上 下
20 / 68

騎士(2)

しおりを挟む
「そうか、ご苦労だった」

「はっ・・・」

 レイフェルトにマリアンヌの死を報告をすると、王太子である彼は短い言葉とともに頷いた。
 ガイウスは持ち帰ってきたマリアンヌの遺髪を手渡すが、レイフェルトはまるで汚らしいものでも見るように一瞥して、ろくに検分することもなくクズ籠に投げ捨ててしまった。
 仮にも元・婚約者の殺害を命じておいて、あまりにもそっけない態度である。

 ガイウスは跪いたまま、微かに表情を歪めた。

「どうした? 下がっていいぞ」

「・・・・・・承知しました」

 ガイウスは物言いたげな顔のまま、王太子の部屋を後にした。
 部屋に一人きりになったレイフェルトは、窓辺によって夕暮れの空を見上げた。

「ようやく死んでくれたか・・・忌まわしい女め」

 吐き捨てるように言って、レイフェルトは表情を歪めた。

 マリアンヌが婚約者になってからの5年間。それはレイフェルトにとって嫉妬と苦悩の日々であった。
 マリアンヌ・カーティスは心優しく、聡明で、まさしく聖女といわんばかりの理想的な令嬢であった。
 レイフェルトはそんなマリアンヌを婚約者として誇らしく思うと同時に、その完璧さを疎んでいた。

「次期国王である私よりも、たかが侯爵令嬢であるマリアンヌのほうが評価されているなど、許されることではない・・・!」

 それはレイフェルトの心から本音であった。
 本来、妻というのは夫の後ろを歩き、縁の下から男を支えるものではないだろうか?
 それなのに、マリアンヌときたら王太子である自分以上に栄光と尊敬を集めてしまっている。
 それがどれだけ惨めで情けないことか、マリアンヌはきっと最後まで気づいていなかっただろう。

「ふんっ、これでようやく私は自由になれる。お前という鎖に縛られることなく、己の力だけで脚光を浴びることができる・・・!」

 レイフェルトはくつくつと陰鬱な笑みを浮かべた。
 秀麗な貴公子の顔が醜く歪んで、まるで悪鬼のような凶相に変わる。

 もしも――仮にあの断罪の場でレイフェルトがこの顔を見せていたのであれば、この男が主張するマリアンヌの罪を誰も信じはしなかっただろう。

 そのとき、ガチャリとレイフェルトの部屋の扉が開けられた。

「あ、レイフェルト様。こんな所にいたんですね!」

 ノックもせずに入ってきたのは、マリアンヌの妹のメアリー・カーティスである。
 メアリーの声を聴いた途端、レイフェルトの邪悪な顔が消えて貴公子の顔へと切り替わる。

「こらこら、ノックをしないとダメだろう。メアリー」

「あ、ごめんなさあい。レイフェルト様に早く会いたくて・・・」

「ははは、可愛らしいらしいな。私の聖女は」

 レイフェルトは柔らかい笑みを浮かべて、メアリーの頭を撫でた。

「えへへへっ」

 はにかみながら頬を染めるメアリーに、レイフェルトは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。

(やはり、女はこれくらい可愛げがあるほうがいい)

 病的なまでにプライドが高いレイフェルトにとって、妻や婚約者は自分の引き立て役であり、アクセサリーのようなものだった。
 自分よりも有能なものは認められないが、無能なブサイクはふさわしくない。
 その点でいうと、メアリーは最高の女性といえた。
 頭の中が空っぽで自分の能力を超えることはなく、聖女としての力と権威は持ち合わせている。
 次期国王である自分を彩る、最高の女だ。

(マリアンヌが力を失い、メアリーが聖女に目覚めるとは・・・まるで神が私に祝福をしているようだな)

 レイフェルトは内心でほくそ笑んで、メアリーの金色の髪へと唇を落とした。
 くすぐったそうに身をよじる少女の身体を抱きしめ、自分がこれから歩むであろう栄光の未来に思いを馳せるのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今日で都合の良い嫁は辞めます!後は家族で仲良くしてください!

ユウ
恋愛
三年前、夫の願いにより義両親との同居を求められた私はは悩みながらも同意した。 苦労すると周りから止められながらも受け入れたけれど、待っていたのは我慢を強いられる日々だった。 それでもなんとななれ始めたのだが、 目下の悩みは子供がなかなか授からない事だった。 そんなある日、義姉が里帰りをするようになり、生活は一変した。 義姉は子供を私に預け、育児を丸投げをするようになった。 仕事と家事と育児すべてをこなすのが困難になった夫に助けを求めるも。 「子供一人ぐらい楽勝だろ」 夫はリサに残酷な事を言葉を投げ。 「家族なんだから助けてあげないと」 「家族なんだから助けあうべきだ」 夫のみならず、義両親までもリサの味方をすることなく行動はエスカレートする。 「仕事を少し休んでくれる?娘が旅行にいきたいそうだから」 「あの子は大変なんだ」 「母親ならできて当然よ」 シンパシー家は私が黙っていることをいいことに育児をすべて丸投げさせ、義姉を大事にするあまり家族の団欒から外され、我慢できなくなり夫と口論となる。 その末に。 「母性がなさすぎるよ!家族なんだから協力すべきだろ」 この言葉でもう無理だと思った私は決断をした。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

コブ付き女サヨナラと婚約破棄された占い聖女ですが、唐突に現れた一途王子に溺愛されて結果オーライです!

松ノ木るな
恋愛
 ある城下町で、聖女リィナは占い師を生業としながら、捨て子だった娘ルゥと穏やかに暮らしていた。  ある時、傲慢な国の第ニ王子に、聖女の物珍しさから妻になれと召し上げられ、その半年後、子持ちを理由に婚約破棄、王宮から追放される。  追放? いや、解放だ。やったー! といった頃。  自室で見知らぬ男がルゥと積み木遊びをしている……。  変質者!? 泥棒!? でもよく見ると、その男、とっても上質な衣裳に身を包む、とってもステキな青年だったのです。そんな男性が口をひらけば「結婚しよう!」?? ……私はあなたが分かりません!

下剋上を始めます。これは私の復讐のお話

ハルイロ
恋愛
「ごめんね。きみとこのままではいられない。」そう言われて私は大好きな婚約者に捨てられた。  アルト子爵家の一人娘のリルメリアはその天才的な魔法の才能で幼少期から魔道具の開発に携わってきた。 彼女は優しい両親の下、様々な出会いを経て幸せな学生時代を過ごす。 しかし、行方不明だった元王女の子が見つかり、今までの生活は一変。 愛する婚約者は彼女から離れ、お姫様を選んだ。 「それなら私も貴方はいらない。」 リルメリアは圧倒的な才能と財力を駆使してこの世界の頂点「聖女」になることを決意する。 「待っていなさい。私が復讐を完遂するその日まで。」 頑張り屋の天才少女が濃いキャラ達に囲まれながら、ただひたすら上を目指すお話。   *他視点あり 二部構成です。 一部は幼少期編でほのぼのと進みます 二部は復讐編、本編です。

【完結】よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

【読み切り版】婚約破棄された先で助けたお爺さんが、実はエルフの国の王子様で死ぬほど溺愛される

卯月 三日
恋愛
公爵家に生まれたアンフェリカは、政略結婚で王太子との婚約者となる。しかし、アンフェリカの持っているスキルは、「種(たね)の保護」という訳の分からないものだった。 それに不満を持っていた王太子は、彼女に婚約破棄を告げる。 王太子に捨てられた主人公は、辺境に飛ばされ、傷心のまま一人街をさまよっていた。そこで出会ったのは、一人の老人。 老人を励ました主人公だったが、実はその老人は人間の世界にやってきたエルフの国の王子だった。彼は、彼女の心の美しさに感動し恋に落ちる。 そして、エルフの国に二人で向かったのだが、彼女の持つスキルの真の力に気付き、エルフの国が救われることになる物語。 読み切り作品です。 いくつかあげている中から、反応のよかったものを連載します! どうか、感想、評価をよろしくお願いします!

死に役はごめんなので好きにさせてもらいます

橋本彩里(Ayari)
恋愛
フェリシアは幼馴染で婚約者のデュークのことが好きで健気に尽くしてきた。 前世の記憶が蘇り、物語冒頭で死ぬ役目の主人公たちのただの盛り上げ要員であると知ったフェリシアは、死んでたまるかと物語のヒーロー枠であるデュークへの恋心を捨てることを決意する。 愛を返されない、いつか違う人とくっつく予定の婚約者なんてごめんだ。しかも自分は死に役。 フェリシアはデューク中心の生活をやめ、なんなら婚約破棄を目指して自分のために好きなことをしようと決める。 どうせ何をしていても気にしないだろうとデュークと距離を置こうとするが…… お付き合いいただけたら幸いです。 たくさんのいいね、エール、感想、誤字報告をありがとうございます!

処理中です...