていった。
当主である自分に断りもなく出ていく部下の背中に、私は額に青筋が浮かぶのを感じた。
「貴様が部下を甘やかしているから、奴らが弛んでいるのだ! それでも『剣聖』の名を継ぐ者か!?」
「そうですねえ、一応はそういうことになっております」
私の恫喝に誤魔化すような笑みを浮かべて、ベナミスはぺしりと自分の頭をはたく。
「後継者のお前がもっとしっかりしていれば、私がこんな苦労はしなかったものを!」
私は奥歯を割れるほどに噛みしめた。
そもそもバロンとマクスウェルに刺客を送り込んだ原因は、目の前の息子が弱く、自力であの二人に勝つことが出来ないからである。
我が国はロサイス家の主導の下で、軍事にかける資金を縮小して、代わりに内政を充実させてきた。
これにより、国境防備を担う『四方四家』との軍事力の差は開く一方であり、彼らの力がなければ王国を守ることが出来ないという歪な状態が生じてしまった。
(地方貴族に国防の全てを任せるなど、そんな馬鹿なことが許されるものか! 彼らが裏切ったら、全てが終わってしまうではないか!)
国の最重要の課題は国防であり、それは国家の中心である王宮が担わなければならない。
間違っても、地方貴族にそれを任せるようなことはあってはならないのだ。
「わかっているのか、ベナミス! この国を立て直すためには、中央貴族の雄であるセイバールーン家が四つの辺境伯家よりも強いことを示さなければならぬ。そのために、今回の武術大会でバロンとマクスウェルを打ち倒さなければならないのだ!」
ベナミスが武術大会で優勝して、セイバールーン家が『四方四家』よりも強いことを世に示す。
その名誉をもってさらに勢力を伸ばして、ロサイス家から政権を奪取する。
国のあらゆる財を国防へと費やし、国軍を王国最強の軍へと成長させる。国境の辺境伯家を超える力を王宮が手に入れる。
そうして初めて、この国は正道を進むことが出来る。
『中央集権』と『富国強兵』という二つの旗印を掲げて、強国への道を歩むことが出来るのだ!
「さようでございますか。まあ、頑張ってください」
しかし、私の熱弁を聞いたベナミスの表情はあくまでも穏やかであった。
いったい私の言葉をどのように受け止めたのだろうか。覇気も、やる気も、欠片も見られない。
「父上が間違っているとは思いませんが・・・大事を成すには慎重に行動することも必要ではないでしょうか?」
「動くべき時に動けない、それを惰弱というのだ!」
私は頼りにならない息子に怒鳴り声を叩きつけた。
ベナミスは困ったように笑い、床を掃除させるためにベルを鳴らした。
「邪魔をするな、ベナミス! 失敗した部下を生かしておけば、周りの士気を緩めてしまうだろう!」
「お言葉ですが、父上。ただでさえ当家は人手不足なのです。一度の失敗くらいでいちいち首を落としていたら、ますますロサイスとの差は広がるばかりではありませんか」
「ぐっ・・・」
ベナミスの言葉に、私は表情を歪めた。
落ち目である当家と、高い政治力と経済力を持つロサイス家では、使える配下の人数には天地の開きがあった。
だからこそ、質を追求して部下を引き締めているのだが、息子の言うとおり、無駄にできるほどの人材はいなかった。
「はいはい、もう下がっていいから。行きなさい」
私に迷いが生じた隙に、ベナミスは腰が抜けたように座り込む部下の手を引いて立ち上がらせる。
「も、申し訳ありません。若君・・・」
「いいって、それよりも・・・」
部下が立ち上がった途端、部屋に鼻を突くような匂いが漂う。その匂いは部下のズボンと床から発生していた。
「『汗』をかいているようだから、すぐに風呂に入ったほうがいい」
「し、しかし、その・・・」
「ここのことは気にしなくていいから。さっさと行く!」
「はっ・・・かたじけなく存じます!」
部下は祈るようにベナミスに頭を下げて、一目散に部屋から出ていった。
当主である自分に断りもなく出ていく部下の背中に、私は額に青筋が浮かぶのを感じた。
「貴様が部下を甘やかしているから、奴らが弛んでいるのだ! それでも『剣聖』の名を継ぐ者か!?」
「そうですねえ、一応はそういうことになっております」
私の恫喝に誤魔化すような笑みを浮かべて、ベナミスはぺしりと自分の頭をはたく。
「後継者のお前がもっとしっかりしていれば、私がこんな苦労はしなかったものを!」
私は奥歯を割れるほどに噛みしめた。
そもそもバロンとマクスウェルに刺客を送り込んだ原因は、目の前の息子が弱く、自力であの二人に勝つことが出来ないからである。
我が国はロサイス家の主導の下で、軍事にかける資金を縮小して、代わりに内政を充実させてきた。
これにより、国境防備を担う『四方四家』との軍事力の差は開く一方であり、彼らの力がなければ王国を守ることが出来ないという歪な状態が生じてしまった。
(地方貴族に国防の全てを任せるなど、そんな馬鹿なことが許されるものか! 彼らが裏切ったら、全てが終わってしまうではないか!)
国の最重要の課題は国防であり、それは国家の中心である王宮が担わなければならない。
間違っても、地方貴族にそれを任せるようなことはあってはならないのだ。
「わかっているのか、ベナミス! この国を立て直すためには、中央貴族の雄であるセイバールーン家が四つの辺境伯家よりも強いことを示さなければならぬ。そのために、今回の武術大会でバロンとマクスウェルを打ち倒さなければならないのだ!」
ベナミスが武術大会で優勝して、セイバールーン家が『四方四家』よりも強いことを世に示す。
その名誉をもってさらに勢力を伸ばして、ロサイス家から政権を奪取する。
国のあらゆる財を国防へと費やし、国軍を王国最強の軍へと成長させる。国境の辺境伯家を超える力を王宮が手に入れる。
そうして初めて、この国は正道を進むことが出来る。
『中央集権』と『富国強兵』という二つの旗印を掲げて、強国への道を歩むことが出来るのだ!
「さようでございますか。まあ、頑張ってください」
しかし、私の熱弁を聞いたベナミスの表情はあくまでも穏やかであった。
いったい私の言葉をどのように受け止めたのだろうか。覇気も、やる気も、欠片も見られない。
「父上が間違っているとは思いませんが・・・大事を成すには慎重に行動することも必要ではないでしょうか?」
「動くべき時に動けない、それを惰弱というのだ!」
私は頼りにならない息子に怒鳴り声を叩きつけた。
ベナミスは困ったように笑い、床を掃除させるためにベルを鳴らした。
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