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悪魔(1)
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「はいっ、お茶をどうぞ」
「・・・・・・ありがとうございます」
マリアンヌはラクシャータに連れられて、森の奥にある小さな家へと連れてこられた。
煉瓦作りの家はしっかりとした造りになっていて、中にはベッドやタンスなど一通りの家具がそろえられていた。
ラクシャータから着替えを借りたマリアンヌは、テーブルについて温かなお茶を勧められていた。
森をさまよい続けたせいで喉はカラカラに乾いている。
身体も冷え切っているし、温かいお茶は素直にありがたかった。
「・・・すみません、お見苦しいものをお見せして」
お茶を飲んで一息ついて、マリアンヌは顔を朱に染めたまま頭を下げた。
貴族令嬢であったマリアンヌは着替えや入浴をメイドに手伝ってもらうことは日常的にあったが、出会ったばかりの相手に裸を見られたのはさすがに初めてである。
必死に恥じらう少女の謝罪に、ラクシャータは微笑ましそうに手を振った。
「いいって、いいって。こちらこそ立派なものを見せてもらってお礼を言いたいくらいだよ。私って一人暮らしが長いから、女の子のでも結構興奮しちゃうのよねー。いやー、軟らかそうなマシュマロだったわ」
「は、はあ?」
ワシワシと両手の指を怪しく蠢かすラクシャータに、何と答えて良いのかわからずにマリアンヌは口元をひきつらせた。
侯爵令嬢であるマリアンヌは当然ながら、先ほどのような下世話なジョークを言われた経験はない。
セクハラへの対処法など、知るわけがなかった。
「ええと、それで・・・あなたは本当に、ラクシャータ・イワンさんなのですか?」
「しつこいねー、そうだって言ってるじゃん!」
ラクシャータはむうと不満げな顔をしながら、少しだけ声を荒げた。
初対面の相手にしつこいくらいに何度も名前を確認されたのだから、当然の反応である。
命の恩人に対して無礼な発言であるとはわかっていたが、マリアンヌはどうしても確認しておかなければならなかった。
「その・・・失礼ですけど、ええと・・・」
あなたは「汚れた聖女」なのですか?
本当はそのことを尋ねたかったが、なかなか切り出すことができなかった。
いくら何でも、それがとてつもなく気分を害する質問であることは予想ができた。
何かを言いたそうにしているマリアンヌの様子を見て、ラクシャータは快活に笑った。
「ああ、ひょっとして、私が淫乱スケベ聖女だと聞きたいのかしら?」
「いえ! そこまでは思ってません!」
「アハハ、似たようなことは聞きたかったわけね」
「ううっ・・・」
マリアンヌが申し訳なさそうに縮こまるが、ラクシャータは気にした様子もなくへらへらと口元を緩める。
「私のことがどんなふうに伝わってるか知らないけど、だいたい当たってるんじゃない? 婚約者がいたけど浮気しまくったし、そもそも聖女になるまでは娼婦だったし」
「しょ、娼婦だったんですか!?」
意外な言葉に、マリアンヌが上ずった声を上げた。
「そうよー? 飢饉のせいで村から売られちゃって、16まで娼婦として生きてきたのよー。悪い客に暴力を振るわれて生死の境をさまよったことがきっかけで治癒魔法に目覚めて、急に神殿から迎えが来た時には驚いたものね」
「・・・・・・」
明るい話しぶりからは考えられない壮絶な過去を聞いて、マリアンヌは思わず言葉を失った。
汚れた聖女として名前が残る彼女に、そんな過去があったとは。
「まあ、三つ子の魂百まで・・・っていうのかしら? 聖女になってからも、娼婦だった頃の癖は抜けなくてね? タイプの男を片っ端から食べてたら、いつの間にか神殿を追放されてたのよー」
「そ、そうなんですか・・・」
「アハハハハハ、間抜けすぎて超ウケルよねー!」
「は、はは・・・」
何がおかしいのか、テーブルと叩いてケラケラと笑うラクシャータに苦笑いを返して、マリアンヌは頭痛を堪えるように手でこめかみを抑えた。
「・・・・・・ありがとうございます」
マリアンヌはラクシャータに連れられて、森の奥にある小さな家へと連れてこられた。
煉瓦作りの家はしっかりとした造りになっていて、中にはベッドやタンスなど一通りの家具がそろえられていた。
ラクシャータから着替えを借りたマリアンヌは、テーブルについて温かなお茶を勧められていた。
森をさまよい続けたせいで喉はカラカラに乾いている。
身体も冷え切っているし、温かいお茶は素直にありがたかった。
「・・・すみません、お見苦しいものをお見せして」
お茶を飲んで一息ついて、マリアンヌは顔を朱に染めたまま頭を下げた。
貴族令嬢であったマリアンヌは着替えや入浴をメイドに手伝ってもらうことは日常的にあったが、出会ったばかりの相手に裸を見られたのはさすがに初めてである。
必死に恥じらう少女の謝罪に、ラクシャータは微笑ましそうに手を振った。
「いいって、いいって。こちらこそ立派なものを見せてもらってお礼を言いたいくらいだよ。私って一人暮らしが長いから、女の子のでも結構興奮しちゃうのよねー。いやー、軟らかそうなマシュマロだったわ」
「は、はあ?」
ワシワシと両手の指を怪しく蠢かすラクシャータに、何と答えて良いのかわからずにマリアンヌは口元をひきつらせた。
侯爵令嬢であるマリアンヌは当然ながら、先ほどのような下世話なジョークを言われた経験はない。
セクハラへの対処法など、知るわけがなかった。
「ええと、それで・・・あなたは本当に、ラクシャータ・イワンさんなのですか?」
「しつこいねー、そうだって言ってるじゃん!」
ラクシャータはむうと不満げな顔をしながら、少しだけ声を荒げた。
初対面の相手にしつこいくらいに何度も名前を確認されたのだから、当然の反応である。
命の恩人に対して無礼な発言であるとはわかっていたが、マリアンヌはどうしても確認しておかなければならなかった。
「その・・・失礼ですけど、ええと・・・」
あなたは「汚れた聖女」なのですか?
本当はそのことを尋ねたかったが、なかなか切り出すことができなかった。
いくら何でも、それがとてつもなく気分を害する質問であることは予想ができた。
何かを言いたそうにしているマリアンヌの様子を見て、ラクシャータは快活に笑った。
「ああ、ひょっとして、私が淫乱スケベ聖女だと聞きたいのかしら?」
「いえ! そこまでは思ってません!」
「アハハ、似たようなことは聞きたかったわけね」
「ううっ・・・」
マリアンヌが申し訳なさそうに縮こまるが、ラクシャータは気にした様子もなくへらへらと口元を緩める。
「私のことがどんなふうに伝わってるか知らないけど、だいたい当たってるんじゃない? 婚約者がいたけど浮気しまくったし、そもそも聖女になるまでは娼婦だったし」
「しょ、娼婦だったんですか!?」
意外な言葉に、マリアンヌが上ずった声を上げた。
「そうよー? 飢饉のせいで村から売られちゃって、16まで娼婦として生きてきたのよー。悪い客に暴力を振るわれて生死の境をさまよったことがきっかけで治癒魔法に目覚めて、急に神殿から迎えが来た時には驚いたものね」
「・・・・・・」
明るい話しぶりからは考えられない壮絶な過去を聞いて、マリアンヌは思わず言葉を失った。
汚れた聖女として名前が残る彼女に、そんな過去があったとは。
「まあ、三つ子の魂百まで・・・っていうのかしら? 聖女になってからも、娼婦だった頃の癖は抜けなくてね? タイプの男を片っ端から食べてたら、いつの間にか神殿を追放されてたのよー」
「そ、そうなんですか・・・」
「アハハハハハ、間抜けすぎて超ウケルよねー!」
「は、はは・・・」
何がおかしいのか、テーブルと叩いてケラケラと笑うラクシャータに苦笑いを返して、マリアンヌは頭痛を堪えるように手でこめかみを抑えた。
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