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第3章 南海冒険編

40.闇夜の船出

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 港の補修が終わったタイミングを見計らい、俺達は海賊から奪った船でブルートスを後にした。
 出航は日が昇る前に、闇に隠れるようして行った。
 町を出ようとしているところを見られたら、確実に止められてしまうからだ。

「闇夜の出向とは犯罪者みたいだな・・・まあ、今は海賊やってるから文句は言えないが」

 俺は船に揺られながら、深々とため息をついた。
 町の復興も一段落ついてきて、数日後には戦勝を祝うパレードが行われるらしい。
 パレードには例の代官はもちろん、王都の有力者や、王族の人間まで招かれるとのことだ。
 警備隊長のランディがこと細かに俺の活躍を報告したおかげで、俺までパレードの主役の一人として招かれてしまった。

「正体がバレたら絶対に面倒なことになるからな・・・逃げるが勝ちだな」

 パレードに招かれる有力者だって馬鹿ではない。
 他国の人間である俺のことを知れば、その素性を調べ上げようとするだろう。
 そうなれば、俺がランペルージ王国の貴族であることや、白鬼海賊団とつながりを持っていることまで露見してしまうだろう。

 辺境伯である父と海賊である母との関係については、ランペルージ王国でもごく少数しか知らないこと。
 公になってしまえば、白鬼海賊団の被害にあった者がマクスウェル家に賠償を求めてくるかもしれない。

「ふあっ・・・それでこんな夜中に、船を出すんですねえ・・・」

 可愛らしくアクビをして、スーが俺の隣に座ってきた。
 スーは寝間着の上に俺が使い古したコートを羽織っている。汚れたから捨てたはずだったのだが、なぜかゴミから拾っていたようだ。

「私は奴隷ですから、お古で十分ですよー。えへへへ・・・」

 スーはすんすんと鼻を鳴らしてコートの匂いを嗅いでいる。
 わりと返り血が染み込んでいると思うのだが・・・布地に顔を埋めるスーの表情は幸せそうである。

 奪った海賊船の上では多くの船乗りが忙しなく働いている。
 指揮を執っているのは白鬼海族団のメンバーだが、手を動かしているのは港で雇った新参者である。
 彼らは獅子王船団の攻撃により、乗る船を失ってしまった船乗りだった。
 積み荷を失い、故郷に帰る手段もなくした船乗り達は、夜中の船出という怪しい航海にも金のためにつきあってくれた。

「それはまあ、いいんだが・・・どうしてお前まで乗ってるんだよ?」

「堅いことをいうなよー、お兄さん」

 咎めるような声にヘラヘラ笑って答えたのは、ブルートスで占い師をしていたロウという男だ。
 逃げた代官との交渉でも活躍したこの男は、木箱の上に報酬として受け取った金貨を並べて枚数を数えている。

「お兄さんからは金の匂いがするからなー。俺様ちゃんも一枚、かませてくれよ」

「金儲けに行くわけじゃないんだけどな。邪魔をするならバラして釣りの撒き餌にするぞ?」

「おお、怖っ! そんなに邪険にするなよお! 俺様ちゃん達は一緒に巨大な敵に立ち向かった戦友じゃないの!」

 ロウの言葉に、俺は半目になって胡散臭そうな顔を睨んだ。

「・・・お前が戦場にいるのは見てないけどな。どこに隠れてやがった」

「いやあ? 町を捨てて逃げた商会に忍び込んだりとかしてないにゃー」

「・・・やっぱり、ここで海に撒いとくか」

 俺が半分本気で言うと、さすがに危機を感じたのかロウはぶんぶんと激しく両手を振った。

「いやいやいや! 冗談だからね!? ほらほら、うちの従者と君のとこのメイドちゃんもあんなに仲良くなってるし、俺様ちゃん達も仲良くしとこうぜ!?」

「仲良くって・・・」

 俺がロウの視線を追うと、少し離れた場所でサクヤとロウの連れが顔を合わせて座っていた。
 表情が乏しい顔をぶつかりそうなほどつき合わせた二人は、なにやら口論をしているようだった。

「ですから、私の主の方が優れているに決まっています! 剣の達人ですし、戦場の指揮官としてもとても優秀なのですよ!」

「むっ、スロウスをなめては困るゾ。あいつは、口が達者で交渉が得意ダシ、金を勘定させれば誰ヨリ速いんだゾ!」

 どうやら、サクヤとロウの従者――シャオマオというらしい少女は、お互いの主の自慢をし合っているようだ。

 というか、ロウの本名が完全にバラされているのだが、偽名を使う意味があったのだろうか?

「ディンギル様は女性にとてもモテるんですよ! この間なんて、一晩に十人の娼婦を別荘に招いて三日三晩、お楽しみだったんですからね!」

「フンっ、それならスロウスだって負けてないゾ! アレはあんなに遊び人を気取っテ、チャラチャラした振る舞いをしているくせニ、いまだに清い身体のどうて・・・」

「ちょ、それデリケートな所だから言わないでくれる!? 負けてるよ完全にっ!?」

 シャオマオの暴露に、ロウが泡を食ったように叫ぶ。
 近くで話を聞いていた船乗りが、そろって気の毒そうな目をロウへと向ける。

「いやーーーーー! そんな目で見ないでーーーーー! 俺様ちゃんは面食いで理想が高いだけなんだああああああっ!」

 いたたまれない視線の雨に耐えかねて、ロウがゴロゴロと船のデッキを転げ回る。

 人目を忍んでの旅のはずが、いつの間にか、てんやわんやの大騒ぎになっていた。

「楽しい旅になりそうですね、ご主人様っ!」

「そうだな・・・」

 目を輝かせるスーに返して、俺は現実逃避をするように空を仰ぐ。
 空は徐々に明るさを増していて、星も数を減らしている。どうやら、日の出の刻限が近いようだ。

「・・・大丈夫かよ、このメンツ。すごい不安になってきたんだけど」

 100人は乗れる立派な大型船が、急に泥船のように見えてきた。

 こうして、俺達を乗せた船はガーネット王国を目指して海を進んでいくのであった。
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