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凶刃(1)
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それから、マリアンヌは聖女の力を取り戻すための修行と称して、国境スレスレの場所にある修道院へと送られていた。
マリアンヌが何の罪も犯していないのは明白であったが、それでも新しい聖女がいるにもかかわらず、元・聖女であるマリアンヌが王都にいては示しがつかないからだ。
妹のメアリーに対して良からぬことをするのではないかと、レイフェルトにはあらぬ疑いまでかけられている。
「私はどこで私は間違えたのでしょうか、女神様・・・。私が何をしたというのですか?」
マリアンヌは毎日のように女神への祈りをささげており、生活の中でもその教えを守り続けていた。
それなのに、こんな仕打ちはあんまりではないか。
女神はときに人間に試練を与えて信仰を試すときもあるが、マリアンヌの固い信仰もこの状況では揺らぎつつあった。
「ヒヒーーーン!」
「あら、どうしたのでしょうか?」
やがて、馬車が止まって前方で馬がいななく声が上がった。辺境の修道院まではまだ数時間ほどかかるはずだ。
休憩でもとるのかとマリアンヌが首を傾げたとき、馬車の扉が外から開けられて鎧を身に着けた騎士が顔を出した。
「ここで降りろ」
「はあ、何かあったのですか?」
「いいから、黙って降りろ」
犯罪者のような扱いに眉をひそめるマリアンヌであったが、ここで抵抗してもどうにもならないと思い直して、騎士の言葉に従う。
マリアンヌが馬車から降りると、そこは国境沿いにある山道だった。
上空では見慣れない鳥が旋回するように飛んでいて、遠くで獣の遠吠えのような声まで聞こえてくる。
「あ、あの・・・ここでいったい・・・?」
「・・・・・・」
ただならぬ気配を敏感に感じ取って、マリアンヌは震える声で尋ねた。
周りには王家から派遣された数人の騎士がいて、無言でマリアンヌを取り囲んでいる。
王都にいた頃であれば自分達を守ってくれる頼もしい存在であった彼らだったが、この状況では恐怖の対象にしかならなかった。
騎士の中から、壮年の男が進み出てきてマリアンヌの前に立つ。
「お初にお目にかかります、マリアンヌ・カーティス嬢。私は王宮近衛騎士団の部隊長をしております、ガイウス・クライアと申します。突然ですが、貴女にはここで馬車を下りていただきます」
「え・・・?」
すでに馬車から降りているが・・・そういう意味ではないだろう。
騎士達は、マリアンヌをこの山中で置き去りにすると言っているのだ。
「こんな場所で下ろされて、どうしろというのですか! 私に野垂れ死ねとでもいうのですか!?」
「我々としてもこんなことはしたくありません。しかし・・・これは王太子殿下の命令です」
「そんな! レイフェルト様が!?」
マリアンヌが悲痛な叫びをあげた。
いくら婚約破棄をしたとはいえ、慕っていた男性が自分の命を奪う指示を出していたのだから当然の反応である。
「そんなにっ・・・そんなに私が憎いというのですか!? 私と貴方が過ごした日々は、そんなに簡単に捨て去れるものだというのですか!」
ドレスが汚れるのも構わず、マリアンヌは地面に崩れ落ちた。
滂沱の涙を流す少女の姿を痛ましげに見ながら、ガイウスが口を開く。
「この森には人を襲う魔物も多く生息しています。街道からは外れていますから、商隊が通ることもないでしょう・・・。ここで貴女を置き去りにすれば、まず助かることはないでしょう」
「・・・・・・」
「ですが・・・さすがに貴女を魔物のエサにするのは忍びない」
「え・・・」
騎士が剣を抜いて、マリアンヌへと向けた。
「なっ、何をするのですか!?」
「苦しまぬよう、一太刀にてお送りいたします。どうかお覚悟を!」
「いやああああああっ!」
マリアンヌはかつてない恐怖を感じて、ドレスの裾を翻して逃げだした。
鈍い銀色の刃が、マリアンヌの背中を流れるプラチナの髪に向けて振り下ろされた。
マリアンヌが何の罪も犯していないのは明白であったが、それでも新しい聖女がいるにもかかわらず、元・聖女であるマリアンヌが王都にいては示しがつかないからだ。
妹のメアリーに対して良からぬことをするのではないかと、レイフェルトにはあらぬ疑いまでかけられている。
「私はどこで私は間違えたのでしょうか、女神様・・・。私が何をしたというのですか?」
マリアンヌは毎日のように女神への祈りをささげており、生活の中でもその教えを守り続けていた。
それなのに、こんな仕打ちはあんまりではないか。
女神はときに人間に試練を与えて信仰を試すときもあるが、マリアンヌの固い信仰もこの状況では揺らぎつつあった。
「ヒヒーーーン!」
「あら、どうしたのでしょうか?」
やがて、馬車が止まって前方で馬がいななく声が上がった。辺境の修道院まではまだ数時間ほどかかるはずだ。
休憩でもとるのかとマリアンヌが首を傾げたとき、馬車の扉が外から開けられて鎧を身に着けた騎士が顔を出した。
「ここで降りろ」
「はあ、何かあったのですか?」
「いいから、黙って降りろ」
犯罪者のような扱いに眉をひそめるマリアンヌであったが、ここで抵抗してもどうにもならないと思い直して、騎士の言葉に従う。
マリアンヌが馬車から降りると、そこは国境沿いにある山道だった。
上空では見慣れない鳥が旋回するように飛んでいて、遠くで獣の遠吠えのような声まで聞こえてくる。
「あ、あの・・・ここでいったい・・・?」
「・・・・・・」
ただならぬ気配を敏感に感じ取って、マリアンヌは震える声で尋ねた。
周りには王家から派遣された数人の騎士がいて、無言でマリアンヌを取り囲んでいる。
王都にいた頃であれば自分達を守ってくれる頼もしい存在であった彼らだったが、この状況では恐怖の対象にしかならなかった。
騎士の中から、壮年の男が進み出てきてマリアンヌの前に立つ。
「お初にお目にかかります、マリアンヌ・カーティス嬢。私は王宮近衛騎士団の部隊長をしております、ガイウス・クライアと申します。突然ですが、貴女にはここで馬車を下りていただきます」
「え・・・?」
すでに馬車から降りているが・・・そういう意味ではないだろう。
騎士達は、マリアンヌをこの山中で置き去りにすると言っているのだ。
「こんな場所で下ろされて、どうしろというのですか! 私に野垂れ死ねとでもいうのですか!?」
「我々としてもこんなことはしたくありません。しかし・・・これは王太子殿下の命令です」
「そんな! レイフェルト様が!?」
マリアンヌが悲痛な叫びをあげた。
いくら婚約破棄をしたとはいえ、慕っていた男性が自分の命を奪う指示を出していたのだから当然の反応である。
「そんなにっ・・・そんなに私が憎いというのですか!? 私と貴方が過ごした日々は、そんなに簡単に捨て去れるものだというのですか!」
ドレスが汚れるのも構わず、マリアンヌは地面に崩れ落ちた。
滂沱の涙を流す少女の姿を痛ましげに見ながら、ガイウスが口を開く。
「この森には人を襲う魔物も多く生息しています。街道からは外れていますから、商隊が通ることもないでしょう・・・。ここで貴女を置き去りにすれば、まず助かることはないでしょう」
「・・・・・・」
「ですが・・・さすがに貴女を魔物のエサにするのは忍びない」
「え・・・」
騎士が剣を抜いて、マリアンヌへと向けた。
「なっ、何をするのですか!?」
「苦しまぬよう、一太刀にてお送りいたします。どうかお覚悟を!」
「いやああああああっ!」
マリアンヌはかつてない恐怖を感じて、ドレスの裾を翻して逃げだした。
鈍い銀色の刃が、マリアンヌの背中を流れるプラチナの髪に向けて振り下ろされた。
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