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サイドストーリー Always with wine

~春~ 届かない告白

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 白状しよう。あたし、五十鈴まりあにとって、稲里潤は初恋の相手だった。不思議だよね。だってバカだし、授業中はすぐ寝るし、やっぱりバカで、いっつもジャージ着てて、バカなことして、女の子の気持ちに鈍感で、つまりはバカだってことだな。
 ただ一つ、酒造りに関してはすごく真剣だった。でも、そこは、あたしだってワイナリーの娘だから負けられない。そんな感じで、張り合っているうちに、いつの間にか好きになってた。 
けど、稲里はあんまりにも真っ直ぐだったから、視界に入るのも大変だった。しかも、実は隠れファンが結構いたりした。積極的な子もいたけど、稲里は全く気がつかず、スルーしていた。
 当時のあたしにしてみれば、ご愁傷様っていう気持ちと良かったっていう安堵感がまぜこぜになっていた。恋する乙女は純粋だけど残酷だ。同じクラスで、出席番号も近くて、同じ勉強をしていたっていう点において、あたしが一番稲里に近い女子だったと思う。だから、ずっと稲里の事を見ていたから、わかっていた。この気持ちを伝えたって、稲里には届かないって。

 ブドウの樹から萌芽ほうがが生まれ始める。春が訪れを知る。あたしたちは、芽かきと言われる作業を行う。新しく伸びてくる新梢しんしょうをコントロールする必要があるからだ。栽培においては、収量と品質に関わる最初の作業だ。小さなころから手伝いを続けているから、もう手が勝手に動いてくれる。つまりは、つい、蓋をしていた思い出が顔を出す。

 稲里が死んだ。

 あの牡丹雪の舞う夜から、あたしの心に深く黒いインキで刻まれている。なんで、あたしは、稲里に自分の気持ちを伝えなかったんだろう。わかっていた。ワイナリーを継ぐあたしと、杜氏を目指す稲里じゃ、きっと上手く行かないって。それでもさ、それでも、あたしは、稲里にずっと恋をしていた。でも、この想いはもう絶対に稲里には届かない。
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