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暗雲(2)

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 結婚式が行われる数日前。
 王都に舞い戻ってきたマーリンは、顔にはラクシャータから貰った銀仮面。身体は黒いフード付きのローブを身に着けて大通りを歩いていた。

 銀仮面にかけられた魔術によってマーリンの正体がマリアンヌであることに気がつく者は誰もいない。
 それでも、ここが敵地であることに変わりはない。
 不安を完全に拭い去ることはできず、マーリンはフードを手で引っ張って深々と顔を隠すようにした。

『大丈夫だ、マリアンヌ。いざとなったら私が何とかしよう』

「ありがとう、フュル」

 背後からかけられた力強い言葉に、マーリンは周囲に聞こえないようにひっそりと応える。
 美麗の悪魔は完全に姿を消しており、声もマーリンにしか聞くことはできない。
 それでも、この敵ばかりの都で自分に味方がいることはとても心強く、マーリンの顔からわずかに緊張が抜ける。

 マーリンは大通りの隅を歩くようにして、見慣れた道を進んで行く。
 数日後に王太子と聖女が結婚式を上げるということもあって、大通りは無数の人であふれかえっている。
 そのおかげで銀仮面にローブという妖しい姿のマーリンを気に留める者もいなかった。

「あ・・・」

 人目を忍んで道を歩いていくマーリンであったが、ふと見知った人間の姿に足を止めた。

「お願いします、ほんの少しでいいんです。お願いします・・・お願いします・・・」

「そんなこといってもねえ、うちも商売でやってるから」

 野菜を売っている店の前、やつれた修道服を着た女性の姿があった。
 女性は腰を90度くっきりと曲げて店の店主に頭を下げており、頭に被ったウィンプルと呼ばれるヴェールの端が地面につきそうになっていた。

「セーナさん・・・」

『知り合いか、マリアンヌ』

「ええ・・・私が聖女だった頃に通っていた孤児院のシスターです」

 マーリン・・・マリアンヌ・カーティスは聖女としていくつかの奉仕活動を行っていた。
 そのうちの一つが、都にある孤児院への慰問である。

「セーナさんはとても信心深い方で、子供達にもよくなつかれていたんですよ」

『ふむ? なにやら揉めているようだが』

「はい、どうしたのでしょう」

 マーリンはさりげなくセーナに近づいて、耳を澄ませた。

「うちだって裕福じゃあないんだから。金ももらわずに野菜は売れねえよ。先月分のツケだって払ってもらってないだろ?」

「そこをなんとか・・・うちにはお腹を空かせた子供達がいて・・・」

「そりゃあ、わかってるさ。だけどこっちも苦しくてねえ・・・」

 どうやらセーナは野菜をツケで買おうとしており、店主はそれに渋っているようだ。
 事情を察して、マーリンはいぶかしげに瞳を細めた。

「孤児院の経営は確かに苦しかったですけど、神殿から寄付も出てますし、物乞いのようなことをするほどではなかったと思うですけど・・・」

『事情は知らぬが、関わり合いになるべきではないな。日が暮れないうちに宿を探すべきだ』

 フュルフールが冷たく断言する。
 悪魔である彼にとって、大切な人間はマーリンただ一人である。孤児院もそこのシスターも、フュルフールにとってはアリの子ほどの価値もない。
 あくまでも合理的に、厄介ごとを避けることをマーリンに勧めた。

「いいえ、放ってはおけません!」

 しかし、知り合いが目の前で難渋しているのを見せつけられたマーリンは冷静ではいられなかった。
 セーナの背後へと歩み寄り、揉めている二人へと声をかけた。
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