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暗雲(1)

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 ロクサルト王国王都。
 国の中心である都は、1週間後に控えた王太子と聖女との結婚に湧きたっていた。
 大々的に開かれる予定の祭典を一目見ようと国の内外から大勢の人が集まっており、宿も市場も大きな商機に賑わいを見せている。

 北方の国々は魔族の侵攻という事態に緊張しているが、大陸南部にあるこの国ではいまだ危機感が薄い。
 すぐ目の前に迫った慶事に国中が浮き足立っており、自分達が戦いに巻き込まれるかもしれないなどとは誰も考えていなかった。

 そんな王都の中心にある王宮の廊下を、靴の踵で床を強く叩きながら王太子レイフェルトが闊歩していた。
 レイフェルトは目的としていた部屋の前までたどり着き、勢い良く扉を開け放った。

「メアリー! いるか!」

「あ、レイフェルト様!」

「おおっ・・・! なんと美しい!」

 部屋の中では、聖女メアリー・カーティスが結婚式で着るドレスを試着していた。
 純白で曇りのないドレスはメアリーの金髪の美しさを引き立てていて、まるで天使が地上に降りてきたかのように可憐な姿であった。

「ああっ・・・ダメですよ、殿下! まだ花嫁を見ては!」

「いいではないか、どうせ結婚式で目にするのだから。少し予定が早まるだけだ」

「まったく・・・」

 年配の侍女がたしなめるが、レイフェルトは聞く耳を持たずにメアリーに歩み寄る。
 美しいドレスを身に纏った婚約者の姿をすぐ近くから目に焼き付け、腕を引いて抱き寄せる。

「あっ・・・ダメですよ、レイフェルト様。ドレスにシワが・・・」

「喜んでくれ、メアリー! 1週間後の結婚式には、北の聖地から大司祭様が来られることになったぞ!」

「え、大司祭様・・・?」

 レイフェルトがいつになく興奮しているのは、それが理由であった。
 ロクサルト王国から北方にある聖地・ユートピア。
 この大陸を席巻する最大の宗教である『星光教』の総本山であるその地から、わざわざ大司祭が結婚式に参列することになったのだ。

 現在、大陸北方の国々は魔族の侵攻により、一触即発の緊張状態になっている。
 そんな情勢下で聖地から大司祭がやってくるというのは、星光教がロクサルト王国のことを重んじているという証拠である。

 国際社会におけるロクサルト王国の立場も飛躍的に向上して、同規模の国力を持つ周辺諸国に対して大きくイニシアティブを握ることが出来るだろう。

「これで私達の治世も安泰だな! 今にこの国を、大国と呼ばれるほどに大きくしてやる!」

 レイフェルトはメアリーの身体を抱きしめたまま、高々と野望を語った。
 その脳裏には、ロクサルト王国が周辺諸国を併呑して大国となる未来が描かれていた。
 そして、レイフェルトは中興の祖として、千年先の歴史書にまで名君として語られるのだ!

「大司祭・・・」

 喜ぶレイフェルトと対照的に、抱きしめられたメアリーの表情は曇っていた。

 婚約者の胸へと縋りついた顔は不安と恐怖に引きつっていたのだが、その場にいる者は誰も気づくことはなかった。
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