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召喚(3)

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 悪魔にとって人間との契約は、人間でいうところの結婚や男女交際に近いものである。
 そして、その認識は悪魔によって千差万別であった。
 一度に複数の相手と契約をする軟派な悪魔もいれば、一つの契約を後生大事に抱え続ける純情な悪魔もいる。

 そんな中で、何百年も、何千年も、契約をすることが出来ずに売れ残ってしまう悪魔がいる。

 彼らは、悪魔の世界では『契約童貞』などと呼ばれて蔑まれていた。

『まさか・・・貴方のような上級悪魔が契約童貞だったとはな』

「くっ、黙っているがいい! 下級悪魔の分際で!」

 呆れたようなサロメの声に、悪魔は噛みつくように吠えた。

 あの空気が凍りつくような沈黙から30分。
 すでにサロメの口から状況は説明されており、固まっていたマリアンヌも落ち着きを取り戻していた。

「童貞・・・というのはよくわかりませんが、そんなに恥じいることなのですか?」

「うっ・・・」

 マリアンヌの言葉に悪魔がたじろぐ。
 半透明の青白い顔が、心なしか赤く染まっている。
 その反応を見て、ラクシャータも目の前の悪魔が本当に童貞なのだと理解した。

「まあ、公言するほど誇れることじゃないわねー。別に悪いことじゃないけど」

「はあ?」

 ラクシャータの言葉に、マリアンヌは首を傾げた。
 侯爵令嬢であった彼女にとって、結婚まで純潔を守ることは当たり前の義務である。
 多くの相手と関係を結んだことが、そんなに立派なことだろうか?

「わ、私だって好きで童貞なわけではない!」

 悪魔が憤然と叫ぶ。

「私ほどの上級悪魔となると釣り合う契約者は滅多にいないんだぞ! たまに召喚されたと思えば、相手は年を食った高齢の魔法使いばかり! 初めての契約者くらい、好みの女性が良いではないか!」

『それで、契約童貞か・・・』

 サロメが深々とため息をついた。
 たしかに、これほどの上級悪魔と釣り合うのは何十年も修行を積んだ魔法使いくらい。マリアンヌのような若い女性が召喚に成功することのほうが稀だろう。
 契約者を選り好みしていれば、誰とも契約できないのは当然である。

「ようやく若い女性と、それも私の好みドンピシャの美しい娘に召喚されたのだぞ!? ちょっとくらいがっついたっていいではないか!」

「それは別にいけど・・・落ち着きがなくてがっついた童貞は、マリアンヌちゃんみたいな恋愛経験が少ない娘には怖がられるわよ?」

「うっ・・・それは・・・」

 悪魔はたじろいだように顔をひきつらせて、自分を落ち着けるように拳を口元に当てて咳払いをする。

 そして・・・改めてマリアンヌの顔を真正面から見据えた。

「その、なんだ・・・マリアンヌ嬢」

「は、はい」

「突然、こんなことを言われて戸惑っているのはわかる。しかし、私はどうやら、君に一目惚れしてしまったらしい」

「一目惚れ、ですか・・・?」

 マリアンヌは口を「へ」の字に曲げて、形容しがたい表情をとる。
 政略結婚が当然の貴族社会に生きてきた彼女にとって、「一目惚れ」などというものは物語の中でしか聞いたことがない言葉である。

「ああ、勘違いしないでくれ! 顔が好みだったというのは確かにあるが、それだけではないのだ!」

 マリアンヌの沈黙をどのように受け取ったのか、悪魔が勝手に弁解を始めた。

「顔もそうだが、君の魂はとても澄みきっていて、これまで目にした度の人間よりも美しく見えた。だから、私は君と契約して君の願いに寄り添いたいのだ・・・その、ダメだろうか?」

 先ほどまでの威厳はどこに行ってしまったのか。
 媚びるような上目遣いで行ってくる悪魔に、マリアンヌは「ほう・・・」とため息をついた。
 そして、ほんの少しだけ考えて鮮やかに赤い唇を開く。

「私には恋というものがよくわかりません。契約というのが、悪魔にとってどのような意味があるのかも・・・。それでも、貴方が私の復讐に力を貸してくれるというのならば、こんなに嬉しいことはありません」

「そ、それじゃあ・・・!」

「はい」

 マリアンヌは頷いた。

「私と契約をしてください。悪魔様。どうか末永くよろしくお願いします」

「おお・・・おおっ・・・! こちらこそよろしく頼む!」

 悪魔はブルブルと身体を歓喜に震わせ、マリアンヌの両手を握った。

「私はフュルフールという。フュルとでも呼んでくれ、我が愛しき魔女よ! そっちの方が恋人っぽいからな!」

 こうして、マリアンヌは聖女であることを捨てて魔女となった。
 その選択が正しいものであったのか。明らかになるのは、まだ少し先のことであった。
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