15 / 68
召喚(3)
しおりを挟む
悪魔にとって人間との契約は、人間でいうところの結婚や男女交際に近いものである。
そして、その認識は悪魔によって千差万別であった。
一度に複数の相手と契約をする軟派な悪魔もいれば、一つの契約を後生大事に抱え続ける純情な悪魔もいる。
そんな中で、何百年も、何千年も、契約をすることが出来ずに売れ残ってしまう悪魔がいる。
彼らは、悪魔の世界では『契約童貞』などと呼ばれて蔑まれていた。
『まさか・・・貴方のような上級悪魔が契約童貞だったとはな』
「くっ、黙っているがいい! 下級悪魔の分際で!」
呆れたようなサロメの声に、悪魔は噛みつくように吠えた。
あの空気が凍りつくような沈黙から30分。
すでにサロメの口から状況は説明されており、固まっていたマリアンヌも落ち着きを取り戻していた。
「童貞・・・というのはよくわかりませんが、そんなに恥じいることなのですか?」
「うっ・・・」
マリアンヌの言葉に悪魔がたじろぐ。
半透明の青白い顔が、心なしか赤く染まっている。
その反応を見て、ラクシャータも目の前の悪魔が本当に童貞なのだと理解した。
「まあ、公言するほど誇れることじゃないわねー。別に悪いことじゃないけど」
「はあ?」
ラクシャータの言葉に、マリアンヌは首を傾げた。
侯爵令嬢であった彼女にとって、結婚まで純潔を守ることは当たり前の義務である。
多くの相手と関係を結んだことが、そんなに立派なことだろうか?
「わ、私だって好きで童貞なわけではない!」
悪魔が憤然と叫ぶ。
「私ほどの上級悪魔となると釣り合う契約者は滅多にいないんだぞ! たまに召喚されたと思えば、相手は年を食った高齢の魔法使いばかり! 初めての契約者くらい、好みの女性が良いではないか!」
『それで、契約童貞か・・・』
サロメが深々とため息をついた。
たしかに、これほどの上級悪魔と釣り合うのは何十年も修行を積んだ魔法使いくらい。マリアンヌのような若い女性が召喚に成功することのほうが稀だろう。
契約者を選り好みしていれば、誰とも契約できないのは当然である。
「ようやく若い女性と、それも私の好みドンピシャの美しい娘に召喚されたのだぞ!? ちょっとくらいがっついたっていいではないか!」
「それは別にいけど・・・落ち着きがなくてがっついた童貞は、マリアンヌちゃんみたいな恋愛経験が少ない娘には怖がられるわよ?」
「うっ・・・それは・・・」
悪魔はたじろいだように顔をひきつらせて、自分を落ち着けるように拳を口元に当てて咳払いをする。
そして・・・改めてマリアンヌの顔を真正面から見据えた。
「その、なんだ・・・マリアンヌ嬢」
「は、はい」
「突然、こんなことを言われて戸惑っているのはわかる。しかし、私はどうやら、君に一目惚れしてしまったらしい」
「一目惚れ、ですか・・・?」
マリアンヌは口を「へ」の字に曲げて、形容しがたい表情をとる。
政略結婚が当然の貴族社会に生きてきた彼女にとって、「一目惚れ」などというものは物語の中でしか聞いたことがない言葉である。
「ああ、勘違いしないでくれ! 顔が好みだったというのは確かにあるが、それだけではないのだ!」
マリアンヌの沈黙をどのように受け取ったのか、悪魔が勝手に弁解を始めた。
「顔もそうだが、君の魂はとても澄みきっていて、これまで目にした度の人間よりも美しく見えた。だから、私は君と契約して君の願いに寄り添いたいのだ・・・その、ダメだろうか?」
先ほどまでの威厳はどこに行ってしまったのか。
媚びるような上目遣いで行ってくる悪魔に、マリアンヌは「ほう・・・」とため息をついた。
そして、ほんの少しだけ考えて鮮やかに赤い唇を開く。
「私には恋というものがよくわかりません。契約というのが、悪魔にとってどのような意味があるのかも・・・。それでも、貴方が私の復讐に力を貸してくれるというのならば、こんなに嬉しいことはありません」
「そ、それじゃあ・・・!」
「はい」
マリアンヌは頷いた。
「私と契約をしてください。悪魔様。どうか末永くよろしくお願いします」
「おお・・・おおっ・・・! こちらこそよろしく頼む!」
悪魔はブルブルと身体を歓喜に震わせ、マリアンヌの両手を握った。
「私はフュルフールという。フュルとでも呼んでくれ、我が愛しき魔女よ! そっちの方が恋人っぽいからな!」
こうして、マリアンヌは聖女であることを捨てて魔女となった。
その選択が正しいものであったのか。明らかになるのは、まだ少し先のことであった。
そして、その認識は悪魔によって千差万別であった。
一度に複数の相手と契約をする軟派な悪魔もいれば、一つの契約を後生大事に抱え続ける純情な悪魔もいる。
そんな中で、何百年も、何千年も、契約をすることが出来ずに売れ残ってしまう悪魔がいる。
彼らは、悪魔の世界では『契約童貞』などと呼ばれて蔑まれていた。
『まさか・・・貴方のような上級悪魔が契約童貞だったとはな』
「くっ、黙っているがいい! 下級悪魔の分際で!」
呆れたようなサロメの声に、悪魔は噛みつくように吠えた。
あの空気が凍りつくような沈黙から30分。
すでにサロメの口から状況は説明されており、固まっていたマリアンヌも落ち着きを取り戻していた。
「童貞・・・というのはよくわかりませんが、そんなに恥じいることなのですか?」
「うっ・・・」
マリアンヌの言葉に悪魔がたじろぐ。
半透明の青白い顔が、心なしか赤く染まっている。
その反応を見て、ラクシャータも目の前の悪魔が本当に童貞なのだと理解した。
「まあ、公言するほど誇れることじゃないわねー。別に悪いことじゃないけど」
「はあ?」
ラクシャータの言葉に、マリアンヌは首を傾げた。
侯爵令嬢であった彼女にとって、結婚まで純潔を守ることは当たり前の義務である。
多くの相手と関係を結んだことが、そんなに立派なことだろうか?
「わ、私だって好きで童貞なわけではない!」
悪魔が憤然と叫ぶ。
「私ほどの上級悪魔となると釣り合う契約者は滅多にいないんだぞ! たまに召喚されたと思えば、相手は年を食った高齢の魔法使いばかり! 初めての契約者くらい、好みの女性が良いではないか!」
『それで、契約童貞か・・・』
サロメが深々とため息をついた。
たしかに、これほどの上級悪魔と釣り合うのは何十年も修行を積んだ魔法使いくらい。マリアンヌのような若い女性が召喚に成功することのほうが稀だろう。
契約者を選り好みしていれば、誰とも契約できないのは当然である。
「ようやく若い女性と、それも私の好みドンピシャの美しい娘に召喚されたのだぞ!? ちょっとくらいがっついたっていいではないか!」
「それは別にいけど・・・落ち着きがなくてがっついた童貞は、マリアンヌちゃんみたいな恋愛経験が少ない娘には怖がられるわよ?」
「うっ・・・それは・・・」
悪魔はたじろいだように顔をひきつらせて、自分を落ち着けるように拳を口元に当てて咳払いをする。
そして・・・改めてマリアンヌの顔を真正面から見据えた。
「その、なんだ・・・マリアンヌ嬢」
「は、はい」
「突然、こんなことを言われて戸惑っているのはわかる。しかし、私はどうやら、君に一目惚れしてしまったらしい」
「一目惚れ、ですか・・・?」
マリアンヌは口を「へ」の字に曲げて、形容しがたい表情をとる。
政略結婚が当然の貴族社会に生きてきた彼女にとって、「一目惚れ」などというものは物語の中でしか聞いたことがない言葉である。
「ああ、勘違いしないでくれ! 顔が好みだったというのは確かにあるが、それだけではないのだ!」
マリアンヌの沈黙をどのように受け取ったのか、悪魔が勝手に弁解を始めた。
「顔もそうだが、君の魂はとても澄みきっていて、これまで目にした度の人間よりも美しく見えた。だから、私は君と契約して君の願いに寄り添いたいのだ・・・その、ダメだろうか?」
先ほどまでの威厳はどこに行ってしまったのか。
媚びるような上目遣いで行ってくる悪魔に、マリアンヌは「ほう・・・」とため息をついた。
そして、ほんの少しだけ考えて鮮やかに赤い唇を開く。
「私には恋というものがよくわかりません。契約というのが、悪魔にとってどのような意味があるのかも・・・。それでも、貴方が私の復讐に力を貸してくれるというのならば、こんなに嬉しいことはありません」
「そ、それじゃあ・・・!」
「はい」
マリアンヌは頷いた。
「私と契約をしてください。悪魔様。どうか末永くよろしくお願いします」
「おお・・・おおっ・・・! こちらこそよろしく頼む!」
悪魔はブルブルと身体を歓喜に震わせ、マリアンヌの両手を握った。
「私はフュルフールという。フュルとでも呼んでくれ、我が愛しき魔女よ! そっちの方が恋人っぽいからな!」
こうして、マリアンヌは聖女であることを捨てて魔女となった。
その選択が正しいものであったのか。明らかになるのは、まだ少し先のことであった。
1
お気に入りに追加
510
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
追放聖女。自由気ままに生きていく ~聖魔法?そんなの知らないのです!~
夕姫
ファンタジー
「アリーゼ=ホーリーロック。お前をカトリーナ教会の聖女の任務から破門にする。話しは以上だ。荷物をまとめてここから立ち去れこの「異端の魔女」が!」
カトリーナ教会の聖女として在籍していたアリーゼは聖女の証である「聖痕」と言う身体のどこかに刻まれている痣がなくなり、聖魔法が使えなくなってしまう。
それを同じカトリーナ教会の聖女マルセナにオイゲン大司教に密告されることで、「異端の魔女」扱いを受け教会から破門にされてしまった。そう聖魔法が使えない聖女など「いらん」と。
でもアリーゼはめげなかった。逆にそんな小さな教会の聖女ではなく、逆に世界を旅して世界の聖女になればいいのだと。そして自分を追い出したこと後悔させてやる。聖魔法?そんなの知らないのです!と。
そんなアリーゼは誰よりも「本」で培った知識が豊富だった。自分の意識の中に「世界書庫」と呼ばれる今まで読んだ本の内容を記憶する能力があり、その知識を生かし、時には人類の叡知と呼ばれる崇高な知識、熟練冒険者のようなサバイバル知識、子供が知っているような知識、そして間違った知識など……旅先の人々を助けながら冒険をしていく。そうこれは世界中の人々を助ける存在の『聖女』になるための物語。
※追放物なので多少『ざまぁ』要素はありますが、W主人公なのでタグはありません。
※基本はアリーゼ様のほのぼの旅がメインです。
※追放側のマルセナsideもよろしくです。
召喚されたけど要らないと言われたので旅に出ます。探さないでください。
udonlevel2
ファンタジー
修学旅行中に異世界召喚された教師、中園アツシと中園の生徒の姫島カナエと他3名の生徒達。
他の三人には国が欲しがる力があったようだが、中園と姫島のスキルは文字化けして読めなかった。
その為、城を追い出されるように金貨一人50枚を渡され外の世界に放り出されてしまう。
教え子であるカナエを守りながら異世界を生き抜かねばならないが、まずは見た目をこの世界の物に替えて二人は慎重に話し合いをし、冒険者を雇うか、奴隷を買うか悩む。
まずはこの世界を知らねばならないとして、奴隷市場に行き、明日殺処分だった虎獣人のシュウと、妹のナノを購入。
シュウとナノを購入した二人は、国を出て別の国へと移動する事となる。
★他サイトにも連載中です(カクヨム・なろう・ピクシブ)
中国でコピーされていたので自衛です。
「天安門事件」
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる