30 / 317
第2章 帝国騒乱 編
14.辺境貴族の矜持
しおりを挟む「・・・理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
俺の返答を聞いたルクセリアは、取り乱すこともなく理由を訊ねてきた。
「私が提案した条件では不十分だったでしょうか? それとも・・・その、やはり私に不満が・・・」
「いや、それはない」
俺はきっぱりと答えた。目の前の女神のごとき皇女との婚姻に不満などあるはずがない。
「正直に言おう。君の提案は本当に、ほんっとうに、魅力的だった。ランペルージ王国なんぞに義理も恩もないし、このまま流されちまえばよかったと心底、思っている」
「では・・・どうしてでしょう?」
ルクセリアが真剣なまなざしで聞いてくる。俺もまた、まっすぐに彼女の瞳を見返した。
「王家への義理や恩、主君を裏切ることへの不名誉、帝国につくことで得ることができる利益。そんなものはどうでもいいんだよ。これは・・・国境を守ってきた辺境貴族としての矜持の問題だ」
「矜持・・・?」
予想外の返答に、ルクセリアがまばたきを繰り返す。俺は頷いて、
「ランペルージ王国が建国してから五十年。それ以前の同盟時代を合わせておよそ百五十年。我がマクスウェル家はただの一度として、東方国境に敵を通したことはない。ただの一度もだ」
俺は念を押すように繰り返す。
東方国境を百五十年にわたって守り続けてきた。それはマクスウェル家の誇りだった。
「祖先が守り続けてきた東の大地を、敵に踏ませるわけにはいかない。一兵たりとも帝国兵を東方国境からは通さない」
「それは・・・忠義とは違うのでしょうか?」
「違うな。俺は王家のことなんてどうでもいいんだ。王家を守るためじゃない、国を護るためでもない。俺は祖先の誇りと、俺自身の矜持のために戦っている」
それは、偽らざる本音であった。
俺はいつの日か、ランペルージ王家を倒してマクスウェル家を独立させたいと考えている。しかし、そこに帝国の助力は必要ない。あくまでも、マクスウェル家の力で独立させなければ意味がない。
「つまらん意地と笑ってくれていいんだぜ? だが、いくら笑われたとしても、俺は決して自分の矜持を曲げはしない。どれだけ財を積まれても、どれだけいい女に口説かれても」
俺は自嘲するように笑った。
たとえ千の言葉を使って語ったとしても、きっと俺の考えは目の前の皇女には理解できないだろう。
「誇りを捨てた手で女を抱くなんて、できやしない。誇りを持ち続けなければ、男は男でいられないんだから」
「・・・・・・」
俺の言葉に、ルクセリアはしばし黙り込む。
しかし、俺を見つめる視線はぶれることはなく、まっすぐ見つめ続けてくる。
「・・・・・・」
俺もまた視線を逸らすことはなく、まっすぐとルクセリアの瞳を見返した。
二人が見つめ合う時間が、数十秒から数分続いた。
やがて、沈黙に終わりが来た。先に口を開いたのはルクセリアだった。
「・・・申し訳ありません。考えてみたのですが、やはり私には貴方がおっしゃっていることが理解できませんでした」
「だろうな。俺も君の立場なら、理解できなかったと思うよ」
「しかし・・・貴方がゆるぎない意志を持って私の提案を拒んでいることは、理解できました。今日のところは、これでお暇させていただきます」
「悪いな。わざわざ帝国から来てくれたのに。良ければ、帝国あてに君に非がないことを文書にさせてもらうが?」
俺は頭を下げて謝罪した。どんな形であれ、女に恥をかかせてしまったのだ。泥をかぶるのは男であるべきだ。
ルクセリアは微笑み、首を振った。
「いいえ、大丈夫です。兄上には私のほうから説明しておきます」
「そうか」
「今回は残念な結果になってしまいましたが、別の機会がありましたら、貴方とはゆっくり話がしてみたいものです」
「俺もだよ。そのときは、最高級の茶葉で紅茶を淹れさせてもらおう」
俺が提案すると、ルクセリアは口元を抑えて笑った。それは初めて見る、目の前の皇女の偽らざる笑顔だった。
「ふふふ、それは楽しみですね。それでは、失礼します・・・」
ルクセリアは席から立って、スカートの端を両手でつまんで丁寧にお辞儀をする。俺もまた、立ち上がって頭を下げた。
ルクセリアが部屋から出て行くのを見送り、扉が閉まったのを見計らってソファに座り込んだ。
「ふー・・・・・・」
「なかなかの英断だったと思うぞ。ディン」
会談中、ずっと黙っていた親父が俺にねぎらいの言葉をかける。
「忠義よりも、利益よりも、国境守護を司る貴族としての誇りを選ぶ。辺境伯家の跡継ぎとして、ふさわしい選択だった。この結果として帝国とふたたび戦うことになったとしても、私はお前の選択を誇りに思うぞ!」
「・・・そんなことはいいんだよ」
「む?」
俺がぼそりと答えると、親父は怪訝そうな顔をする。
親父のねぎらいはありがたいが、正直言って、そんなものはどうでもいい。
「うが~~~~~~~~~! もったいなかった! もったいなかった、もったいなかったーーーーーーーー!!」
「んっ、ディンギル様・・・!?」
「おお!?」
叫んで、俺はメイドのサクヤへと抱きついた。突然の行動に、サクヤと親父は驚きの声を上げる。
「あれは滅多にいない、いい女だった! もう誇りとかどうでもいいから、抱いておけばよかった!
ああ~~~~~、あああああああ! なんだよ、先祖の誇りって! 男の矜持とかどうでもいいだろ!? 俺ってば何であんなこと言っちまったんだあああああああっ!!」
俺の心の中は後悔でいっぱいだった。
よくよく考えてみれば、こんなところで格好つける必要はなかった。
「いっそのこと、一回抱いてから提案を断るって手もあったな・・・」
「何を最低なことを言っとるんだ。お前は・・・」
親父が呆れたように言った。俺はその言葉を聞き流して、サクヤの胸に顔を押しつける。
「ううううううう~~~~」
「よしよし、頑張りましたね。ディンギル様」
サクヤがよしよしと、俺の頭を撫でる。
細身で小柄なサクヤの胸はやや母性に乏しいが、それでも女の胸である。こうして顔を埋めていると、やはり落ち着く。
「ん・・・もう。悪戯をしてはいけませんよ」
「うう・・・・・・」
サクヤの腰を抱いてメイド服越しに脚と尻を撫でまわす。無表情なサクヤがわずかに頬を染める。
「はあ・・・感心して損をしたぞ」
親父がソファから腰を上げて、部屋から出て行く。部屋には俺とサクヤの二人きりになった。
「うう、サクヤ・・・お前にお願いがあるんだが・・・」
「はい、なんなりと。夜のお世話でしょうか?」
「それは・・・今夜はいい」
「え?」
予想外の返答にサクヤが首を傾げる。女好きの俺のことだから、ベッドで慰めて欲しいというと思っていたのだろう。
「『鋼牙』の腕利きを何人か、それとシャナを連れて、ルクセリアが泊まっている宿を張っておいてくれ」
「はあ、それは構いませんが・・・理由をお聞きしても?」
訪ねてくるサクヤの声に、俺はメイド服の胸元から顔を上げて答える。
「護衛のためだ。俺の予想が正しければ、ルクセリアは今晩あたり殺されるから」
8
お気に入りに追加
6,112
あなたにおすすめの小説
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
勇者に大切な人達を寝取られた結果、邪神が目覚めて人類が滅亡しました。
レオナール D
ファンタジー
大切な姉と妹、幼なじみが勇者の従者に選ばれた。その時から悪い予感はしていたのだ。
田舎の村に生まれ育った主人公には大切な女性達がいた。いつまでも一緒に暮らしていくのだと思っていた彼女らは、神託によって勇者の従者に選ばれて魔王討伐のために旅立っていった。
旅立っていった彼女達の無事を祈り続ける主人公だったが……魔王を倒して帰ってきた彼女達はすっかり変わっており、勇者に抱きついて媚びた笑みを浮かべていた。
青年が大切な人を勇者に奪われたとき、世界の破滅が幕を開く。
恐怖と狂気の怪物は絶望の底から生まれ落ちたのだった……!?
※カクヨムにも投稿しています。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。