【完結】あやかし蔵の酒造り

欠落

　告別式も葬儀も、蔵人は誰も参加しなかった。ただ親族と社員の強い希望で、稲里を乗せた霊柩車が神河酒造の前を通ることになった。

　牡丹雪が紙吹雪のように降りしきる中、社員はみんなで神河酒造の法被を着て駐車場に立ち、それを見送った。瓶詰の大久保と川中島は声を殺して泣いていた。大納川が真っ赤な顔で肩を震わせていた。船越ですら口を真一文字に結び、必死に勘定を堪えていた。営業部長は目に涙を浮かべ、泉川は天を仰いでいた。枡川は小さな体を縮こめて下を俯き、それを龍が支えていた。
　蔵人たちは静かに手を合わせ、ゆっくりと走る霊柩車が消えるまで頭を下げていた。
　
　稲里を見送った俺たちは通常業務へと戻った。仕事量も稲里の欠けた分は大きかった。多忙な日常の中でそれぞれがやるべき事を成し、その中でそれぞれが自分の悲しみに向き合おうとしていた。
　
俺は仕事に没頭することで、稲里の死から目を逸らそうした。

　不思議なことにあれ以来、蔵守りたちの姿が見えなくなっていた。しかし、蔵のあちこちに稲里の残像があった。その度に麻痺した心にちくりと微かな痛みが走った。稲里のいない蔵は活気が無くて、静かで寒々しかった。それでも、俺は現実から逃げ続けた。